話題
娘にウソつきたくないから… 家族で手作りした世界に一冊の「絵本」
病院に行きたがらない娘のために、父親が思いついたのは「絵本」を手作りして読み聞かせることでした。
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病院に行きたがらない娘のために、父親が思いついたのは「絵本」を手作りして読み聞かせることでした。
腎臓の病気ではないかと診断された3歳の娘。大人でもつらい検査を何度も受けて病院に行きたがらなくなった時、父親が思いついたのは「絵本」を手作りして読み聞かせることでした。絵本は医療関係者の間でも評判となり、7月31日に書籍として市販化されました。「すぐ終わる、痛くないからと、娘にウソをつきたくなかったんです」と話す父親に話を聞きました。
絵本のタイトルは「はんなちゃんとへんちくりん」。
主人公「はんなちゃん」のおなかの中に、イタズラをする「ちくりん」が住んでいることがわかります。
ちくりんに出ていってもらうため、何度も検査や注射が必要なことを説明しながら、こう呼びかけます。
「でも、はんなちゃんがいたいってことは ちくりんも いたいってこと なんだよ」
「だから はんなちゃんが がまんできれば ちくりんは『こんな つよいこの おなかのなかは いやだ!』といって でていってくれるんだよ」
検査の後はお菓子やおもちゃをおねだりしていいし、パパとママに言うことを聞いてもらってもいい。
そして、ちくりんが出て行ってくれるまで、家族みんながそばにいること。はんなちゃんのことが大好きなことがつづられています。
「3歳5カ月だった娘・はんなの体に『ちくりん』が見つかったのは、偶然でした」と話すのは、父親の「はんなぱぱ」です。
2017年11月中旬、はんなちゃんが激しく腹痛を訴えたため、近所の病院の夜間救急へ。
原因は食べ過ぎによる腹痛でしたが、念のためにと撮影したCT画像で腎機能に問題がある可能性を指摘されました。
紹介された国立成育医療研究センターに行くと、開腹手術が必要かもしれないと言われます。
そして、手術の必要性を判断するために、大人でも音を上げるような検査をいくつも乗り越えなければならないことを知らされました。
きつい検査が2度続き、3度目が近づいていた12月初旬。はんなちゃんをどう説得して病院に連れて行くか、家族は悩んでいました。
その時の思いについて、はんなぱぱは本のあとがきでこう振り返っています。
「はんなの症状は大人でも理解しにくい複雑なもので、ありのままに説明したところでわかってもらえませんし、かといって、『痛いことしないから』などとごまかして連れ出すと、結局は彼女を裏切ることになってしまいます」
「だましだましで検査をくぐりぬけ、手術を乗りきれたとしても、はんなとの信頼関係は二度と戻らないくらい損なわれてしまうのではないかと不安でした」
そんな中で思いついたのが絵本を作ることでした。
毎晩寝る前に読み聞かせをしていて、親の方から「今日は3冊までだよ」と言うほど、はんなちゃんは絵本好きです。
「症状のことを客体化して、追い出すべき対象を作ろうと思ったんです。はんなのためだけでなく、自分たちにとっても」
絵本を作ろうという気持ちを後押ししたのは、画家である「はんなばあば(はんなちゃんのおばあさん、はんなぱぱの母)」の存在がありました。
はんなぱぱが子どものころ、実家で見つけた手作りの漫画。いとこがアリの巣を壊して遊んでいたのを見たはんなばあばが、なぜそんなことをしてはいけないのかを教えるために即興で描いたものでした。
「自分が文を書けば、ばあばがアリの漫画のような絵をつけてくれると思ったんです」
次の検査が3日後に迫った12月11日。はんなぱぱは昼の休み時間を使って30分ほどで一気に文章を書き上げました。
構成を練ったわけでもなく、頭にひらめいた順に文をつづり、絵が入る部分を空欄にして、ばあばにこんなメールを送りました。
「これから痛い検査と手術に耐えなければならないはんなのために、絵本を描いてはくれないでしょうか。親バカであきれるかもしれませんが……」
「添付したPDFファイルを印刷し、それぞれにセリフに合うような、すごーく簡単だけど、かわいくて分かりやすい挿絵をつけ、それをスキャンしてファイルにして、このメアドに送ってもらえないでしょうか」
「14日が痛い検査その1なので、13日の朝までに」
13日の昼、はんなばあばからメールではなく宅配便でスケッチブックが届きました。そこには想像をはるかに上回る16枚の絵が描かれていました。
保育園に行っているはんなちゃんが帰ってくる夕方までに仕上げようと、はんなまま(はんなぱぱの妻)がスケッチブックに文章を清書。その日の夜にリビングのソファで読み聞かせました。
「怖い」と途中で拒否され、最後まで読み通せないのではないか? ドキドキしながら読むと、神妙な顔つきで最後まで聞いてくれました。感想を尋ねると、「ちくりんいやだ」「いなくなるといい」と泣きそうな声が。
「失敗だったかな」と思いましたが、反射的に出た「そうだね、だから病院で追い出してもらわないと」というはんなぱぱの言葉を聞いて、うなずいてくれました。
「はんなの反応を見て、これでよかったのかもしれないと思いました。この瞬間から、はんなにとっても、僕と妻にとっても、通院という先の見えないつらい体験が、『ちくりんを追い出すまで頑張る』という、目的のあるストーリーとして形をとったように感じられたからです」
いちばん大きな痛みを伴うものだった翌日の検査。終わった後に「これでちくりんいなくなったんじゃない?」と、涙まじりの笑顔を見せてくれたそうです。
検査の結果、手術は不要となり、5歳になった現在は元気に過ごしています。
子どもを病院に連れて行くときに、「痛くないから」「すぐ終わるから」とだましてしまう親も多いなか、「娘にウソをつきたくなかった」と話すはんなぱぱ。
その理由を尋ねると「はんなは、だませない子だから」と笑った後で、こう付け加えます。
「親や先生から『こうしておきなさい』って言われたことって、だいたい正しくて、結果に対して感謝することが多いじゃないですか。でも、その過程も納得できるものだといいなと思うんです」
はんなばあばが一冊のスケッチブックに描いた絵本。はんなぱぱの義父が「せっかくなので形に残そう」と自費出版を申し出てくれ、私家版を作ることに。
親族や友人にプレゼントするなかで、国立成育医療研究センターこころの診療部児童・思春期リエゾン診療科診療部長の田中恭子さんにつながり、センターのホームページでも紹介されました。
さらにそのホームページを見たセブン&アイ出版の編集者から市販化のオファーがあり、先月31日に発売されました。
著者印税は、源泉徴収税を除いた全額を国立成育医療研究センターの寄付基金「アイノカタチ基金」に寄付することにしました。
はんなぱぱはこう話します。
「病院に通う中で、苦労されている子どもさんや親御さんを見てきました。我が家はこの絵本で親の負担も軽減することができました。出版された本がどなたかの役に立ってくれることを願っています」
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