連載
#61 #となりの外国人
「迷子のインコ」探して駅に立つ外国人、孤独な日本で「家族だった」
「ゆき、どうか人間がいたら、近づいてね」
「まいごのオカメインコをさがしています」。猛暑の中、駅で看板を手に立つ外国人男性がツイッターで投稿され、拡散されました。「この炎天下で」と体調を気遣う声もありました。この男性に話を聞くと、「この炎天下だから」駅に立っていた理由を話してくれました。
8月15日、ある投稿がTwitterで話題になりました。
「中野駅でインコ探してる外人さんおった」というコメントとともに、看板を手に強いまなざしを向ける男性の写真が投稿されました。「わざわざ看板作ってまで相当可愛がってたんだろうな」と気遣い、「インコを見かけた人は教えてあげて」と呼びかけた投稿。
「かわいそう……」「見つかってほしい!」と共感を呼び、投稿は2万以上リツイートされています。
中野駅でインコ探してる外人さんおった。わざわざ看板作ってまで相当可愛がってたんだろうな〜。中野近辺でインコ見かけた人は教えてあげて pic.twitter.com/7VMdDFpiKt
— ヤンネM8 (@headphone_metal) August 15, 2020
この外国人男性に連絡をしたところ、「『ゆき』を探す助けになるかも」とインタビューを受けてくれました。
私が「大変な時に連絡をして、すみません」というと、男性は「もうゆきがいなくなって、7週間になります。少しの望みにもかけたいんです。7カ月後、1年後に(ほかの迷子のインコと)再会できた例もあるらしいので……」と話し始めました。
迷子の飼い主は、フランス出身のサブリエ・レミさんでした。
日本で暮らして3年目。プログラマーとして働きながら、オカメインコの「ゆき」と、新宿で暮らしていました。
ゆきは、丸く赤い「ほっぺ」に、真っ白な体、頭の黄色い羽が特徴です。
「頭の羽を上に立てているときは、興奮したりストレスがあるときなんです。安心しているときは、頭の羽を寝かせます」
新宿に住むレミさんが、あの日、中野駅で立っていたのには理由がありました。
「7月19日に、中野駅北口で、セーラー服の女子学生4人がオカメインコのような鳥を手に乗せて運んでいた」という目撃情報があったからです。家から3キロ。「ゆきかもしれない」
レミさんは願うような気持ちで、それから、目撃情報と同じ週末、昼過ぎの時間帯に、2時間、駅前に立ってきたといいます。「夏休み期間なので、学生に会える確率は少ないかもしれないです」。でも、わずかな望みにかけて、「インコをさがしています」と呼びかけていました。
ゆきがいなくなって7週間。
近くの東京だけでなく関東近郊の警察や保健所に届け、さらに鳥の病院や店にも迷子の届けがないか問い合わせました。手製のチラシを750枚、家から5キロぐらいの範囲まで貼りました。
「日本人はツイッターをよく使っている」と知って、ゆきを探すためにツイッターを始めました。「多くの方にご心配頂き、拡散していただき、本当にありがたいです」
#迷子インコ #拡散希望 #迷子オカメインコ
— Sikllindil (@Sikllindil) July 18, 2020
オカメインコのゆきちゃんを探しています!
