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クイーン、映画字幕から見える人気の理由 観終わってわかる奥深さ
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映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、冬休みシーズンに入っても観客動員力は衰えず、2018年の12月末までに、累積動員500万人、累積興行収入70億円を突破する見通しです。世代を超えて人々を熱狂させるQueen(クイーン)。映画で描かれている当時を体験した人たちは、何に魅せられているのでしょうか? 史実との関係、字幕の出し方……当時を知る関係者やファンの濃密な愛から見えたのは、この映画は見ている私たちも演者の一人となって「新たな幕」を作り続けているという壮大なかたちでした。
12月15日、「MUSIC LIFE CLUB」(ミュージック・ライフ・クラブ)が東京で主催したトークイベントには、限定イベントながら開場前から行列ができていました。
クイーンを日本に紹介した東郷かおる子さんと、今回の映画で字幕監修をした増田勇一さん。どちらも、ロックファン必携だった雑誌「MUSIC LIFE」(休刊)の編集長経験者です。
会場の都合で、定員30人の募集だったため、アラフィフのファンの間では「募集開始後の数分後、やっとつながったと思ったら、定員が埋まっていました」とつぶやかれるほど。
主催者側も「瞬殺でした」といい、結局、昼と夜の2回開催しました。さらに、2月にも大きな会場でイベントを開く予定です。
トークイベントは、クイーンへの思いがあふれる濃密な内容になりました。
「クイーンの代表曲が『I Was Born To Love You』と言われると、ムッとしちゃう人は?」(増田さん)
(多くの人がうなずく)
「私もムッとしますね。あれ、クイーンじゃないのよ。フレディ・マーキュリーなのよ」(東郷さん)
「ということは、70年代後半や80年代にファンになったけど、ライブには足を運べなかったというところでの、もう少し早く生まれればよかったという人が(この会場には)多いんですかね」(増田さん)
『I Was Born To Love You』は、1985年に発表された曲ですが、フレディが作ったソロアルバムに収録されていた曲だからです。
字幕監修について、増田さんは「オリジナルの字幕の完成度が高くて。翻訳した人もクイーンファンで、ほぼ間違いがありませんでした」と振り返っていました。
クイーンの母体となった、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが在籍していたバンド「Smile」(スマイル)から、ティム・スタッフェルがバンドを辞める場面。
ロジャーが「脱退かよ」というシーンがあります。
増田さんは次のように解説します。
「本当は、『そっちをとるのかよ』というようなことを言っています。やるとすれば『鞍替えかよ』とか、『俺たち裏切るのかよ』とか、そんなことなんですけど。それだとわかりにくいので、『辞めるのかよ』『裏切るのかよ』とかにしたかったのですが、物語の中で分かりやすく、短い言葉だと、『脱退かよ』ということになりました」
エンドロールでは、最初に『Don't Stop Me Now』が流れ、その後に『The Show Must Go On』で締めています。
東郷さんは、ここにも意味を感じていました。エンドロールの前半の『Don't Stop Me Now』の間は、画面でフレディのライブ映像と一緒にキャストやスタッフの名前が流れています。後半のエンドロールは字幕なしの『The Show Must Go On』の曲のみ。
「フレディが『Don't Stop Me Now』を歌っているところがあって、その後、最後に泣かせやがってこの野郎という感じで『The Show Must Go On』が流れるでしょ。知っている人は、あそこでどわーっと泣くみたいな感じになるんです」(東郷さん)
『The Show Must Go On』は、フレディのエイズが進行して体調が悪かった時期に制作され、1991年10月にリリースされました。
フレディが全てを捧げて録音した曲という、クイーンという「家族」としての逸話が伝わってくる場面だとも言えるのです。
映画は、実際のフレディの人生で起きた出来事について、当初からコアなファンの間では時系列の違いを指摘する声がありました。
