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「エビ中」が目指す「令和アイドル」メンバーの悲劇、乗り越えて
女性アイドルグループ「私立恵比寿中学」(通称・エビ中)が、新元号「令和」に通じる曲とともに注目されている。メンバーを襲った悲劇、それを乗り越えようとするグループの歩みそのものが魅力となって、ファンをひきつけている。わかりやすいサクセスストーリーが崩れた時代に存在感を増す彼女たち。5月2日、令和になって初となるエビ中の学芸会(ライブ)で見たのは、変化を受け入れ成長につなげる、令和時代の生き様だった。(朝日新聞佐賀総局記者・上山崎雅泰)
私がエビ中を初めて見たのは、2012年夏にあったアイドルフェスだった。1曲目はせりふが入ったスポ根調の曲。次の曲では、ファンがキョンシーのように両腕を水平に伸ばしてピョコピョコ飛び始めた。さらに次の激しい曲では、かの有名ビジュアル系ロックバンドのパクリではと疑うような、両手でX印を作って一斉にジャンプ。「変なグループだなあ」というのが第一印象だったが、クセの強さが逆に気になり、ハマった。
この日の会場は、大阪市のライブハウス「ZeppNamba」。チケットはソールドアウト。エビ中ファミリー(ファン)を中心に約2500人が詰めかけた。
「新しい元号は令和であります」
1時間半を超す本編を終え、アンコールの声の合間を縫って突如、4月1日に菅官房長官が新元号を発表した音声が流れた。メンバーは再びステージへ。安本彩花(20)が「驚きました。音楽が聞こえなくなるまでのファンの皆さんの声がとてもうれしかったです」と振り返るほどの、悲鳴に近い歓声だった。
アンコール1曲目は、話題の曲「梅」。そう、この曲だ。
「梅」は2013年にリリースされたエビ中の3rdシングル。作詞・作曲はヒャダイン名義でも知られる音楽プロデューサーの前山田健一さん。
サビはこうだ。
さらにラップで畳みかける。
つまり、華やかな「桜」に隠れて目立たない2番手だけれども、冬の寒さを耐え忍び、春が来たら見事な花を咲かせようという歌詞なのだ。思い出してほしい。新元号発表のとき、安倍首相が語った言葉を。
「厳しい寒さの後に、春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、令和に決定した」
ファンは、歌詞をエビ中の生き様に重ね合わせる。
エビ中は今年8月で結成10周年。メンバーの転校(脱退)や転入(加入)を繰り返し、現在は6人で活動している。私がエビ中を知って数カ月後にリリースされた「梅」の当時は9人だった。
このうち3人は、梅から1年3カ月後、女優転身や進学などを理由に転校した。入れ替わるように小林歌穂(18)、中山莉子(18)が転入。15年には念願の民放音楽番組「ミュージックステーション」初出演も果たした。
知名度が上がり、同じ事務所の先輩の人気グループ「ももいろクローバーZ」のようにお茶の間の人気者になろうと頑張っていた17年2月、エビ中をまさかの悲劇が襲う……。
松野莉奈さん。病気のため急逝した。当時18歳。ムードメーカーで、大人っぽい見た目とは裏腹に、時に突拍子のないことを言い出して場を和ませ、グループに欠かせない存在だった。
当初は歌が得意ではなく、低音を生かしたラップが中心。梅のラップ部分も担当していた。170センチ近い長身を生かした伸びやかなダンスが目立っていた。だんだん歌唱力もついてきて、さあこれから、という時だった。
ショックの大きさはメンバーにとって計り知れないものだったろう。一時、活動を中断せざるを得なくなった。もちろん私も……。
活動再開後の5月にリリースした4thアルバム「エビクラシー」に収録されている「なないろ」は、番組で共演したこともあるアフロヘアにサングラスがトレードマークのミュージシャン「レキシ」の池田貴史さんが担当した。「♪会いたくて会いたくて君の名前呼んだよ」などと、松野さんに向けた思いが歌詞につづられている。
私は当時、りななん(松野さんの愛称)の声が入ってないアルバムなんて、他のメンバーには申し訳ないけど聴こうとも思わなかった。
それでも勇気を出して、この年のツアーに行った。初めて聴く「なないろ」が流れると、ステージの背景が青空にさっと変わった。りななんのイメージカラーは青。歌詞とあいまって涙でステージが見えなくなったのを覚えている。
エビ中が新たに歩み始めた矢先、今度はグループで一、二を争う人気で、特徴的な歌声で引っ張ってきた廣田あいか(20)が転校を発表した。「やりたいことがあり、人生を後悔したくない」とのことだった。仲が良かった松野さんのことがきっかけの一つにもなったのではないかと思う。廣田は現在、ユーチューバーとして活動している。
2日の学芸会に戻ろう。
エビ中は「永遠に中学生」をコンセプトに、かつては“キレの無いダンス”と“不安定な歌唱力”を全面に押し出していた。だが今では歌とダンスで魅了する実力派に変貌(へんぼう)。昨年は椎名林檎のトリビュートアルバムに宇多田ヒカルや井上陽水、松たか子らとともに参加し、さらに評価を上げた。
その実力が十分に分かるのが、3月にリリースされたばかりの5thアルバム「MUSiC」に収録されている新曲で、私自身お気に入りのバラード「星の数え方」だ。
歌い出しは、廣田が抜けたあと、ファンの間でも「一皮むけた」と絶賛されている柏木ひなた(20)。まだあどけなさが残る容姿ながら、圧倒的な声量と表現力で歌い上げると、その後はメンバー3人によるハーモニーで聴かせた。節目ごとに曲を提供しているシンガー・ソングライター、たむらぱんさん作詞作曲の「COLOR」はももクロとの共演曲。エビ中歴代の曲の振り付けが詰め込まれていて、10年の歴史を感じさせた。
そして冒頭のアンコール。令和になった直後に公開された6人バージョンの「梅」の動画で着ていたそろいの衣装で登場した。けがで一部しか出演できなかった星名美怜(21)は「自称『令和アイドル』としてやっていますが、他の方からも、そうだねと言ってもらえるようになりたいです」と語った。
終演後、結成時からの唯一のオリジナルメンバー、真山りか(22)は「今までにないくらいの歓声に驚き、ファンの皆さんからの期待度も高いのだなとうれしく感じました。若者たちも積極的に令和時代を作り出せるよう、エビ中も歌とダンスで応援していければと思います!国民から愛されるアイドルを目指して、紅白歌合戦に出場したいです!」と宣言してくれた。
紆余(うよ)曲折を経てたどりついた現在地。知り合いのファンの間でも、令和とのつながりが、悲願をかなえるまたとないチャンスだと捉えている。
この2年で立て続けにメンバーが2人いなくなり、集客は落ちていた。でも学生や、メンバーと同年代の女子のファンが増えてきているのも感じる。これをきっかけに、反転攻勢をかけてほしい。その実力は十分ある。私も年末にエビ中が大舞台で歌い、踊っている姿を見たい。春は、きっと来る。
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