連載
Yahoo!ニュース「#コロナとどう暮らす」企画班さんからの取材リクエスト
経済も先行きが見えない日々。弁当無料配布した中華店は、どうなったの?
#60 #となりの外国人
コロナの中「先手」を打った中国人店主 弁当無料配布から見えたこと
「悪いことだけじゃなくて、希望もあります」
連載
経済も先行きが見えない日々。弁当無料配布した中華店は、どうなったの?
#60 #となりの外国人
「悪いことだけじゃなくて、希望もあります」
rong zhang
共同編集記者4~5月の緊急事態宣言中に、東京にある中華料理店が、毎日500食ほどの弁当を無料で配布して話題になりました。経済も先行きが見えない中、思い切った「ボランティア」に踏み切ったあの店は、今どうなっているのでしょうか? Yahoo!ニュース「#コロナとどう暮らす」企画班
緊急事態宣言が終わり、6月から通常営業を再開した、中華料理店「三巴湯(さんばたん)火鍋」(東京都墨田区)を訪ねました。客数はさらに激減し、融資も厳しい中ですが、それでも明るく商売する中国人店主は、困難な時期にこそ人との絆を強くしながら、前向きに頑張っていました。
7月下旬のお昼時、錦糸町駅近くの三巴湯火鍋の店内は、シャツ姿のビジネスマンや、学生風の人たち、カップルなど数組が入っていました。
火鍋食べ放題用のみずみずしい野菜が、ショーケースに並びます。
厨房から中華鍋を振る音が響き、店内にスパイシーな香りが漂います。
「にぎわっていますね」
そう話しかけた記者に、店主の李さん(45)は「このランチだけでは、実はほとんど赤字です。問題はディナーなんですが・・・・・・」と苦笑します。
営業再開後の6月の集客はコロナ前と比べて50%減でした。感染者数が増え始め、7月に入ると客足は再び遠のき、6月時点からさらに50%に落ち込んでいます。
家賃の支払い猶予はありますが、年末にはすべて返すようにと言われています。
「どこも厳しいですね。『このままだと、年を越せないね』、と経営者仲間とも言っているんです」
そう話す李さんですが、不思議と悲壮感は漂っていません。
「商売は暗くしちゃだめ。中国では昔から言うんです。商売人っていうのは、明るくしないと、お客さんが入らなくなるって。スタッフも不安にさせちゃうから」
日本中が不安を抱えていた緊急事態宣言のさなか、いち早く弁当の無償提供を決めた李さん。
動機は、常連客など、お店を応援してくれた人たちへの「恩返し」でした。
1日200食を配り始めました。ところが弁当が話題になると、予想以上に人が集まりはじめました。期待に応えて、李さんも配る量を500食、600食、最終日には1000食と増やしました。500食で1日のコストは10万円かかりました。政府の持続可給付金などを使い、融資も充てました。
コストはぎりぎりでしたが、開業後の1年ぐらい、本当に経営的に厳しかった時期を多くの人に助けられて乗り越えたことを思えば、「お弁当ぐらい、たいしたことはないんです」と李さんは話します。
弁当をもらいに来る人の9割は日本人でした。ホームレス風の人など、経済的に余裕がないように見える人たちが多く、新宿からバスでやってくる人もいました。親が留守だという子どもたちもいました。
「初めてボランティアをして、こんなに大変な人が日本にたくさんいるのかと実感しました。政府の人にも、実態を見てほしいです」
李さんは「お弁当の無償配布で、宣伝効果があったのではないか」とよく聞かれるそうです。
でも、李さんは「お弁当をもらいに来ていた人は、普段は店で外食をするのは難しい人だと思います。客として戻ってきてくれる期待は、最初からしていません」と答えました。
商機がないまま、なぜ思い切った行動がとれたのでしょうか。
李さんは、「中国では、お金は出さなければ入ってこない、と言います。けちけちしてたら一生金持ちにならない。日本でも、同じような言葉があるでしょう?」と笑いました。
