感動
セブンで突然、5千円札くれた人…被災地で生まれる”恩送り”
災害の取材していると、被災地で生まれる「不思議な縁」をよく聞く。西日本豪雨で被災した広島県坂町小屋浦を取材していた時のこと。自宅が全壊した男性が、ポケットから大事そうに五千円札を取り出した。男性は「聞いてください」と、涙ぐみながらその顚末を語りはじめた。(朝日新聞編集委員・東野真和)
男性の名前は、高下博美さん(62)。7月6日夜、自宅にいて山からの鉄砲水が壁を突き破り、腰まで水につまりながら必死で2階に逃げて助かった。
自宅は土砂で1.5メートル埋まり、翌日自衛隊に救出された。
近くのショッピングセンターに避難して3日間過ごし、7月9日夜、車と船を乗り継いで親類が迎えに来てくれた。
午後7時ごろ、25キロ西にある親類宅に近い、同県廿日市市平良のセブンイレブンに入る。「不思議な縁」は、そこで生まれた。
高下さんは、付近にある友人宅に泊めてもらおうと連絡しようとしたが、携帯の充電が切れそうだった。
セブンイレブンで充電器と電池を買い、残った充電で友人宅に電話し、これまでの苦労を泣きながら話していた。
突然、高下さんの横から手が伸びて、右手をつかまれた。その手は握っていた手の指を1本1本開き、5000円札を握らせた。
驚いて横を見ると、そこには30歳代くらいの女性がいた。白いティーシャツでジーンズ姿、近所からちょっと買い物に来たような軽装だった。
女性は言った。「これで元気を出してください」。横で事情を聞いていたようだった。
高下さんは「こんなお金は、もらえんけえ」と返そうとしたが、女性は受け取らない。
「今度は、あなたが人を助けてあげてください」と言い残して去った。追いかけたが、見失ったという。
高下さんは、友人宅で一泊後、すぐ自宅に片付けのために帰った。
「もう一度、セブンイレブンの前に戻って、人捜しの紙でも持って立っていたい」。そう思ったが、被災した身となり、家の近くを離れられなかった。
その時、もらった5000円札は「お守り」として財布に大事にしまっている。「今でも思い出すと、ありがたくて涙が出る」という。
今、高下さんは、女性から言われた「恩送り」をしている。
遠方から自宅の土砂撤去に来てくれたボランティアを誘って食事をおごり、スーパー銭湯の回数券を渡したり。「作業で汚れただろう」と新しいTシャツを買い与えたりした。
「もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたい。そして、あなたの言うた通り、してますけえ、と報告したい」
女性と会ったというセブンイレブンに、私も行ってみた。「ああ、近所にお姉さんがいる人ね」と、店員は高下さんを覚えていた。
携帯電話の充電器の在庫を捜してあげるなど応対しているうちに被災したことを聞き印象に残っていたからだった。
しかし、その女性が誰かは「見当がつきませんねえ」。
実は、高下さんが経験した「恩送り」のような話は、豪雨被害のあった小屋浦でよく見聞きする。
9月8日、ボランティアが集まるテントで、被災者にお好み焼きの振る舞いがあった。
焼いていたのは、「高校生災害復興支援ボランティア派遣隊」。東日本大震災がきっかけで翌2012年から東北などの被災地にお好み焼きを焼いて回っている。
その一団で、手慣れた手さばきでコテを持つ広島市安佐南区の高校2年生、沢本陽奈(ひな)さんと、平田友理奈さんは、2014年夏の豪雨災害の被災者だった。
沢本さんは同居していた祖母を土石流で失った。自宅を片付けるボランティアが、東日本大震災の被災地から来てくれた。今となっては名前もわからない。
誘われて2年前から「派遣隊」に加わり、東北にも行った。多くの児童が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の遺族とも話した。
沢本さんは「全部を話すのはしんどくても、亡くし方も違っても、気持ちの上で共通する所があると思った」と話す。
「それに、自分が、がんばっているのを認めてくれるし、自分を見てがんばろうと思ってもらえるのもいい」
自分の体験を話すのはつらかったが、「自分を客観視できて心の整理もついてきた。人前に出たいわけではないけど、風化するのはもっと嫌だ」と打ち明ける。
沢本さん、父親と土砂撤去のボランティアにも参加している。
私が「被災地を見てつらくない?」と聞くと、「同じにおい、同じ光景なので思い出すが、今つらいのは自分じゃない。自分も助けてもらったんだし、早く住める環境にしてあげたいので」と、きっぱりと答えた。
平田さんは「東北の被災地がテレビで見るようには復興していなくて、今でも仮設住宅で暮らす人がいるのを知った」。
こうした経験から「将来は看護師になりたい」と思うようになったと言う。
被災地で取材をしていると「以前の災害で支援されたので」とボランティアに来たり支援を申し出たりする人たちが、たくさんいることがわかる。
次々と災害が起きるのは残念なことだし、できることならもう起きてほしくない。
でも、それによって遠く離れた人たちが新しいつながりを持つことは、災害に強い国をつくる大事な原動力になると思う。
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