2020年6月29日
名前:ゆきちゃん
特徴:オカメインコルチノー
羽は黄色と白で、赤いほっぺた。
手乗りのオカメインコなので人間に慣れています。
場所:東京 新宿/東中野
sabliet@gmail.com
080 8123 1948 pic.twitter.com/PeemQX74iK
レミさんがゆきと出会ったのは今春、ゆきがまだ生後3週間のときでした。
白いぬれたような羽で、「雪のようだ」。日本文化が大好きで日本に来たレミさんは、「日本の雪は美しいものとして描かれている」と感じ、「ゆき」と名付けました。
レミさんが、オカメインコを飼うのは2年前からあたためていた夢でした。
友人が飼っているオカメインコを預かったのがきっかけでした。
「感情表現がとても豊かなんです。『うれしい』『一緒にいたい』って甘えてみたり、怒ってみたり。目を見るとわかります。人間でいえば、3歳の子どもみたいな性格。夢中になりました」
赤ちゃんだったゆきが家に来ると、子育ての日々が始まりました。1日5回、特別なえさを溶かして、スプーンで口に流してあげます。
ゆきは、四六時中、レミさんのそばを離れませんでした。一人になるのが嫌いで、レミさんが部屋の外に出ようとすると、飛んできて追いつこうとします。「もともと群れで生活していた鳥。さみしがりで、仲間や、人とのふれあいが大好きでした」
レミさんが自宅で仕事をしているときは、ずっと肩の上に乗って、レミさんの首にふわふわのおなかをくっつけて、甘えました。首の後ろをなでてもらうと「もっとなでて~~」と目を細めました。
レミさんの口笛を聞くのが好きでした。話しかけると、うなづくように、首を上下に動かしました。
夜、レミさんが横になると、胸の上にとまり、レミさんの目を見つめて、安心したようにしていました。ちゃんと甘えさせないと、寝てくれません。寝返りでつぶすことがないように、鳥かごの中に入れますが、しぶしぶ。「恋人みたいでした」
さみしがりやのゆきでしたが、「僕もさみしがりやだから、ちょうどよかったんです」とレミさんは話します。
レミさんはフランスの自然豊かな人口300人ほどの村で育ちました。
父と二人暮らしでした。
周りにいる同年代の人とはなじめない雰囲気を感じていました。
「フランスでは『男の人だったらサッカー好き』、みたいな感じがあります。僕はアニメやゲームが好きだった。なかなか、共通の話題がなかったんです」
大学を卒業した後は、ニューヨークで働き、その後、好きだった日本に来ることを選びました。2018年に来日して、1年間日本語学校に通って日本語を習得し、就職、その後独立しました。
でも、日本では別の孤独を感じていました。「外国人、かっこいいね」と言ってLINEを送ってくる人もいますが、あいさつぐらいで終わってしまいます。日本語がうまくなっても、どこか人の内に踏み込めない疎外感。「本当の友達になるのはなかなか難しい」
そこに新型コロナウイルスによる混乱がありました。
フランスに帰れば、日本に戻る見通しが立たなくなります。日本での職を失う恐れから、日本にとどまり、自粛生活を過ごしました。
家で一人で過ごす間、久しぶりに、日本で暮らす外国人の友人に連絡を取りました。大半が同じように孤独を抱えて、気落ちしていました。
レミさんも落ち込む日々が続きました。それまで2年間、「オカメインコを飼いたい」という夢を持ちながら、情報を調べたり、周りの環境を整えたりしてきましたが、最終的に命を預かる覚悟を決めたのは、コロナのさみしさからでした。
ゆきがいなくなったのは、6月29日でした。あの時のことを、レミさんは悔やみ続けています。
レミさんがベランダに出ようとした時、一緒に外に出てしまいました。たまたま近くにいたカラスの姿に驚いてパニックになったゆきは、レミさんから離れて飛び上がってしまいました。
レミさんは、アパートの屋上に駆け上がり、カラスから逃げて飛び回るゆきに向かって手を振り、大声で呼び戻そうとしました。「でもいつもと違う僕の姿が、よけいにゆきをパニックにさせてしまったんです。動かずに、落ち着けてあげればよかったのに……」
怖がりのゆきの姿は、ビルのかげに隠れて見えなくなってしまいました。