緊急事態宣言が明けてもなお、先行きが不透明です。店の厳しさは増していく一方です。「後悔していませんか?」と質問すると、李さんはきっぱりと「後悔はしていません」と答えました。
新しい人とのつながりが生まれました。報道で無償提供を知って、全国から応援の手紙が届きました。「少ないですが」と、現金を入れた封筒が届くこともありました。
福岡から明太子を送ってくれた人もいました。それぞれの手紙には返事を出したり、中国の菓子を送ったりしました。
ボランティアをして、世の中に厳しい生活を送っている人が多いことを実感したという李さん。
「全国から30万円ほどの寄付をいただきました。すべて手をつけずに、取ってあります。また、万が一緊急事態宣言が出たら、この寄付をあてて、お弁当を配りたいと思います」。李さんはそう言って、感謝の言葉を口にしました。
うれしいこともありました。日本の中学に通う娘から、「お父さん、すごいね」と声をかけられたことです。「借金だらけの親父が、大企業もしていないことをしたって、子どももちょっとは誇りに思ってくれたんじゃないかな」
李さんは、今、茨城県に新しい店を出す準備を進めています。この時期に、新たな出店というのは無謀にも見えますが、もともと今春にオープンする予定を見合わせていたものでした。「生き延びるために、今はとにかく基盤を広げておきたいと思います」
感染者が増える都心の店舗での経営と、リスクを分散させる目的もあると言います。スタッフを最小人数にするために、中華鍋は自分で振る予定です。
こんな時期には、政府の支援や銀行の融資など、日々更新されていく情報をいかに把握するかが鍵になります。
李さんは来日20年ですが、外国人の経営者にとって、日本語の情報は大きな壁になります。
李さんを支えてくれたのは、同じく日本で生活する中華系の経営者たちでした。
銀行の融資が5月以降、厳しくなったと感じました。申請しても認められるのは一部だけ。「これじゃ、1カ月ももたない」。李さんがあきらめて途方に暮れていると、「異議を申し立てたら認められた」と教えてくれたのは、日本語が堪能な経営者仲間でした。
ネットの国会審議を見ることができる人が情報を共有してくれることもあり、情報を武器にすることができました。
「私の場合は助けてくれる友達がいるから、ここまでなんとかできました。もし、仲間がいなければ、日本では店を閉めて路頭に迷うしかありませんでした」
外国人に悪意を持った目を向ける人もいました。弁当を無償提供していることが報じられると、「殺すぞ。中国に帰れ」と脅迫するような電話が店に来ました。
でも李さんは、めげません。「どこの国に行っても、厳しいのは同じです。中国に帰ったって、できることはありません。日本に長く住んできました。私はこっちで頑張るしかない」と言います。
「もしまた緊急事態宣言が起きたら、弁当の無償配布をしたい」と考えている李さんに、賛同する人も現れました。
そのうちの一人は在日の華人で、大田市場で卸し業を営んでおり、野菜や果物を提供すると言います。もう一人は李さんの長年の友人で、上野アメ横の地下アパートで中華物産を扱っている店のオーナーです。肉や海鮮類を提供するということです。
「前は孤軍奮闘でしたが、今は仲間がいます。まだまだたいへんな時期ですが、悪いことだけじゃなくて、希望もあります」と李さんは話してくれました。
取材で訪ねた日、李さんの店で遅いランチを終えた女性二人に声をかけました。日本語が堪能でしたが、二人とも日本に暮らして長い中国人でした。
李さんがしていた弁当の無償配布については、ニュースで知っていました。「李さんは偉いなと思いました」。そういう女性たちも、自分の会社でマスクを購入して、地域で配布したそうです。「今、生きている国は日本。国籍は関係なく、お互いに良いことをして、いい社会にしたいです。私たちも頑張ります」。女性たちはそう話して、お店を後にしました。
1/37枚