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クロちゃんを「覚醒」させた元大御所の言葉 特異な“ガス抜き”芸人
安田大サーカスのクロちゃんは、テレビであらゆる感情をむき出しにする。ネット上でバッシングを浴びることも少なくない。しかし、嫌われながらも、なぜか好かれている。本気で「アイドル」になろうと芸能界入りし、なし崩し的に芸人の道へと導かれたクロちゃん。個性の強いトリオの一人だった存在が〝大化け〟したきっかけとは――。類まれな芸人・クロちゃんの魅力と軌跡をたどる。(ライター・鈴木旭)
初めて“クロちゃん”という存在を知った時、なんだかゾワゾワした記憶がある。スキンヘッドに鋭い目つき、ヒゲ、小太り体型……そこから放たれる甲高い声。私は、ここまでギャップを感じさせる芸人をほかに知らない。
クロちゃんの独特な物の見方やエピソードのほか、トリオ芸人・安田大サーカスの一員となるまでがつづられた『クロか、シロか。クロちゃんの流儀』(PARCO出版)からは、芸能界入りの時点で、その特殊さが伝わってくる。
2001年、クロちゃんが24歳の頃、現在の所属事務所・松竹芸能の門を叩いたのは、芸人ではなくアイドルになるためだった。当時、友だちから「アイドル部というのがある」と聞いたのがきっかけだった。
オーディション当日、なぜかクロちゃんは「スーツ」と「ビーサン」という出で立ちで勝負する。さらには、会場に向かう途中、ビーサンの鼻緒が切れて、片足だけ裸足という状態に。ちなみに今と同じくスキンヘッドにヒゲというスタイルだ。アイドルの欠片もない見た目だった。
ところが、クロちゃんは「特待生でもいいから入って欲しい」と好待遇での入所を熱望される。無事所属が決まり、意気揚々とレッスンに向かうクロちゃん。すると、思わぬ事態が待ち受けていた。講師から「お前、なんでネタ持ってこうへんねん!」と激怒されたのだ。
つまり、クロちゃんはアイドルではなく、芸人枠として大型新人の扱いを受けていたのだ。この頃からすでに「ドッキリ企画」のような人生が始まっていたのである。
クロちゃんは即座に事務所を辞めようと決意。その思いをスタッフに伝えるも、今度は “アイドルユニットを組んでみてはどうか”と提案されてしまう。さすがに二度目はないだろうと、顔合わせの場所に向かうクロちゃん。そこで出会ったのが安田大サーカスの団長安田とHIROだった。
怒り心頭で事務所に向かい、「やっぱり辞めます」と訴えるも、今度は「せっかくこうして集まることになってんやから。絶対に1回は仕事やれよ!」と逆ギレされてしまう。クロちゃんは一度も芸人になりたいと思ったことはない。なし崩し的に芸人の道を歩むことになったのだ。
安田大サーカスは、『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)、『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系)といったネタ番組で異様な存在感を放った。
HIROは迫力のある大きな体が特徴の元力士、団長安田はノーマルだと思われがちだが、アスリートさながらの運動神経を持っている。この中でクロちゃんは、“見た目が怖くて声が高い”という立ち位置でトリオネタを披露していた。
「ラッセーラー、ラッセーラー」という掛け声とともに、小柄な団長安田がHIROとクロちゃんに飛び乗り、アクロバティックな動きで見る者を圧倒。ベタなオチをきっかけに、HIROが拳を右、左と交互に突き出しながら、「ドンドンドンッ」と和太鼓の要領で叫び、クロちゃんが紙吹雪を撒き続け、団長安田が「ベタでーす!」とピースする。まるで、「チンドン屋」と「大道芸人」を掛け合わせたような珍しい芸風のトリオだ。
当時のクロちゃんは、あくまでも個性の強いトリオの一人に過ぎない。バラエティー番組で多少の“イジり”を受けることはあっても、瞬間的にスポットが当たるのみ。共演者の振る舞いから「長く絡むとケガをする芸人」という空気が読み取れた。
ところが、2015年に出演した『水曜日のダウンタウン』(TBS系)をきっかけに、クロちゃんの“憎めないクズキャラ”が大々的にクローズアップされることになる。見た目や声だけでなく、クロちゃんという存在そのものの面白さが広く知れ渡ることになった。
クロちゃんは番組の“観察対象”として、あらゆる企画に引っ張りだこだ。
目隠しの状態で現地へと運ばれ、突然企画がスタートする光景は視聴者なら何度も目にしたことがあるだろう。そのほか、SNSに投稿した健康食の写真に嘘偽りがないかを検証するもの、見知らぬお金が入っていてもネコババしないかを確かめる企画など、枚挙にいとまがない。