増田さんは「物語を分かりやすく2時間半に詰め込んで、フレディがこんな人だった、こんな風に人格が形成されていったということを分かりやすく伝えるためには、すごくよくつなぎ合わせていますよね」と受けて止めています。
東郷さんも「クイーンの本質を損なう描き方をすると怒るよと思いますが、それはなかったと思います」と言います。
映画のラストシーンとなる「ライブ・エイド」。1985年に行われ、日本でもフジテレビで中継されました。
東郷さんは、ウェンブリー・スタジアムのPAのテント近くで見ていたそうです。
「20分間見て、ぼうぜんとしました。あの20分間のクイーンは、私の中で最高でした。ライブ・エイドのDVD見てもその片鱗は感じられるのですが、コンサート会場はすごかったですね」
「最後、ボブ・ゲルドフが『ライブ・エイドは、クイーンのためにあったようなものだ』と思わず言ってしまうぐらい。私はクイーンを見直しました。はっきり言って」
東郷さんは、フレディがステージ上で、観客との間で行ったコールアンドレスポンスについても「集団催眠にかかったみたいに言っちゃうんですよね」と振り返っていました。
映画では、フレディがバイセクシャルであることが描かれ、恋人だったメアリーとの友情やフレディを最期まで支えたジム・ハットンとの関係を多面的に伝えています。現代のLGBTの問題につながります、
東郷さんは、当時の時代背景について「カミングアウトどころじゃないでしょう。抹殺ですよ」と表現。
増田さんは「だからこそ、あれだけフレディは思い悩んでいたと思います」と言います。
フレディを何度もインタビューしたことのある東郷さんは、「会うたびに、この人はバイだろうなと思っていました。別に嫌だなとは全然思わないし、女性に対するおもてなしやしゃべっているときの美意識ありました……」と振り返ります。
「目に前にいる人に、『あなたゲイでしょ』という必要はないしね」(東郷さん)
映画のマーケティング分析は、アラフィフと同じぐらいの割合で、20代の若者が反応しています。20代や30代が、なぜ、あの映画に反応しているのでしょうか。
その理由について、東郷さんは「今、あれほどすごいロックバンドいないじゃない」とばっさり。
「1990年代後半から、あれだけ世の中に影響があって、人がみんな曲を知っていて、大変な騒ぎになっちゃうじゃない。ああいうバンドがなかったから、若い人たちは、最後のライブ・エイドのシーンを見て、みんなひっくり返っちゃったみたい」(東郷さん)
増田さんも、19億人が同時に体験したライブ・エイドについて、知人の子の中学生が「たぶん、それはユーチューブの何万回再生とは違うものでしょ、と言っていた」というエピソードを紹介していました。
増田さんは「クイーンの原体験も世代によって違う」と言います。
「でも、バンドが動きを止めた時代に知った人たちでも、それなりの原体験があって、どこが出発点でも掘り下げたくなる面白さを持っているバンド」(増田さん)
東郷さんは、曲の魅力について「とにもかくにも、すばらしい」と評します。
「映画の中でも『伝説のチャンピオン』(We Are the Champions)の字幕が出るじゃないですか。あれを皆間違えて、スポーツですごく使われるから愛国的な歌だと思っている人がいますけど、全然違うんですね」(東郷さん)
「人生の敗者にならない、俺たちはみんな人生の敗者じゃない、みんながチャンピオンなんだよ、と言っているから、泣いちゃうわけですよ。励まされちゃったりして」(東郷さん)
1970年代からの熱烈なファン吉田仁志さん(56)は、クイーンにまつわる「お宝」を持っています。その一つが、1992年にあったフレディ追悼コンサートのチケットです。
日本からは旅行会社がツアーを組んでいました。ただ、仕事の都合がつかず出発1週間前に泣く泣くキャンセルしたものです。
吉田さんは、「おそらくツアーの補充がつかず、使われなかったチケットを、旅行会社が私を不憫に思ったのか送ってくれたものです」と振り返ります。
BOXセットは1992年に世界で限定発売された、未発表写真集とTシャツのセットです。
楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングル版は、フレディの死後に再発売されたものです。
「フレディの死を知りすぐにもイギリスに飛びたかったのですがかなわず、せめてもの追悼とエイズ啓発のためと思い買ったものです」(吉田さん)
裏側には、売り上げは、フレディの関連財団に寄付されることが明示されています。
そして、70年代からのファンを証明する79年の来日公演チケット。同じ図柄のチケットである、コピーバンド「グイーン」のコンサートにも足を運んでいりことがわかります。
