地元
年間3万人集める伊東の「ヤバい博物館」セーラー服の館長の正体
きっかけは大学の友人からきた久しぶりの連絡でした。「静岡のやばい博物館に行ってきたんだけど」。添付された写真には巨大な聖徳太子や山のように積まれた動物の剝製が。ネットで調べると「入館して5分で精神崩壊」という評判。各地にあるとは聞いていた不思議スポット、いったいどんな人が運営しているのか? おそるおそる会いにいった私を待っていたのは、過激さと心地よさが同居する「多様性」あふれる世界でした。(朝日新聞静岡総局記者・広瀬萌恵)
熱海から国道135号を南に進むと見えてくる看板。東京ドームや甲子園球場のグラウンドとほぼ同じ4千坪の土地の屋内外に所狭しと展示物が並ぶまぼろし博覧展は2011年に開館し、毎年3万人が訪れています。
入り口から順路を進むとまず現れるのは緑がうっそうと茂る亜熱帯地域のような部屋。祭りばやしが流れるのが不気味です。
昭和のおもちゃが並ぶ屋台や法被を着たマネキンがこちらに手招きするなか、ひときわ目を引くのが全長11.5メートルで奈良の大仏と同じ寸法だという聖徳太子の胸像。あまりの大きさと、こちらを見つめる空虚な目に恐怖を感じます。
入ってはいけない世界に足を踏み入れた感覚に襲われながらさらに進むと、山のように積まれた動物たちの剝製やミイラのマネキン、昭和の広告チラシが……。
あまりに多岐にわたる展示物を見て回るうち、恐怖の感情に変化が生まれます。にじむ狂気に冷える背筋。それなのに……。
「あれ、なんだか心地いいのは、なぜ?」
展示物は床に転がっていたりぶら下がっていたり展示方法も様々。演出する気があるのかないのか、経年劣化が進み塗装がはがれてボロボロのマネキンも。どこにもない不気味な博物館のはずなのに、そのめちゃくちゃさが落ち着くような気もするのです。
広い館内を見終わるのに2時間かかり、いよいよ館長と対面。青いかつらにセーラー服、マスク姿で迎えてくれたセーラちゃんは、恐らく還暦を過ぎた男性。
「館長さん、ご年齢は」
取材先にはいつも年齢を確認します。
「そんなこと誰も興味ないですよ」
(興味がない…)
「よくわからないちゃらんぽらんな人間が楽しいことをしている。それで十分じゃないですか」
一筋縄ではいかないと年齢確認は観念しました。
ちなみに、館長の体脂肪率は5%。移動時間を節約するため歩かずに走りまわった結果とのこと。
「やりたいことが多すぎて時間が足りない」と嘆く姿に気押されます。
セーラちゃんは大学卒業後に出版社を立ち上げていて、今も出版社社長と博物館館長の二足のわらじを履いています。
出版社からはシリーズ累計350万部を突破した大ベストセラー「ざんねんないきもの事典」を監修した動物学者・今泉忠明さんも本を出していて、そのつながりで、ねこの博物館の館長を務めてもらっているそうです。
本の世界で「人が面白がりそうなこと」を追求するうちに、本では伝わらない肌触りやサイズ感を伝えたくなり一念発起。1996年から博物館経営に乗り出しました。
モットーは「忘れられていく物を選別せず集める」。
価値観を押しつけてくる社会に息苦しさを感じる人を癒やそうと「多様な価値観を認める」博物館をつくりました。
閉館した秘宝館やテレビ局から展示品を買い取ることも多いため、たくさん借金をしています。
今年のいち押しは、東京芸術大の学園祭で学生がつくった「牛頭馬頭御輿」。引き取り手がいなければ処分されるという学生のツイートを見て手を挙げました。
「宵越しの金は持たない」と豪語し、「お金なんてためてもしょうがない。面白いと思うことに使わなくちゃ」と笑うセーラちゃん。はたして毎日面白いことのために働けているだろうかと自問自答する私がいます。
来館者が感想を記したノートには「気が狂いそう。会社やめようかな」の文字が。これまでの常識や価値観がぶっ壊される感覚に多くの人が魅了されています。
自分でも気がつかないうちに、たくさん縛られ、たくさん我慢して、少しずつ大人になっていく私たち。セーラちゃんは「与えられた価値観なんて受容しなくていいんだよ」と語りかけてきます。
世の中にある様々な価値観と生き方。それらを尊重することは自分にとっての生きやすさにつながります。
常識的であることを強要しないセーラちゃんは、おかたいイメージを抱きがちな「多様性」のハードルをガクンと落としてくれます。
館内で感じた不思議な「心地よさ」。その理由を見つけたような気がしました。
1/7枚