極めつきは、恋愛リアリティー番組『テラスハウス』(フジテレビ系)を模したシリーズ企画「モンスターハウス」だろう。第三話の中で、クロちゃんは“好意を寄せる女性が口にしたグラスを舐めまわす”という衝撃的な行為に及んだ。ネット上でバッシングが集中したが、その後もすました顔でテレビに出続けている。ここが、クロちゃんのすさまじいところだ。
番組プロデューサーである藤井健太郎氏は、クロちゃんについて「誰もが思っている気持ちや考えている欲望が表に出やすい人。みんなが“バレたら周りに変に思われるから”と理性で抑えている部分を、カメラの前で隠さないところがすごい」と語っている。(2020年1月8日に掲載された『ananNEWS』のインタビューより)
普通なら仕事とプライベートでオンオフを切り替えるものだ。しかし、クロちゃんは生き方そのもので笑いを生む。また、どんな仕打ちを受けても、しばらくすればケロッとしている。そのメンタルの強さ(あるいは鈍さ)にも驚くばかりだ。
メンタルの強靭さを物語っているのが、クロちゃんのツイッターだ。投稿のたびにユーザーから総ツッコミを浴びており、まるでユーザーはクロちゃんが出す大喜利のお題を待っているかのようだ。
たとえば写真とともに「お昼ご飯の代わりにお茶飲むしん!」とつぶやいただけで、「さっき朝昼兼用の肉うどん食べたよね?」「そのあとガッツリ食べるんだろどうせ」といった言葉が集中する。このサイクルを絶え間なく続けるのは、想像しただけでもしんどい。
ツイッターについてクロちゃんは、『クロか、シロか。クロちゃんの流儀』(PARCO出版)の中で、「僕のフォロワーにアンチはいないんですよ。ファンか、サイコパスなんですよ」と書いている。実際に会ったフォロワーの優しそうな中年女性が、三本の指に入るほど辛辣な言葉を浴びせていたユーザーだと知り、真っ青になった経験があったのだ。つまり、サイコパスとは単なる想像ではなく、実体験から自認したものだった。
ドイツの哲学者であるニーチェの有名な言葉に「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない」というものがあるが、やはりモンスターはモンスターを呼ぶのだろう。クロちゃんは、ツイッターを通して自然と自身のキャラクターを強化しているのかもしれない。
朝昼兼用ゴ飯
— 安田大サーカス クロチャン (@kurochan96wawa) October 3, 2020
肉ウドン
力トナレダシン!! pic.twitter.com/qrKsgq6jmm
そんなクロちゃんには、自身のキャラクターを決定づけたターニングポイントがある。
安田大サーカスの三人でバラエティー番組に出演し始めた頃、クロちゃんは共演者とのトークがうまく続かないことに悩んでいた。先述した『クロか、シロか~』の中にも、「毎日彼女の前でずっと泣いたりしていた」とある。たしかに当時は、今に輪をかけて“飛び道具的な芸人”という扱いを受けていて、トークのラリーそのものがなかったように思う。
この状況を打破できたのは、元大御所お笑い芸人・島田紳助氏の言葉だった。番組の共演をきっかけに、安田大サーカスの三人で草野球チームの試合に誘ってもらい、その後の打ち上げにも参加した。その席で島田氏は次のように語ったそうだ。
「俺はな、普通に番組でお前らみたいなのがいてもなんともない。全然怖いことないねん。せやけどな、死ぬ気でかかってきてるヤツがおったらこれは違う。こっちも『おっ』って思う」「一緒にがんばろうな」
そこからクロちゃんは、一度言ってウケなくても、負けずに二度三度と言葉をかぶせるようになった。「『おっ』と思わせたい」という一心で前に出ることで、クロちゃんのキャラクターは徐々に認められるようになっていった。
カメラが回っているにもかかわらず、感情をむき出しにするところにも影響はあるかもしれない。アイドル志願の女の子を狙い、フラれると子どものように泣きわめく。ドミノ企画に挑戦し、失敗すれば「うわぁぁぁ!!」と雄たけびを上げる。こうした無様さも、芸人として「死ぬ気でかかって」いる姿勢と受け取ることもできる。
結果として、これが視聴者にとっての“ガス抜き”になっているに違いない。本当はやりたくても恥ずかしくてできない欲求や感情を、クロちゃんは平気でさらけ出すからこそ痛快なのだろう。
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