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選手へのスポットライトの影でプロの仕事…聖地「神宮」支える人たち
東京ヤクルトスワローズの本拠地で、アマチュア野球の「聖地」ともいわれる明治神宮野球場は、年500試合以上が催されるとても忙しい球場です。今年もプロ野球シーズンが終わり、今は11月20日までの日程で、高校・大学の各地区・リーグ代表が集う明治神宮野球大会が開かれています。ふだんスポットライトを浴びるのは選手ですが、球場の運営を支える人たちの存在も見逃せません。今秋のドラフトでヤクルトに1位指名され、次世代のエースと期待される星稜高・奥川恭伸投手らルーキー選手にもぜひ知っておいてほしい!という願いをこめ、球場と深いつながりのある方々を紹介します。(朝日新聞記者・榊原謙)
プロ野球の観戦チケットはデジタル化が著しい。ヤクルトも6年前、事前にネット上でチケットを予約・購入しておけば、明治神宮野球場で試合前にスマートフォンで自動発券し、すぐに入場できる仕組みを入れた。
「球場のチケットボックスに買いに来るお客さんは格段に減りましたね」
スポーツ施設の運営などを担う日本総業の上島美紀さん(41)は言う。神宮でチケット販売業務に携わって15年。以前は試合開始1時間前には当日券を求める客でチケット売り場前はごった返したが、デジタル化で混雑もだいぶ緩和したという。
とはいえ、野球場のチケット販売員の仕事はなくならない。
「○○の看板近くに座りたい」「ゆっくり観戦できる席がいい」。対面で販売員に細かく注文する客も多いからだ。ネットで買わない客の対応もある。
客のこだわりや要望をくみ、その場で最適なチケットを提案するには、球場の座席の配置やグラウンドの見え方などを頭にたたき込んでおく必要がある。「経験がものをいう仕事です」
高校・大学野球のチケット販売も難しい。東京六大学リーグは座席の位置で価格が決まる一方、東都リーグは客が社会人か学生かなどで決まる。複雑なチケットルールを把握しつつ、正確に売りさばくのは難しい。
だから上島さんは神宮のチケット販売をかつて担った人たちと連絡を絶やさない。「どうしても人手が足りないとき、SOSを出せば優秀な以前の仲間が駆けつけてくれるんです」
大きな野球場には中堅付近に巨大なスコアボードが立つ。得点、アウトカウント、選手名、微妙なプレーの判定。試合にまつわるさまざまな情報が瞬時に表示され、試合を見る楽しさを倍増させる。手元のスイッチを使い、遠隔でこの表示の操作をするのが「スイッチャー」だ。
「試合のスコア、スポンサーのCM、選手名。これらをしっかり流すのが基本です」と明治神宮野球場の職員でスイッチャーの佐々木優也さん(31)。
神宮では例えば、選手名の「渡辺」と「渡邉」は区別して表示する。出場チームのメンバー表をもとに、スコアボードに映す漢字に誤りがないか何度も確認。手元にない漢字については佐々木さんがコンピューターを駆使して「作字」する。松本賢太主任(36)によると「佐々木は作字のスペシャリスト」。
神宮のスコアボードは屋外球場では有数の大きさの縦12メートル、横27メートルのLEDビジョンだ。派手な選手紹介映像や再現VTRを流して球場を沸かせるのもスイッチャーだ。
そのビジョンに今年8月13日の試合で映されたのは、「サザエさん」だった。
本拠地のヤクルト球団の設立とサザエさんのアニメ放送の開始がともに50年を迎えたことを記念した。松本さんがスイッチを操作し、サザエさんがグー・チョキ・パーのどれかを出すおなじみの映像を流すと、球場全体の観衆がスコアボードに向かってじゃんけんをした。「スイッチを使ってお客さんをもっと盛り上げ、一体感を出していきたい」
今年4月2日、明治神宮野球場であったヤクルト―DeNA戦。アナウンス担当の川路麗(うらら)さん(54)は一語一語を慎重に発音した。
「9番 ピッチャー 上茶谷(かみちゃたに)」
この日、DeNAはドラフト1位ルーキーの上茶谷大河投手を初先発させた。アナウンス歴30年以上の川路さんだが、それでも、言い慣れない新人選手の名前の発声は緊張する。「かまないように気を使いました」
選手名のコール、スポンサーの紹介、球場からの注意事項……。3万人の観衆に伝えるべき事項は多岐にわたる。選挙の時期には総務省から投票の呼びかけを頼まれるなど、外部からの依頼も多い。
手元にはスコアブックを常備し、試合の流れをアナウンスしながら記録する。代打や投手交代などが重なり、大量の選手の入れ替えが発生しても対応できるようにするためだ。
「とにかく丁寧に、間違えないように」
出身は熊本。野球に関わる仕事がしたくて、ヤクルトへの就職を決めた。試合のアナウンスは球団職員の仕事の一つとして任された。ラジオ局のアナウンサーから助言を受け、技術を磨いた。
「○○に替わりまして、バッター……バレンティン」。土壇場の代打を告げる際には、「……」の「間」を十分にとる。それがファンの期待感を刺激する。
「分かりやすいアナウンスが何よりの基本。でも場面によっては、こんな盛り上げ方もできるんです」
90年以上の歴史を誇る明治神宮野球場(東京)。プロ・アマあわせて年500試合が催される現場で、訪れる野球ファンを楽しませようと奮闘する人たちを朝日新聞デジタルで紹介しています。
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