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お金と仕事

「35歳まで現役、後悔も」陸上元エースがもがいたセカンドキャリア

リハビリで知った外の世界「これまでの経験をビジネスで生かす」

東京国際女子マラソンで2位でゴールした加納由理さん=2008年11月16日
東京国際女子マラソンで2位でゴールした加納由理さん=2008年11月16日 出典: 朝日新聞

目次

長距離陸上選手として、数々の実績を残してきた加納由理さん(41)。20代前半で引退する女性選手が大半の中、35歳まで現役を続けました。「この年齢まで競技を続けてきた自分を責めたこともあった」と話す加納さん。引退から5年間、もがきながらもセカンドキャリアを切り開いてきました。今、伝えたいのは「結果だけではなく、競技を通しての人生観まで設定すること」だと言います。順風満帆とはいえなかったからこその「気づき」について聞きました。(ライター・小野ヒデコ)

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元陸上選手の加納由理さん。現役時代、日本代表選手として活躍。(撮影協力・TWOLAPS)
元陸上選手の加納由理さん。現役時代、日本代表選手として活躍。(撮影協力・TWOLAPS)

 

加納由理(かのう・ゆり)
1978年10月兵庫県高砂市生まれ。2001年立命館大学経済学部を卒業後、資生堂ランニングクラブ、セカンドウィンドACで陸上競技を続ける。07年北海道マラソン優勝、10年名古屋国際女子マラソン優勝など多数の好成績を残す。14年に引退。現在は市民ランナーとしてレース出場やマラソン関係のイベント、講演、研修などをしている。
 

結果を残しても「たられば」が残った現役時代

<経験値が上がるにつれ芽生え始めた「意思」。実業団時代、それを押さえ込んでしまった>

陸上を始めたきっかけは、5歳上の兄が陸上をしていたことでした。当時中学生だった兄の応援をしに競技場へ行った際、他の中高生の男女が400m トラックを走っている姿を見て「かっこいい」と思いました。

本格的に競技を始めたのは中学生の時です。持久力があったため、長距離走を選びました。中学、高校、大学と競技を続け、大会で好成績を残し、卒業後も競技を続けることに迷いはありませんでした。

高校までは何の疑問もなく、コーチの言われた通りに走ってきましたが、経験値が上がっていくにつれ、「こういう練習がしたい」、「この大会は出る意味があるのか?」など自分の意思が出てきました。

大学生時代は、自分の意思を通すことができていました。でも、社会人となり実業団チームで走っていた時、チームの調和を保つことを優先してしまい、監督の意向に従う場面が増えました。

その結果、大会で実績を出すことができても、「あの時自分の思いを通していたらもっと良い結果が出ていたかも」などの「たられば」が常に残るようになってしまいました。

振り返って思うのは、コーチと納得するまで話し合えばよかったということです。伝達事項を受け取るだけではなく、「この大会に出る目的は?」「結果を出した後どうなりたいか?」、そもそも「競技をする目的は?」というところまでを、コーチとコミュニケーションを取って掘り下げることができていたら……。現役時代のパフォーマンスに変化があったかもしれないと感じています。

2006年全日本実業団女子駅伝。資生堂所属の加納さん(左)は5区を走り、アンカーにたすきを渡した。この大会で資生堂は初優勝した=本人提供
2006年全日本実業団女子駅伝。資生堂所属の加納さん(左)は5区を走り、アンカーにたすきを渡した。この大会で資生堂は初優勝した=本人提供

ケガをして、他の選手の気持ちがわかるようになった

<リハビリで出会った他競技の選手。人として自立していることに衝撃を受けた>
 

30歳を過ぎてから、怪我が増え始めました。時間にすると、トータルで1年ほど怪我をしている状態が続きました。その間、通っていたいリハビリ施設で他の競技の選手と出会う機会がありました。これまで長距離走一筋だったので、その交流は新鮮でした。

ある冬季種目の競技の選手と出会ったのですが、その選手はスポンサー探しから、大会出場の際の宿泊や交通手段の手配まで自分でしていたんです。

それを聞いてショックを受けました。私は全て用意された恵まれた環境の中で、競技をしていたことに気づきました。同時に、同じアスリートとして自立できないことを恥ずかしく思いました。

怪我をしたことは大変だった一方、新たな出会いや、走ることができない苦しみも味わったことで、視野が格段に広がりました。30歳の頃までは、世界大会に挑戦する日々でした。トップを走り続け、トップの景色しか見えていなかったことに気づかされました。

リハビリを経験したことで、初めて、結果を出せずにもがいている選手の気持ちがわかるようになったと思います。後輩が悩んでいる時、自分の経験談押し付けるのではなく、まずはその選手が何を考えているのかを聞き出すことも重要だと感じるようになったんです。

