連載
#57 小さく生まれた赤ちゃんたち
「出産は奇跡」『コウノドリ』作者、原動力は〝無脳症〟を描いた経験
漫画家の鈴ノ木ユウさんは、キャラクターに自身の思いを重ねました
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#57 小さく生まれた赤ちゃんたち
漫画家の鈴ノ木ユウさんは、キャラクターに自身の思いを重ねました
産科や新生児医療の現場を描いた人気漫画『コウノドリ』。作者の鈴ノ木ユウさんは、一児の父として「子どもが生まれることは『当たり前』ではない」と強く感じながら作品を描いていたそうです。『コウノドリ』を描き始めた頃の話や、風疹や子宮頸(けい)がんなどのエピソードを無料公開してきた理由について聞きました。
漫画家の鈴ノ木ユウさんが『コウノドリ』を描いたのは、長男が3歳の頃でした。
もともとミュージシャンとして活動しながら漫画を描いていた鈴ノ木さんでしたが、妻の妊娠後、ラーメン店と牛丼店でアルバイトを掛け持ちしていたといいます。
転機になったのは、しゃべれるようになった長男の何気ない言葉でした。
「『お父さんの仕事は何?』と聞かれたので『アルバイトだよ』と答えると、『お父さんはバイト、バイト』と何度も繰り返していたんです。周囲に話して自慢する姿を見て、これは何かしなくてはいけないと思いました」
あらためて漫画賞に応募した作品が入選し、短期集中連載を担当しました。次の題材を考えていたとき、妻から「産婦人科医を描いてみるのはどう?」と勧められ、幼なじみの産科医を紹介されたといいます。
産科医から聞いたのは衝撃的な現実ばかりでした。妊娠中に一度も健診を受けない妊婦、新生児を病院に残して失踪する親、重い障害のある赤ちゃんの面会に来なくなった両親……。「僕は父親なのに、出産のことを何も知りませんでした。『これは僕が描かなきゃ』という〝勘違い〟から『コウノドリ』は始まったんです」
最初に『コウノドリ』を短期連載したとき、テーマのひとつにしたのが「無脳症」の赤ちゃんでした。脳の全部または一部がない赤ちゃんは、母親の胎内では生きられても外の世界では生きられず、基本的に医師からは妊娠の中断を勧められます。
「最初に描いたものはボツになってしまったので、何度も考えてネームを描き直しました。例えば、家族構成は両親のほか、きょうだいがいるか、いないか。きょうだいは男の子か女の子か。赤ちゃんを産むか、産まないか。3、4パターン描いてどれがベストチョイスなのかいろんな立場で考えました」
その中で採用されたのは、夫婦2人が赤ちゃんの現実と向き合う物語です。
鈴ノ木さんは妊婦や家族に取材をして描くことはほとんどありません。「最初にいくつもパターンを描いて考えたから、その後の週刊連載で様々な夫婦を描くことができたのだと思います。『無脳症』を描いたことが、『コウノドリ』を続けられた原動力です」
週刊連載でしたが、ストーリー作りに5日、作画に2日というペースで続けていたといいます。
「描いていていつも『これは正解なのかな』と思っていました。プレッシャーもあって、よく夜中にひとりで台所の電気をつけて泣いていました」
『コウノドリ』は2022年に完結しましたが、連載中から何度も一部エピソードを啓発目的で無料公開しています。
首都圏を中心に風疹の感染者が急増した2018年には風疹のエピソードを、東京都の梅毒感染者数が過去最多を記録した2023年には梅毒のエピソードをアプリやwebで緊急無料公開しました。
また、3月4日の「国際HPV啓発デー」や4月9日の「子宮の日」「子宮頸がん予防の日」に合わせて、子宮頸がんのエピソードを無料で公開してきました。
鈴ノ木さんは「まずは知ってもらいたいと思っています。昔描いた漫画なので状況が変わっていることもありますが、無料公開の依頼をいただいたら『もちろんお願いします』と伝えています」と話します。
子宮頸がんのエピソードが描かれたのは2016年。子宮頸がんのほかにも肛門がんなどの原因となることがある「ヒトパピローマウイルス(HPV)」のワクチンについて、国が積極的な勧奨を控えていた時期でした。
ふたたび2022年から、小学校6年生から高校1年生相当の女性を対象に、HPVワクチンの勧奨を再開しています。対象者は公費で接種を受けられます。
「医療者はワクチンを推奨していますが、打つ人も打たない人もそれぞれの選択です。どっちが良い、悪いではなく、どちらの意見も間違っていないということは漫画で描きたいと思いました」
「『これが正解です』という描き方はできませんが、考えることは必要です。ワクチンを打たない選択をするなら検診は定期的に受けてほしいと思います」
息子が生まれる前は音楽活動に夢中でロックスターを目指していて、妻の妊娠が分かったときは「もう音楽は諦めないといけないかな、人生終わったかなと自分のことばかり考えていた」と振り返ります。
しかし、「息子を抱っこした瞬間に『これから始まるじゃん』と思いました」。人生の大きな出来事として胸に刻まれています。
アルバイト時代は、「ずっと子どもの面倒をみていた」という鈴ノ木さん。特に長男が赤ちゃんのときは、寝かしつけたあとに「息してるかな」と気になっていつも確認していたといいます。
「子どもが生まれるということは『当たり前』ではない。これって普通のことじゃないんだと、漫画を描けば描くほど思っていました。子どもの成長と一緒に連載ができてよかったと思います」
キャラクターの台詞(せりふ)には、鈴ノ木さんの思いを重ねることもあります。「無脳症」のエピソードの終わりには、主人公・鴻鳥サクラがこんな言葉を残しました。
「出産は病気ではない
だから皆幸せなものだと思い込んでいる
多くの妊娠出産を見れば見るほど思う
出産は奇跡なんだ」

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