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フライト前の4分15秒、観客の目が釘付けに……全日空の「挑戦」
その日のフライトは、離陸までの4分15秒、乗客の目が釘付けになりました。「か、歌舞伎?」。いつもの「あのビデオ」のはずなのに……。全日空(ANA)のちょっとした挑戦が話題を呼んでいます。あえて「YouTube」には流していない「レア映像」。年末年始の旅行シーズンです。1月1日出発便からは、国際線でも一新されるという取り組みの狙いとは?
昨年の12月6日、羽田発、那覇行のANAの777に乗り、機体が動き出すと、思わず天井から降りてきたモニターを見入ってしまいました。
離陸までの4分15秒。周囲の人たちも顔を上げていました。
歌舞伎の鳴物が流れる中、隈取をした面がゆっくりずらされると、客席の乗客を見つめる客室乗務員が映し出される――。
そう、これは離陸前の機内安全ビデオです。ANAは、安全ビデオを歌舞伎仕立てにリニューアルしたのです。
「安全が一番大事なことですが、残念ながらこれまでは機内安全ビデオを見られない方が数多くおりました。どうしたら見てもらえるか。訪日する海外のお客さまが増える中で、日本の伝統文化も伝えられたら、と考え、東京オリンピックの2020年を前に刷新しました」
こう説明してくれたのは、ANAブランド戦略部のリーダー、寺澤正道さんです。
なぜ、これまでの機内安全ビデオは乗客に見てもらえなかったのでしょうか?
寺澤さんは「安全は当たり前であり、お客さまもビデオを見る必要性を感じてもらえなかったのかもしれません」と言います。
「飛行機に乗る理由も、身近になり、生活の一部になっているということもあると思います」
前回リニューアルされたビデオは、2015年。ただし、海外のエアラインのような、エンターテイメント性に優れて、様々なバージョンを作るまでには至っていませんでした。
そこで今回、「日本らしさ=歌舞伎」となったわけです。
国内線は12月1日出発便から、エアバスA320、737-500、DHC8-Q400の3機種を除き、上映されています。11月29日現在、ANAブランドで就航する267機中、227機で見ることができます。
ANAの機内安全ビデオは、前のバージョンである日本の強みのアニメーションを使った動画が、2015年1月31日に、YouTubeの公式チャンネルで公開されています。2018年12月20日現在、87万2024回視聴されています。
今回は、YouTubeにはアップされていません。公式チャンネルには、メイキングビデオのみがアップされています。
ANA広報部の古川典子さんは、「機内で見てもらいたい、というプロモーション戦略があるので、YouTubeでは流していません」と説明します。
とはいえ、11月16日に発表され、専門紙などが伝えると、ツイッターでは2000件以上の反応があったそうです。
「驚いた、面白い、といったような、ほとんどがポジティブなツイートでした」
メイキングビデオも、YouTubeで、12月20日現在、6万8221回再生されています。
寺澤さんは、反響についてこう説明しています。
「歌舞伎俳優の動きで、安全をどう伝えたらいいのか……。例えば、通路に荷物を置くとつまずいてしまうということや、避難中の携帯電話での撮影、ハイヒールでシューターが破れてしまうこともあるといったことが、分かりやすく表現できたと思います」
カスタマーセンターなどには、「実写の方が分かりやすい」という意見も寄せられているものの、多くは「釘付けになった」「驚いた」といったポジティブな意見が多いそうです。
製作側としての意図である「まず見て欲しい」という目的は達成できたのではないか、と見ています。
登場する役者はすべて本物の歌舞伎俳優。歌舞伎の特徴の一つである隈取を施した役として知られる『菅原伝授手習鑑』の梅王丸などを選んでいます。
安全については、ANAのスタッフが監修し、全体の構成や演技は、歌舞伎俳優の尾上松也さんに監修してもらったそうです。
実はこのビデオ、CAや音楽が違う、3バージョンがあり、搭乗機のチーフパーサーの判断で選択されています。
国際線は、1月1日出発便からの上映になりますが、1カ月遅れの理由は、字幕だそうです。
音声で流れる日本語と英語以外に15カ国語の字幕を用意するのに時間がかかったそうです。それぞれの就航先の国で使われている言語です。
かつては、国による航空会社によるすみ分けによって、国内線しか飛んでいなかったANA。17カ国語対応の機内安全ビデオを作るほど、就航先が世界に広がってきたとも言えます。
実は、ANAのおもてなしは、これだけではありませんでした。
目的地に到着し、スポットに着くと、大半の人は荷物を降ろし、出口に向かう通路に人があふれます。
今回、そのわずかな不快感を和らげようと、2分強の「降機ビデオ」も作っていました。
出発時の機内安全ビデオのメイキングビデオです。CA、整備士、パイロットと歌舞伎俳優、撮影スタップが、機内を再現されたスタジオで取り組んでいる姿が映し出され、見ている側にANAのチームワークを印象づけさせています。
機内安全ビデオは、国土交通省の「運航規程審査要領細則」で決められており、離陸までに上映を終えるルールになっているそうです。
日本を代表する伝統文化である歌舞伎とタッグを組むということに、日本を代表するエアラインとしての自信のあらわれではないか、と感じている人は、私だけでしょうか。
ここまで来ると、歌舞伎の隈取を機種にペイントした「歌舞伎ジェット」も期待したいものです。
テーマは日本の伝統芸能「歌舞伎」
「ANAブルー」の線画を使用した背景は細部まで書き込んだ日本ならではのアニメーションを使用している
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