お金と仕事
元「勘違い上司」が生み出した面談ツール「運頼みの人事、変えたい」
AI技術を使って、管理職のマネジメントをサポートする「KAKEAI」というHR(ヒューマン・リソース=人事)テックのツールがあります。提供するスタートアップの社長なら、さぞ技術の万能さをアピールするのだろうと思いきや「テクノロジーだけでその人を把握するのは無理だ」ときっぱり。では、なぜそのツールを開発したのでしょうか? 仲間との関係に悩んだ社長自身の歩みについて聞きました。
「KAKEAI」は上司と部下の面談などを円滑に進めるサービスです。
例えば、営業担当のあなたと課長が来週面談を行います。あなたはツールを使って、事前に、相談内容と共に、「話を聞いてほしい」「アドバイスがほしい」「意見がききたい」といった望んでいる対応をチェックリストから選びます。面談で部下が何を求めているかを理解しておくことで面談がスムーズに進めることができます。
面談後にあなたが面談の「すっきり度」を5段階評価でフィードバックします。このフィードバックの蓄積によって上司は部下から相談される内容や求められている対応ごとに、自分自身の「得意・不得意」を把握できます。上司は誤解が大きくなる前に部下への関わり方を改善することできます。
また、サービスでは、フィードバックなどは匿名化したデータをAI分析、上司や部下の特性を踏まえてどのようなアドバイスをすれば良いのかなどのコツも提供します。
社長の本田英貴さん(41)は「上司・部下は運のようなもので決まることが多い。その時上司が『こういう奴だろ』って勝手に思い込むなどからはじまった掛け違いやズレをこのツールで改善したい」といいます。
このツールは世界的なHRテック専門誌で「アジア太平洋地域における2019 HR tech サービス TOP10」に選ばれるなど、国内外でも評価されています。
「KAKEAI」を立ち上げた本田さんは大学卒業時の就職活動で、「人の人生を良くしているとダイレクトに感じる仕事がしたい」とリクルートに入りました。地方で求人広告の営業や電通とのジョイントベンチャーでの経営企画室長などを経て31歳で人事部のマネジャーとなります。業績も悪くなく、順風満帆の会社員人生でした。
「正直、(出世)ルートにのっている感じで、ここを経てもっと大きな仕事ができるようになりたいと思っていました」
息巻いてはじめた人事部での仕事。「部下の成長につながるはずだ」と思いながら面談をがっつりやったり、良い言葉をかけてまわったり、1対1での飲みに誘ったり。自分ができるというところを内外にアピールする日々でした。
当時、本田さんの上司も同じように上昇志向の強い人だったこともあり、関係があまり良くなかったといいます。結果、部下こそは自分の仲間だと信じていたという本田さん。ある日、双方向評価の結果が届いて愕然とします。さぞ、高評価になっているだろうと、期待しながら開くと、匿名のコメント欄にこう書かれてあったのです。
「あなたには、誰もついていきたくないって知ってます?もっとマネジメントを学んだ方がいいのでは?」
部下からの思いもしない低評価と辛辣なコメント。手にした本田さんはふっと周囲の音が聞こえなくなり、目の前が真っ暗になったと言います。
以降、過度にコミュニケーションを気にしてしまい、頼むべき仕事を部下に振れず自分で背負うように。どんどん仕事が回っていかない状況となります。そのうち眠れなくなり、頭が痛くなって病院へ。最終的な診断は「重度のうつ」でした。
医師の指示で休職しましたが、「出世にマイナスだ、早く戻らないと……」とあせっていました。1カ月の休職で会社に戻ろうとしましたが、結局休む前と同じでうまくコミュニケーションを取ることができず、再び休職します。
病気で苦しむ日々からの復帰への足がかりは、医師から告げられたふとした言葉でした。
「部下にこう思われているかもとか、出世にどうこうとか考えているかもしれないけれど、それって本田さんの脳が思っているだけですよ」
自分が勝手に思っているほど、まわりは自分の働きぶりについて考えていないかもしれない。そう俯瞰できるようになった本田さん。逆に、自分が部下にしてきたことは、自分がよかれと勝手に思って、それを押しつけていたことにも気づいたのです。
「勘違い上司でしたね。。。いや、勘違いという言葉ならまだ助けられるというか。相手のことを考えると、何もしない方がましだったかもしれないですね」
色んな人の人生を豊かにしたいと人材系の会社に入ったのに、身近な仲間とすら関係を築けていなかった……。復帰後はそんな悔しさがこみ上げたといいます。
同時に「KAKEAI」につながる気づきも生まれます。
「こういった状況は社会のほかにもあるかもしれない、ならばやるべきことはこういったすれ違いをどう減らすかではないか」
そう考えた本田さんは一念発起。会社をやめてスタートアップを立ち上げ、ツールを開発したのです。
そんな本田さんが強調するのが「テクノロジーだけでは人を把握することができない」という言葉です。
「人と機械で仕事をする世界なら、テクノロジーで解決できるかもしれない。けれど、この世界は人と人とが一緒に働く。コミュニケーションは話す以外に、身ぶりや様子とか、声色とか、そういったところから感じるものもあります。あくまでこのサービスはコミュニケーションをサポートするもの。上司と部下がよりうまく掛け合える、そんな気づきを与えるサービスなんです」
新型コロナウイルスによって増えたリモートワークでは、仕事上のコミュニケーションの難しさを感じる人も少なくありません。一方で、通勤や一律に決められた始業時間などから開放され、家族と触れ合う時間が増えた人もいます。大手企業では、コロナを機に、単身赴任の制度を撤廃する動きも生まれています。
リモートワークをめぐる変化は、実際に人と会って仕事をすることの意味をあらためて考えるきっかけになっています。
会社員時代の苦い経験を持つ本田さんが何度も口にした「このサービスはコミュニケーションをサポートするもの」という言葉。テクノロジーを追求しながら、あくまで人の顔が見えるサービスを見失わないところに、価値があるのだと感じました。
記者の気づき
テクノロジーが示す「属人的」からの卒業
会社に入社したての頃、高校や大学時代の友人との飲みでは「どんな仕事しているの?」が一番のテーマでした。
それが、上司や同僚、後輩についての愚痴をこぼしあうようになってきた今日このごろ……。
でも「愚痴をこぼす」で済まずに、職場でハラスメントが起きてしまっては手遅れです。
新型コロナウイルスの影響でリモートワークで仕事が進められるようになった一方、上司が部下の仕事の様子をリモートで監視する「リモートハラスメント」などの声も聞こえてきます。
ある人事コンサルタントは取材に「これまでオフィスで『見ていた』ことで、上司が部下を管理している気になっていた。それがなくなって不安になり、リモハラを引き起こす」と分析しています。
コンサルタントはこうしたリモハラを防ぐには日頃からの信頼関係が重要だと語ります。
まさに本田さんがいう「人と人が一緒に働く世界」なのです。
ただ、属人的な信頼関係はそれこそハラスメントを生みます。
そうならないための仕組み作りに、テクノロジーが役立つことを示している。そんな期待を感じさせる取材でした。
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