連載
#9 教えて!マニアさん
火曜サスペンスごっこマニア「死んだふり」自撮りを続ける看護師
世の中にはさまざまな道を突き進む「マニア」がいます。中でも異彩を放つのが、自分の「死んだふり」を撮影し続ける「火曜サスペンスごっこマニア」です。
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#9 教えて!マニアさん
世の中にはさまざまな道を突き進む「マニア」がいます。中でも異彩を放つのが、自分の「死んだふり」を撮影し続ける「火曜サスペンスごっこマニア」です。
世の中にはさまざまな道を突き進む「マニア」がいます。中でも異彩を放つのが、自分の「死んだふり」を撮影し続ける「火曜サスペンスごっこマニア」です。気弱そうな女性かと思いきや、階段から転げ落ちた風な構図をとってみたり、雪原に刺さってみたり……。看護師という職業柄、「こんな風にきれいに死ねないから」と、写真に込めた思いを語ります。
ノスタルジックな背景の中で、鮮やかな赤いドレスの女性が倒れこんでいる姿は、「事件」を感じつつも、作品として見とれてしまいます。
中には、「犬神家の一族」の「スケキヨ」さながらの倒立状態で、雪に上半身が埋まっている写真も……。顔が見えないため表情は読み取れませんが、結構、体を張っています。
彼女は一体どうして「火サスごっこ」をしているのでしょうか。そして、どんな風に撮影しているのでしょうか。知りたくなって、取材を申し込みました。
聞くと、屋外で撮るときは妹さんが一緒にいてくれるそうで、「ひとりで地べたに這いつくばってたら、人の目が気になりますから……」。妹さんがいないときは、レトロな雰囲気のラブホテルにこもって撮影するそうです。
かといって、ラブホテルに気兼ねなく入れる性分でもないようです。「いつも緊張してしまって、10分くらい周辺で心を落ち着かせてから入ります」。言葉の端々から気の弱さが漂ってきますが、なんでどうしてそこまで火サスを……? 詳しくは、順を追って聞いていこうと思います。
撮影協力をいただいたラブホテル「シャトーすがも」は、今や珍しい「回転ベッド」が残るホテル。「回転ベッド」はかつては全国のラブホテルにあったそうですが、1985年施行の風営法の大幅改正を転機に、その数は急激に減っていきました。
ホテルの担当者の方によれば、約40年前から姿を変えていないというレトロな内装や、貴重な回転ベッドの存在から、最近ではホテルの取材や撮影のオファーも続いているようです。
名前は聞いたことがあるけど、初めて見る回転ベッドに、私(筆者)もついつい心が弾みます。枕元のレバーで回転の向きを変えたり、専用の円形の布団を触ったり……。ねねさんも「シャトーすがもさんは、歴史は長くて雰囲気もすごくいいし、清潔なので撮影しやすいんです」と教えてくれました。
そして早速、部屋を見渡すねねさん。「火曜サスペンスごっこ」を実践してもらいます。
「まず、このロケーションだったら自分はどうやって死んでるかな、って考えます」
「どうやってって……?」思わず聞き返してしまった私。「あ、すみません、倒れる場所やポーズを決めるんです。ラブホテルのサスペンスは、他殺が多いのかな……」
「サスペンス」なだけあって、設定や物語を感じ取れるような構図を考えているようです。三脚を立てて、カメラをセット。「多分ここだったら、お行儀良くは死ねないかな。逃げようとする感じかな……」と言うと、うつぶせで回転ベッドから上半身を落とすような姿勢になりました。
カメラのシャッターは、スマホから切れるようになっています。タイマーをセットすると、すぐにスマホをお腹の下に隠し、息を止めるーー。部屋にカメラのシャッター音が静かに響きます。
「スマホで遠隔からシャッターが切れるのって本当に便利なんですよ」というねねさん。「これがなかったら、タイマーの残り秒数を数えながらダッシュしなくちゃいけなかったんで」と笑います。
「最近は足だけとか、部分的にしか見えない構図にもハマっています」と、床にも倒れ込みます。カメラからは、壁の向こうに横たわる足が見えて、引きずられた後のようにも見えます。一方、カメラに写らない上半身では、カメラと連携したスマホで構図を確認中。ただ寝転がってスマホで遊んでるだけにも見え、実にシュールです。
持参した赤いドレスに着替えて、風呂場などでも数パターン。「こんな感じですかねえ」と撮影を終えました。
ねねさんはどうして「火サスごっこ」を始めたのでしょうか。
