連載
#59 #となりの外国人
メッセージつきバナナは日本の伝統? 技能実習生の悲しい勘違い
「お客様たちは、いつもモチベーションを高めるような言葉をバナナに書いて、部屋に残して行くのです」
「日本人はバナナに言葉を書く伝統があるの?」。日本のホテルで働く外国人が、掃除のたびに客室で目撃していた不思議な光景。それを元に、日本文化に想像を巡らせた投稿が、あるFacebookグループで話題になりました。一見、笑い話のような投稿でしたが、女性に話を聞いてみると、かなしい現実が見えてきました。
日本に住む外国人コミュニティーのグループに、1枚のバナナの写真が投稿されました。
バナナには大きく、マジックでこんな言葉が書かれています。
「今を大切に!」
「今日という日は1度きり」
「毎日スマイル」
投稿主は、北国のホテルで働く女性。日本で働きながら「技能」を学ぶという、「技能実習生」として来日しました。
「私のホテルに泊まるお客様たちは、いつもモチベーションを高めるような言葉をバナナに書いて、部屋に残して行くのです。ほとんどの部屋に、このバナナがあります。これは日本の伝統なのでしょうか? ホテルで働いた経験がある人、どうか教えてください」
このホテルではバナナを提供してはおらず、毎回、客が外から持ち込むようだとのこと。同一人物ではなく、どの客も同じような行動をしているとも付け加えます。
コメント欄では、日本に住む外国人たちが、さまざまな推理を展開しました。
「日本に長いけど、この習慣は、初めて知った」
ホテルで働いた経験がある人たちから知恵が届きました。
「ベッドに200円とか1000円とかチップが置いてあることはあった」
「日本だと確かにチップは物や服が多いですね……。お金を置くのはヨーロッパ系の客」
日本人との付き合いから紐解こうとする人もいます。
「日本人と一緒に宿泊したとき、果物にメッセージを書いていたことがありました。理由を聞いたら、『客室係への感謝を伝えるため。果物なら体にも良いから』と言っていました」
「日本人ってバナナアレルギーの人が多いみたい。私もよく、いらないバナナをもらいます」
さまざまな推測が展開される中、突然、議論に終止符が打たれました。
「もしかして、これ?」と、ユーザーの1人があるブログを見つけてきました。
そこには、サービスとしてバナナを客に無料で振る舞っている居酒屋があるとのこと。
渡すバナナにはメッセージを書いていると記されていました。
そして、女性が働くホテルがある地域にこの居酒屋があることも分かりました。
私は女性に話を聞いてみました。
女性は「1年半、これまで、ずっと考えていた謎が、ようやく解けました」と話し始めました。
出身国は、熱帯地域。バナナは女性にとって、どこでも目にする身近な食べ物でした。
女性がそれを見つけたのは、日本に冬が訪れようとしていた時。
当時、女性は北国の慣れない寒さに、手が真っ赤になり、ホテルのシーツを血で汚さないように、指先に何枚も絆創膏を貼って、客室のベッドメイクや掃除をしていました。
そんなとき、ふるさとで見慣れたバナナが、客室に置いてあるのを見つけました。
最初は、「客の忘れ物だろう」と思って、バナナを回収し、ホテルの忘れ物リストに書き込みました。
でも、また別の部屋からも、同じようなバナナが見つかります。
「日本の伝統? 神様へのお供え物かもしれない」と考えを巡らせ、丁重に扱いました。
ところが、日本人の上司は「バナナは『忘れ物』に入れないでいいよ」とだけ話して、たくさんのバナナを女性のカバンに移しました。
女性は戸惑い、まだ慣れていない日本語で、「字が書いてあります。これは何ですか?」と聞きました。でも、上司も同僚も、「いいから、食べて食べて」と言うばかり。
結局、何のバナナなのか分からないまま、1年半、女性は、大量のバナナを職場から引き取っていました。
「うれしかったですよ。バナナはおいしいし。コロナの時は怖くてさすがに遠慮しましたが」
Facebookで「答え」だと突き止められた居酒屋には、見覚えがありました。女性は「この居酒屋には、職場の人とも行ったことがあったからです」。でも、自分はバナナには気づきませんでした。それが「居酒屋の土産」だと教えてくれる日本人もいませんでした。
笑い話だったはずの取材。でも、女性と話すほどに、私は1年半もの間、「謎のバナナ」を持ち帰っていた女性の寂しさを感じていました。
「理由が知りたい」気持ちを伝えられず、職場の人もその思いに気づきませんでした。
「日本語が苦手だから」「説明する時間がないから」「取るに足らないことだから」、日本人側にはそんな理由があったのかもしれません。
ただきっと、女性が日々飲み込んできた疑問や寂しさは、バナナに限らないことだろうと思えました。
投稿したバナナの写真は、女性が人とつながるために投げた、頼みの綱でした。
コロナ禍前は、訪日客の急増を見込み、各地でホテルが建設されました。国は「外国人技能実習制度」でベッドメイクも作業に認め、2019年には宿泊業の実習生の在留期間を1年から3年へ広げました。従業員の高齢化など深刻な人手不足が予想される宿泊業界で、外国人スタッフを見ることは珍しいことではなくなりました。
この女性は日本各地で働いている、そんな外国人の1人です。
日本に働きにくる準備をしている後輩たちから経験を聞かれると、「私のように驚くことがないように」と、女性は日本での生活や仕事を細かく伝えているそうです。
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