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亡き妻が小学生に 願い託された夫は…作者が「タブー」に挑んだ理由
もし亡き妻が、小学生の姿で戻ってきたら――。そんな不思議なストーリーの漫画が、ネット上で話題を呼んでいます。再会を果たした夫の、固い決意。複雑な気持ちを抱きつつも、寄り添う妻。それぞれが追い求める「家族の幸せ」とは? 「『タブー』に挑んだ」と語る作者に、その言葉の真意を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
『他界した妻が生まれ変わって、小学生になって会いに来る話。』。今月15日、そんなタイトルの漫画が、ツイッター上に投稿されました。
物語は、会社員・新島圭介が、買い物袋を手に帰宅するシーンから始まります。
薄暗い部屋で、在宅ワークにいそしむ娘・麻衣と、コンビニ弁当をほおばる圭介。二人の間に会話はありません。
すると、沈黙を破るかのように、突然インターフォンが鳴り響きます。
「……ただいま」。圭介がドアを開けた先には、ランドセルを背負い、腕組みをした少女が立っていました。
「どこか他の家と間違えて……」。戸惑う圭介の言葉を遮り、少女は叫びます。「私は新島貴恵!あんたの妻!麻衣の母親!」
駅のホームで受けたプロポーズ、家族で行った旅行先での出来事……。少女は2人に、一家しか知り得ないエピソードを次々と披露。「最近、前世の記憶が戻った」と告げます。
その様子から圭介たちは、彼女が10年前に事故で亡くなった、貴恵の生まれ変わりだと確信するのです。
「何よこの味気ない夕飯!」「栄養の面もあるけど、それより大事なのが、ちゃんとお皿の上に載せたものを食べることなの」
強めの口調ながら、家族を気遣う貴恵。その振る舞いは、生前と変わるところがありません。
別の日の朝。貴恵は再び圭介を訪ね、お手製の弁当を渡しました。
職場での昼休み中、包みをほどく圭介。かつては毎日、妻と談笑しつつ、出勤前に弁当を受け取っていたことを思い出します。
瞬間、よみがえる葬儀の記憶。貴恵のひつぎを抱き、泣き崩れる麻衣。「もう二度と、作ってもらうことはできないんだな」。台所で独りごちた、あの日。
我に返り、顔をくしゃくしゃにする圭介。涙ながらに具材をかき込み、声を絞り出します。「……美味(うま)すぎる……」
会社からの帰り道、圭介は貴恵と鉢合わせます。「弁当箱を取りに来た」
言うが早いか、少女姿の妻を抱きしめ、叫ぶ圭介。「俺は本当に!お前が全てだった……」
一方、貴恵は冷静にたしなめます。「こうなったのは、ただの奇跡」「私に感謝してるのなら、私がいなくても進んでいけるっていう姿勢と未来を見せてよ!」
落ち着きを取り戻し、貴恵に弁当箱を返す圭介。箱を包む袋の結び目は、図らずもハート型を描いていました。
家に帰ると、スーツを着た麻衣が。転職活動のため、新調したと言います。
「欠けた部分と向き合って生きていくこと」。それが妻の望みと知った圭介は、麻衣と一緒に料理し、笑顔で夕食を共にします。
そして最後のページに描かれる、貴恵の姿。手に持った弁当箱には、こう書かれた紙が添えられていました。
「本当にありがとう 愛しているよ」
27ページの漫画は、26日時点で9万回以上リツイートされ、「いいね」も25万を超えました。
著者は村田椰融さん(@yayu_murata)です。昨年4月から、芳文社の雑誌「週刊漫画TIMES」で、今回の漫画を元にした『妻、小学生になる。』を不定期連載しています。話題になったのは初回に当たり、第1巻の発売日に合わせてツイートしました。
創作は、キャラクターを考えることから始まりました。「子どもが大人をたしなめる場面があると面白いのでは」。そんな発想から生まれたのが、貴恵と圭介だったといいます。
他界した妻が生まれ変わって、小学生になって会いに来る話。① pic.twitter.com/e2nTbtQHhY
— 村田椰融 (@yayu_murata) 2019年4月15日
作品には、自身の体験を編み込みました。例えば貴恵が圭介たちに、一家で食卓を囲む大切さについて語る場面。村田さんの母親も、家族での食事を何よりも大事にしてきたそうです。
「全員で食事をとることを、母はいつも望んでいました。食べ方とは、その人自身を表すもの。自分なりの『よき家庭』を築くため、精いっぱい努力してくれていたのでしょうね」
千葉県南房総市出身の村田さん。高校時代は、母親が毎日弁当をつくってくれていました。大学進学を機に、東京で一人暮らしをするようになってから、他人のために料理する大変さを知ったと言います。
「知らないところで、自分を思って動いてくれる人がいる。お弁当って、それを分かりやすく示すアイテムだと思うんです」。そんな気付きが、貴恵と圭介のやり取りに生かされています。
作品の魅力は、「家族の死と再生」というテーマを、軽やかに表現している点にもあります。村田さんの元には、肉親を亡くした読者などから、「思わぬ形で励まされた」といった感想が届いているそうです。
「一度死ぬと、人は生まれ変わりません。今回の作品では、ある意味『タブー』を犯しています」
「死別の切なさよりも、むしろ大切な存在をうしなって、なお強く生きる人の姿を描きたい。そんな気持ちが背景にあるんです」
「再び貴恵と生き続ける」という圭介の決意と、「自分の死を乗り越えて欲しい」という貴恵の願い。特に連載版では、二つの要素が対照的に描かれます。
それぞれの思いが、どのように絡み合っていくのか。その展開もまた、読み手の心をつかんで離しません。
今回の漫画が話題になったことで、ツイッターのフォロワーが、投稿前より1万人以上増えたという村田さん。
「反応の大きさに、見合う漫画が描けている自信はない」としつつ、受け入れられた理由については、こう語ります。
「作品のテーマは、日常を生きる誰もが共感するであろう想像です。ツイッターとの相性がよく、たくさんの人の心に届いたのかもしれません」
これから、物語はどう進んでいくのでしょうか?
「最後の展開は、一つだけしか考えていません。誰もが納得する結末を迎えるのは難しいかもしれませんが、信念をもって、ラストに向かわせることが出来たらと思っています」
6月13日には芳文社から、単行本の第2巻が発売される予定です。
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