きっかけは3年ほど前、旅行先で妹と写真を撮り合っていたねねさん。しかし、なかなか写りに納得がいかず、思い切って寝そべって撮影してみたところ、「なんか自分がすごく良く見えたんですよね」。
「30代になって、写真に写る自分の顔に自信がなくなっていたんです。でも、顔が見えなくても、ひょろひょろっとしている自分の体の形はなんかいいなって思えたんですよね」
「それから文字通り、這いつくばってます」と笑うねねさん。倒れている様子がなんとなく「火曜サスペンスっぽい」と思い、インスタグラムで「#火曜サスペンスごっこ」のハッシュタグで投稿を始めました。後から見返すと、その前にもこのハッシュタグで投稿している人もいたようです。実は、家にテレビがなく「火曜サスペンス劇場は見たことがない」そうで、「自分が思う『サスペンス』を精いっぱいやってます」。
「サスペンス」を感じる場所では、迷いなく地面に横になっているといいます。「でも道路とか、通行の妨げになるところではやりません。『人に迷惑をかけない』が大前提です」
それでも、寝転ぶリスクは色々あるようです。あるとき、真冬の砂浜で横になって撮影していると、波打ち際から距離を取っていたつもりでも、思いっきり波をかぶってしまったそうです。寒空の下、びしょびしょの服、気まずそうな友人の顔……。
しかし、そんな経験から知ることもあるといいます。「少しでも水気を取ろうと、乾いた砂をかけてもらったんですけど、冬場でも砂浜の砂って、ちょっとあったかいんですよね」
「寝転んだときの空の青さとか夏のコンクリートの熱さ、地面の質感も、地べたに這いつくばってみないと知らなかったことがたくさんありました。今は地べたで四季を感じています」
ねねさんが取材を受けるにあたって、ひとつだけ出した条件が「顔は写さないでくださいね」。「実は私、看護師なんです。『仕事で死も扱う人が、火サスごっこだなんて』って思われるかなって」
看護師と「火サスごっこ」、意外な組み合わせに驚きました。「でも」と続けるねねさん。「こんな風に、肌もこんな色で、きれいに死んでいる人なんて、いないですよ。本当に死ぬときは、場所も選べないし、美しく死ぬこともできない」
ねねさんの言葉からは、医療の現場を知っているからこその重みがあります。「だから、この火サスごっこはフィクションであり、ファンタジーでしかないんです」
ねねさんは14年近く、看護師として働いています。しかし、看護師になりたての頃は、患者さんの死を全く受け入れることができなかったといいます。「死後処置をしながら泣いてしまうこともあって、なんで他の同僚は平気なのかもわからなくて。亡くなる方が少ない科に異動させてもらったこともあるほどです」
看護師として「死」から逃げている自分に気付き、徐々に「死は日常にある」と考えられるようになったというねねさん。「火サスごっこと現実は全くの別物だけど、『こんな風にきれいに死ねないから、今やりたいことをやってください』ということも、伝えたいと思っているんです」
最近は、ツイッターのフォロワーなどから「火サスごっこを体験したい」という連絡も来るそうです。せっかく貴重な回転ベッドもあるので、私も体験させてもらいました。
「どうすればいいですか」と戸惑う私に、「初めてのサスペンスは、みんなそんな感じですね」とねねさん。「初めてのサスペンス」という小気味良い言葉につっこみつつ、ねねさんにスマホを渡しました。
普段、写真と言えば、カメラ目線でピースが定番ですが、ベッドに寝転んで死んだふりをします。私ももうすぐ30歳。もともと自分の顔に自信がなく、写真写りに関してはなおさらです。年々、写真には消極的になっています。
ところが、「火サスごっこ」の不思議なこと。カメラを見なくてもいいし、そもそも顔が写っているかどうかもわからないし、「はいチーズ」に100%の自分を出す必要もありません。こんなに肩の力を抜いて、写真に写ったのは久しぶりでした。
「今となっては顔写真より、『火サスごっこ』の写真の方が多いです」というねねさん。「顔じゃなくて、ロケーションとポーズでの勝負に変えました」とはにかみます。写真に対するこんな攻めの姿勢があるのかと、目から鱗が落ちました。
ねねさんにとって「火曜サスペンスごっこ」は、「もはや私の一部です」。「日常生活の中から、思いっきり違う世界に入らせてくれるもの。1日の中に1つでも『サスペンス』があると、リフレッシュしますよ」
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