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「禁錮15万年」でも7年で出所…タイの裁判所「時空超え判決」の謎

タイで一番長い正月休みの直前、多くの人が空港で航空チケットが予約されていないことがわかり、騒然となった=2017年4月
タイで一番長い正月休みの直前、多くの人が空港で航空チケットが予約されていないことがわかり、騒然となった=2017年4月 出典: タイ警察提供

目次

 「被告に禁錮4355年を言い渡す」――。一体何のSF映画の話かと思いますが、実は、タイで最近、実際にあった判決です。被告は、「健康食品会社の会員になれば、日本旅行に行ける」と800人以上から計1000万円をだましとったタイ人の被告の女、通称「ショーグン・センセイ」。判決では悪質性が指摘されましたが、実際に女に科される刑罰は最高20年とのこと。どうなっているのでしょうか。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)

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だまされて怒る人たちで空港大騒ぎ

 2017年4月11日、数日後にタイの正月「ソンクラン」を控え、バンコクのスワンナプーム空港も旅行客でにぎわっていました。

 そんな中、旅行カバンを持った人々が騒然とする場所が。「座席はとっているはず」「日本に旅行に行くんだ」

 大阪や京都に旅行に行こうと空港を訪れた数百人の飛行機が、予約されていなかったというのです。カウンターに詰め寄る人たちも現れ、警察が出動する事態になりました。結局、全員が詐欺にあったとわかり、地元紙は大きく報じました。

禁錮4355年の判決を受けた、パシット・アリンチャラピット被告。裁判の過程では数十人が「だまされた」と証言したという
禁錮4355年の判決を受けた、パシット・アリンチャラピット被告。裁判の過程では数十人が「だまされた」と証言したという 出典: マンティチョン紙提供

 翌日、タイの警察は、首謀者としてパシット・アリンチャラピット被告(31)を詐欺の疑いで逮捕。調べが進むと、徐々にその手口がわかってきました。

 パシット被告は数人と共謀して健康食品を売っており、9739バーツ(約3万2000円)を払えば、ユニバーサル・スタジオや大阪城を訪れる数日間のツアーに参加できるとうたっていたのです。

 同様のツアーは通常なら最低でも3倍の料金がかかるといい、申込者が殺到しました。

 しかし、旅行が始まるはずの4月11日にパシット被告らはドロン。空港は日本に行くのを楽しみにした人たちで大混乱に。だまされた人の数は最終的に871人に上り、約500万バーツ(約1700万円)がパシット被告らの手元に転がり込みました。

パシット・アリンチャラピット被告が出した広告。4月11日から、大阪、京都、奈良をまわるなどと書かれている
パシット・アリンチャラピット被告が出した広告。4月11日から、大阪、京都、奈良をまわるなどと書かれている 出典: パシット被告のフェイスブックから

巧妙な手口、800人以上から1700万円だまし取る

 なんでこんなにたくさんの人が信じてしまったのか。警察によると、パシット被告らは会社のフェイスブックに大阪城やユニバーサル・スタジオの写真を載せ、旅程を細かく書き込んだチラシもウェブ上にばらまいていました。

 事前に日本を訪れ、大阪や京都で撮った写真で勧誘していたのです。2017年、タイ人の日本への旅行者は98万人と世界で6番目に多く、関西は人気の旅行先。そこにつけ込んだやり方でした。

 捜査では他にも、パシット被告が経営する「健康食品通販会社」とされる会社は、登記はされていましたが、食品の取り扱いや通販をする許可は得ていなかったことも判明。さらに、外国から違法に食品を輸入していたことも明らかになりました。

パシット・アリンチャラピット被告がつくった旅行の行程表。数々の写真や、奈良、京都の説明などが書かれ、手が込んでいることがわかる
パシット・アリンチャラピット被告がつくった旅行の行程表。数々の写真や、奈良、京都の説明などが書かれ、手が込んでいることがわかる 出典: パシット被告のフェイスブックから

禁錮15万年、でも7年で出所……

 タイの刑法では、複数の罪を犯した場合、裁判ではすべて足し合わせた刑罰が下されます。871人に詐欺をして、その他の違法行為も掛け合わせて……。最終的にパシット被告らの禁錮年数は4355年にもなりました。

 ところが、今回の刑期は最大で20年になるといいます。いったい、なぜ?

 「タイの東大」とも言われるチュラロンコーン大学のカナポーン・チャンホーン教授は、「どの罪でどれだけのことをしたのか、はっきりさせるために判決では合算する。そこで悪質性を世間に示す。ただ、比較的軽い罪で膨大な刑罰にならないように、上限を設けている」と説明します。

 刑法の中に、最も重い罪を上限とするという決まりがあるそうです。

空港職員らに詰め寄る人たち。せっかくの旅行がだまされていけず、怒り出す人が続出したという=2017年4月
空港職員らに詰め寄る人たち。せっかくの旅行がだまされていけず、怒り出す人が続出したという=2017年4月 出典: タイ警察提供

 1989年には、詐欺の罪に問われたタイ人の女が、計15万4005年の禁錮刑を受けたケースもありました。長年にわたり、なんと約1万6000人をだましたというのです。この「記録」は、「世界一長い収監期間」という説もあるそうです。

 ただ、この女は7年数カ月で刑務所から出てきたといいます。ここまでくると、なにがなにやら……。

 一般的な人の寿命をはるかに超える禁錮や懲役刑では、アメリカやスペインにも数千、数万年という判例があります。もっとも、これは連続殺人、テロ行為など、特別に凶悪な犯罪ばかり。詐欺で数千年、数十万年というのはなんとなく違和感もありますが、法の定めというならしかたないんでしょうか。

 とはいえ、正月休みに日本に行ける、と期待していた800人以上の人にとってみたら、簡単には許せない相手なのも事実。パシット被告には、しっかり罪を償ってもらいたいと思います。

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