エンタメ
ラブ・サイケデリコ「究極のアマチュアリズム」、楽しさ失わず20年
コロナ禍でも前向きな理由「芸術は今の瞬間勝負じゃなく、10年後、20年後に自分たちの作品が残ると思っている」
エンタメ
コロナ禍でも前向きな理由「芸術は今の瞬間勝負じゃなく、10年後、20年後に自分たちの作品が残ると思っている」
今年メジャーデビュー20周年を迎えたロックデュオのLOVE PSYCHEDELICO(ラブ・サイケデリコ)。「音楽は心のサプリメント」と語り、自分たちが好きな音楽を楽しむ、という姿勢をずっと貫いてきました。「今に向き合っていけば、絶対に未来は豊かになる」「芸術は今の瞬間勝負じゃない」。コロナ禍で閉塞感の漂う中、音楽の可能性を信じて疑わない2人に話を聞きました。(朝日新聞・坂本真子)
ボーカル&ギターのKUMIさん、ギターのNAOKIさんの2人は大学の音楽サークルで出会い、1997年にLOVE PSYCHEDELICOを結成しました。2000年のメジャーデビューシングル「LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~」で注目され、翌年の初アルバム「THE GREATEST HITS」は200万枚以上、2002年の「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超える大ヒットになりました。
当時についてKUMIさんは、「学生のときにバンドを組んで楽しみながら作った曲が最初のアルバムになって、しかも一気に売れて、いろいろな戸惑いがありましたね。何年もかけて少しずつ、音楽家としてやっていく覚悟ができていったと思います」と振り返ります。
今年3月、これまでのシングルとカップリングの計46曲をリマスタリングしたCD4枚組のベスト盤「Complete Singles 2000-2019」を出しました。1960~70年代の洋楽ロックをベースにしたギターや、英語も日本語も自然に織り交ぜて聴かせるボーカル。最新のデジタルサウンドを取り入れつつ、アナログな音の広がりを大事にする、彼らの豊かな音楽性を感じることができます。
楽曲は早くから海外でも注目され、2004年の香港での公演を皮切りに、アジア各国などで積極的にライブ活動を行ってきました。2008年には米国デビューも。「海を渡って自分の音楽を聴いてくれている人がいて、ライブで一緒に時間を過ごせることに音楽の可能性を感じます」とKUMIさん。
最新の配信曲「Swingin'」は、スライドギターの印象的なフレーズで始まり、ちょっと懐かしい洋楽ロックの味わいが漂います。
2019年には、2人だけのアコースティックライブで初めて全国ツアーを行いました。
もともとバンド用にアレンジされた楽曲を2人だけで演奏することは、簡単ではありません。「2人だけで曲の世界観を表すにはどんな楽器が必要で、どのフレーズを一番聴かせたいか、1曲ずつ改めてひも解きました」とKUMIさん。
NAOKIさんも「2人だけは緊張感がある」と語ります。
「1人は自由だし、3人以上だと1人が手を休めても何とかなるけど、2人だと、どちらかが間違えると演奏の半分が崩れることになるので、全ての動作にすごい集中力で臨みます。オーディエンスを2時間飽きさせないための工夫も必要で、これまでのツアーでは経験できなかったことがたくさんあり、ミュージシャン冥利に尽きる経験でした。いろんな成長をさせてもらった気がします」
このツアーでは、高さ約2.7メートルの特注スピーカーを作ったことでも注目されました。
もともと2人はビンテージの楽器や機材を集め、自分たちの音楽スタジオでドイツ製の高級スピーカー「ムジーク」を使うなど音質を追究してきましたが、ライブの音は諦めていたそうです。
ライブでは、演奏者がステージ上で音質を調整し、アンプからケーブルで客席後方のPAミキサーへ送ります。PAミキサー(複数の音を加工して出力する音響機器)でPAエンジニアが全体の音量や音色を整え、スピーカーから客席へ出力します。この過程で音が変わることが多く、演奏者が思った通りの音を観客に聴かせることは難しいそうです。
けれども一昨年秋、NAOKIさんは映画館で衝撃を受けました。
「低音も高音も自然な音像で聴けるムジークと同じぐらい、映画館のスピーカーに臨場感と解像度があったんです」
そのスピーカーは、偶然にも、彼らのスタジオのムジークを維持管理する音響設備会社が設計製造していました。NAOKIさんはその会社とタッグを組み、世界中から部品を取り寄せました。日本の職人たちが丹精を込めて作った新スピーカーは、客席のどこでも同じように聞こえる仕様に。さらに、高音域、中音域、低音域を1カ所から同時に真っすぐ出力することで、全体を一つの音の筒のように聞かせる工夫をしました。