当然、映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、爆音上映、IMAXシアター、応援上映、極音上映など様々な上映スタイルで楽しみ、すでに10回ほど見ているそうです。
吉田さんは、クイーン愛について、こう語ります。
「振り返ってみると、中学2年のとき、クラスの女子の影響で洋楽を聞き始め、クイーン、ベイ・シティ・ローラーズ、カーペンターズ、ポール・マッカートニー&ウイングス、キッス、エアロスミスと片っ端から聞いていました。その中で、クイーンは『どこか違う』という思いが強くなり、段々引き込まれていっきました」
「ちょうど『オペラ座の夜』から『華麗なるレース』といったアルバムのために、クイーンが壮大な作り込みを行っていた時期です。『やるならとことんやる』という彼らの姿勢に、驚きと憧れを募らせていったと記憶しています」
「ちょうど自我の形成過程にあった私にとって、ひとつの道しるべになったのかと、今振り返れば感じられます」
映画は、クリスマス前の12月22日と23日の土日でも、超大作の「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」やこの週に封切りされた「アリー スター誕生」を上回る興行成績を残しています。
日本での配給会社「20世紀フォックス映画」によると、12月25日までの累計観客動員数は、474万4388人、累計興行収入は、65億3376万円で、2018年末までに500万人、70億円を超える見込みです。
18年の洋画の興行収入を比べると、現時点で「ジュラシック・ワールド 炎の王国」と「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」に次ぐ3位に当たります。このままの勢いでいくと、年明けに「スター・ウォーズ」を抜くかもしれません。
「20世紀フォックス映画」マーケティング本部のシニアマネージャーの柳島尚美さんは、年末の取材に答えるメールを、こう結んでいました。
「『ボヘミアン・ラプソディ』の勢いは、まだまだDon't Stop Me Nowです」
千葉県成田市の「成田HUMAXシネマズ」では、12月28日、29日と来年1月4日と5日の午後5時30分からの「応援上映」に限ってプラスαとして「スタンディングOK」としました。ファンが待望しており、話題になっています。
「特に最後の〝ライブ・エイド〟は皆さまと一緒にスタンディングで臨みたいと考えております」とツイートしています。映画館に確認すると、ラストのライブ・エイドだけでなく、全編でスタンディング応援が可能ということでした。
画面が大きく、音も良いIMAXシアターで行う初めての応援上映ということで、85年のウェンブリー・スタジアムに自分が立っているような感覚が得られるかもしれません。これも、映画館の宣伝担当者のアイデアから始まっています。
新たな広がりが出てきている映画「ボヘミアン・ラプソディ」。
年明けのゴールデングローブ賞で受賞すれば、観客動員数や興行成績が、V字カーブをするかもしれません。
ファンイベントなどの取材から見えてきたのは、クイーンの「奥深さ」です。
この映画が公開された後、映画を評する意見の中には、「なぜ、フレディが亡くなるまでを描かないのか」「史実と違う」など、批判的な意見や商業主義的だという声が出ていました。
そんな声に対し、私は距離を置いていましたが、ミュージック・ライフのイベントで、東郷さんや増田さんの話を聞くと、エンドロールの最後にかかる楽曲『The Show Must Go On』の意味をあらためて考えさせられます。
映画の最後に、見た人それぞれが、まぶたの内側に映る映像を見て欲しいという願いが込められていたのかも知れないと。だから、文字を目で追ってしまう歌詞の字幕もないのかと。だからこそ、『The Show Must Go On』なのかと。
この映画は、ヒットという言葉が似合わず、見た人を取り込んで壮大なクイーン映画が現在進行形で作り続けられていくという感じなのだと思います。
フレディが抱えていた、移民やLGBT、容姿、宗教といったことによる偏見や差別といった問題は、今もニュースをにぎわせているようにホットな話題です。多様性に寛容な社会への道のりは容易ではなく、揺り戻しもあるでしょう。
こういった問題や多様性に寛容な社会、外国人との共生について、どう考えますか。皆さんの経験、意見、提案を投稿してください。
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