近所中を走り回り、その夜、レミさんは屋上に寝て、ゆきの帰りを待ちました。屋上にはゆきが見えるように、レミさんの緑色のスカーフを巻きました。
それからは、毎朝、鳥が食事を探す朝5時に起きて、ゆきがいないか、屋上に上がるのが日課になりました。仕事までの3~4時間、自転車でゆきを探します。
昼休憩の1時間も、ゆきを探しにあてます。
夜は、屋上でゆきが大好きだった口笛を吹きます。近所迷惑を考えて、これはやめました。
8月12日、早朝、家から5キロにある、練馬区と中野区の「徳殿公園」で、オカメインコが目撃された、という情報がありました。中野駅からさらに、西に向かって移動しているのかもしれない、とゆきの気持ちを思い描き、探す範囲を広げます。
臆病で、雷が嫌いなゆき。雨が降ると心配でたまりません。酷暑の日は「本当に大変だと思う」と心が切れるようです。自分の体調よりも「炎天下だからこそ」いてもたってもいられない。レミさんは声を落とします。
7週間が経ち、きっと体も大きくなっているだろう。それでもレミさんが呼んでいたように、「ゆーきっ」と呼んだら、反応してくれると信じています。
誰かに保護されていたらいい。チラシでは願いを込めて、「もしオカメインコを見つけたら、ゆっくり近づいて、指を出してください。かみません。外だったらタオルなどにそっとくるんで、連絡をください」と呼びかけています。
一方で、日本人から「インコはかわいいから、警察に届けないで飼っちゃう人いるよ」と言われて、ショックを受けました。
それでも、「再会できることを、絶対あきらめないです」と望みをつなげます。
最近、絵馬を買いました。ゆきが戻るように、毎日絵馬に祈り、ゆきの代わりのように、絵馬に話しかけています。
「ゆき、どうか人間がいたら、近づいてね。パパはまだ探しているよ。ゆきが大好きだよ。大好きな食べ物も、楽しい生活も、たくさんあげる。どうか、帰ってきてください」
オカメインコは日本でもペットとして人気がある小鳥です。さみしい心を癒やしてくれる存在である一方で、動物を傷つける事件は絶えません。
警察庁の2020年3月の発表によると、動物を虐待したとして、2019年に警察が動物愛護法違反で摘発した事件は105件、逮捕・書類送検したのは126人で、統計を取り始めた2010年以降で最多になりました。
その中にはインコに避妊具をかぶせて点火棒を押しつけるなどの凄惨な虐待もありました。事件が発覚したのは、虐待映像をSNSに投稿したことがきっかけだったそうです。動物を「物」のように扱い、「どのような虐待映像を投稿すれば関心が得られるか」を念頭にした人間の身勝手さに愕然とします。
同じSNSでも、猛暑の中、ゆきを探して奔走するレミさんの姿は「胸を打たれた」と共感を広げました。
取材中もレミさんは、ゆきを「子ども」や「恋人」と呼び、憔悴した姿は、家族を思いやる気持ちにあふれていました。
もし、「家族」として思うがあまり、今回の悲劇が起きたのだとしたら、こんなに悲しいことはありません。
森下小鳥病院の寄崎まりを院長によると、「鳥を飼う場合、集中して遊べる時以外、かごから出しておくのはおすすめできません。鳥が部屋に出ているのを忘れて窓を開けてしまったり、何かの拍子に踏んでしまったり、部屋にある毒性のある金属を飲み込んでしまったりする原因になるからです」と事故防止の大切さを指摘します。
愛する家族である一方で、生態に合わせた「距離感」が求められるのは、ペットを大切にする上での難しさなんだろうと感じました。
もし、まちなかでゆきちゃんのような迷子の小鳥を見つけたときは、「そっと手をだして保護してあげてください。人に飼われていた鳥は、人の手に慣れていることが多いです。エサも満足に食べられない状況であれば、そっと手を差し伸べると簡単に捕まることが多いです」(寄崎院長)といいます。
保護したら、どうか近くの警察や保健所に届け出てください。
「ゆきが戻るまで、日本を離れることはない」と、身を切るような思いで待っているレミさんのもとに、早くゆきが無事に帰ってこられることを、願ってやみません。
※21日8時、更新しました
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