2008年札幌国際ハーフマラソンで優勝した加納さん(中央)=本人提供
2008年札幌国際ハーフマラソンで優勝した加納さん(中央)=本人提供

「これまでの経験をビジネスで生かす」

<引退後、1年間さまよう。ある出会いをきっかけに「ビジネス」に興味をもつように>
 

35歳で引退を決意しました。まだ走ることはできたのですが、年齢とともに思うような結果を出せない苦しみも感じていたため、引き際だと思ったんです。

現役時代はセカンドキャリアについて考えたことがなく、引退を決めた際に初めて今後について考えはじめました。

周りを見渡すと、陸上競技の引退後は指導者になっている人が多く、陸上に関わる仕事をするなら、指導者になるしかないと思い込んでいました。でも、自分にはそのスキルが足りないと思い、断念しました。

所属していた実業団チームを退部し、会社も退職となり、社会人経験がないままいきなり独立をすることになりました。

これまで日本代表の経験はあったのですが、五輪出場の夢は果たせていませんでした。アスリートのセカンドキャリアは、五輪メダリストか否か、五輪に出場しているか否かで全く異なると痛感しました。取材依頼はないですし、待っていても競技関連の仕事は降ってきません。

それでも、社会に飛び込んだのは、知らない世界を見てみたいという思いがあったからです。最初は知人のつてを頼りゲストランナーなどの仕事をしつつ、1年間何をしたいか模索し続けました。

その中で、メディアのプロデュース事業等をしているウィルフォワードという会社の代表、成瀬拓也さんを紹介してもらいました。成瀬さんに初めて会った時、「35歳まで競技をしたことはすばらしい。これまでの経験をビジネスで生かせることはたくさんある」と言われたんです。

それまでは、35歳まで競技をしてしまった自分を責めたこともあったので、衝撃を受けました。「ビジネス」なんて何もわかりません。それでも、その響きにワクワクし、やってみようと思いました。

2009年ベルリンで開催の世界陸上競技選手権大会に出場した加納さん=本人提供
2009年ベルリンで開催の世界陸上競技選手権大会に出場した加納さん=本人提供

目標設定は「なぜ陸上競技を続けるのか」

<スランプに陥った時のモチベーション維持の方法。競技を続ける理由を深掘りする>
 

ビジネスにおいて自分が何をしたいかを考えた時、私のように引退後のキャリア形成でさまよわないよう、現役時代からセカンドキャリアについて考える習慣を提供する場を作りたいと思いました。

目標は、結果を出すことだけではなく、競技を通しての人生観まで設定することが大事だと今は思います。目標を試合結果にしてしまうと、スランプに陥った時や怪我をしてしまった時のモチベーション維持が非常に大変になります。

私自身、現役時代に結果を出せなくなってしまった時、ものすごく悩みました。客観的に見ると、一つのレースで失敗しても次のレースで修正すればいいだけの話だとわかるのですが、当時はそれができませんでした。

現役選手は練習と試合に明け暮れる日々ですし、ひとりで「なぜ陸上競技を続けるのか」の答えを出すのは至難の業です。そのため、大人が寄り添って一緒に将来設計を考えていくことが必要だと思うに至りました。

ビジネスコンテストにも出場した加納さん。「その結果、地方創生のマラソンイベントに出ることになりました。競技がビジネスにつながっていることを体感しました」(撮影協力・TWOLAPS)
ビジネスコンテストにも出場した加納さん。「その結果、地方創生のマラソンイベントに出ることになりました。競技がビジネスにつながっていることを体感しました」(撮影協力・TWOLAPS)

SNSにて自分の言葉で発信する

<現役時代からファンを作ることが大切。引退後も見守ってくれるファンの存在>

今は、現役選手にセカンドキャリアを考える機会を提供する場として、「オンライン勉強会」の開催や、オフィシャルサイトでのブログや、投稿サービスの「note」を通して、現役時代にやっておいた方がいいことや失敗談などを発信しています。

私は現役選手にとって、気軽に話かけたり、DMを送りやすかったりする「元アスリート」になりたいと思っています。実際、私の活動を見てくれた選手がSNSでメッセージを送ってくれたり、noteを始めたりしています。

今年1月から投稿サービス「note」で情報発信を続けている
今年1月から投稿サービス「note」で情報発信を続けている

現役選手に伝えたいことは、「自分の思いを自分の言葉で発信する」こと。その理由は二つあります。一つは、自分をブランディングして発信し続けることで、ありのままの自分像がファンの人に伝わると思うからです。

最近、SNSでの誹謗中傷の事件が目立ちますが、時としてメディアはその人の「像」を作ってしまうこともあると思います。そういう時に自分の言葉で綴れることは強みだと思っています。

もう一つは、現役時代からSNSなどで発信すること。ファンの方がついてくれるからです。完成された文章でなくても構いません。選手としての自分の成長の過程も含めて伝えることで、楽しんで応援してくれる人と出会って欲しい。

現役時代、ファンになってくれた人の多くは、引退後も応援してくれます。「将来これがしたい」と思った時、もしかしたら力を貸してくれるかもしれません。良い意味で味方を増やしておくことが、セカンドキャリアを切り開きやすくなると思います。

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