高音質に対応できるPAミキサーなども手配して0.1デシベル単位で音量を調整。ステージ上の音をそのまま客席に届けることに注力しました。筆者が見たライブでは、ギターの音や歌声がとても自然で、柔らかく聞こえました。
「画素数が上がると、カクカクしていた画像が滑らかになるのと同じで、CDもハイレゾ音源にすると、より滑らかになる。CDは1秒間を4万4100に区切ってデータを取っているけど、ハイレゾは1秒間を9万6千に区切ってデータを取るから、細かく滑らかになる。すごく滑らかな音で表現力がとても豊かな新スピーカーと音響システムを使ったので、客席に届く音も、舞台に跳ね返ってくる音も、とっても気持ちよかったですね」とNAOKIさん。
これまでのスピーカーと新スピーカーとの音の違いについて、KUMIさんも「視力が1.0から2.0になったみたい」と表現します。
ただし、クリアに聞こえるということは、ミスも聞こえてしまうということ。「演奏の腕がすごく出るので、技術的にかなり鍛えられました」とNAOKIさん。
こうした挑戦が曲作りにも変化をもたらしたそうです。
「去年のツアーで耳がオーガニックになったと思うし、最近よくレコードを聴いていて、いろんなものが重なって耳の感性が上がっていると思うんです。曲を作っていても、絶対こっちの方がいい、という判断がどんどん早くなっているし、面倒なことはあまり考えずに、曲の完成までスムーズにたどり着くようになっている気がします」とNAOKIさん。
このスピーカーを携え、今年はバンドでツアーを予定していましたが、新型コロナウイルスの影響で中止に。2021年5月以降の開催をめざして、現在調整中です。
そんな2人には、デビュー前も今も変わらないことがあります。
まず、アルバムの作り方。
「1曲1曲作ったものが足がかりになってアルバムができていく。作った曲には自分たちの今の気持ちが反映されるので、1曲作ったときの感情をたぐり寄せながら、次の曲を作る。いつも、それを10回ぐらい繰り返すとアルバムになる、という感じなんです。先のことはわからないけど、『次の曲どうする?』という感覚の繰り返しなのかな」とNAOKIさん。
そして、「究極のアマチュアリズム」。
「最初はろくに楽譜も読めないまま活動していたし、自分たちがお互いに『こういうのがかっこいいよね』と思うもの、好きなものをただ作ってきただけで、2人とも楽しく音楽をやれることがバンドとして一番大切。それは究極のアマチュアリズムです」とNAOKIさん。
KUMIさんは音楽を始めた頃、プロになろうとは考えていなかったそうです。
「とりあえず楽しく音楽活動を楽しむのが一番。ほかに仕事を持っていても音楽はできるし、プロになるだけが音楽の道じゃないですから」
2人にとって音楽とはどんな存在なのでしょうか。
「音楽を通すと世の中と呼吸しやすい」とKUMIさんは言います。
「音楽を聴いたり作ったりする中にいることで生き生きするし、自分が活性化する。それが日常になっているし、音楽を通して世の中とつながっているんです」
NAOKIさんは「音楽は、言葉では伝わらない、文字でもメロディーだけでも伝わらないもの、モヤモヤしたものまでも伝えてしまう、魔法がいっぱいある。音楽の力はすごいと思うし、心のサプリメントですね」。
音楽業界は、コロナ禍でライブをできない状況が続いています。夏の野外フェスは軒並み中止になりました。6月半ばにライブハウスでの再開に向けたガイドラインが出されたものの、ホールやアリーナでのコンサートが本格的に再開するのはまだ先になりそうです。
そんな中、2人は今だけではなく、将来を見据えています。
「10年後、20年後も音楽がより豊かになっていればいいし、もっと楽しくなっていればいい。今に向き合っていけば、絶対に未来は豊かになる、発展していく、と信じているのかも。そして、発展する未来はそのままに任せたい。発展して欲しい方向を決めるより、可能性を自由に広げたい。発展していくことだけわかっていればいいかな、と思っています」とKUMIさん。
NAOKIさんも「芸術は今の瞬間勝負じゃなく、10年後、20年後に自分たちの作品が残ると思っているし、音楽を愛する人は減らない。つらいときこそ、心を豊かにしてくれる音楽がなくちゃいけないから」。
先の見えない状況でも、音楽の持つ可能性は変わらない。そう感じさせる言葉でした。
1/6枚