IT・科学
「その他、だけでいいの?」性別欄に1年半費やしたサイトの答え
ネットの会員登録で「性別」を選ぶ場面は少なくありません。「でも、男、女、それだけでいいの?」。そんな疑問を抱いたウェブサービスがあります。お坊さんが、投稿された人生の悩みに答える「hasunoha」です。海外では18種類の選択肢があるサイトもあるといいます。大切な性を「その他」で片付けられるのか。悩んで悩んで1年半。ようやくたどり着いた結論は?(ライター・池田園子)
話を聞いたのは hasunohaのプロデューサー、堀下剛司さんです。
――hasunohaには「LGBT・同性愛」というカテゴリがあります。サービスができた当時から、こういった相談は寄せられていたのでしょうか?
「サイトオープンから1年くらいは、仏壇やお墓など供養に関する相談がほとんどでした。回答してくれるお坊さんを通じて、口コミで少しずつ広がっていったんです」
「その後、お坊さん好きな女性が集まりはじめ、質問の幅が広がりました。2015〜2016年にテレビを含むいろいろなメディアに取り上げられてから、恋愛や学校、就職、身近な人の死など、質問の幅が広がり『ここでしか打ち明けられないこと』を相談する方も増えました」
「そのころから『自分は女性として生まれたけれど、女性だと思えずに生きてきた。男性のような服装をしていて、好きになる相手は女性。相手や周りに迷惑をかけそうで、カミングアウトもできない』みたいな相談が来るようになりました」
――生物学的な性別と性自認が異なる方からの相談が?
「『こういう自分は人間として欠陥があるのでしょうか』とか『まっとうな人間じゃないんでしょうか』みたいな相談もありました。とくに2017年になると、そういった相談が来る頻度は高くなりましたね」
「その頃に、あるお坊さんから『hasunohaが社会的な課題に向き合う時期が来ていると思う。性の多様性を尊重するためにも、最初の受け皿として性別欄を見直してはどうか?』とアドバイスをいただきました」
――まず、何から始めたんでしょうか?
「世界ではどんな性別があるのか、調査を始めました。そのなかで、タイでは自分生まれ持った性や性格、恋愛対象などによって、性別が18種類に分けられていることを知ったんです」
「男性・女性の他に、『トム(男装をした女性で女性もしくはディーが好き)』や『ディー(女性で男っぽい女性やトムが好き)』『アダム(男性でトムが好き)』『ゲイクイーン(女性らしいゲイで男性が好き)』など、いろいろあって、いいなと思いました」
――とても複雑ですね。
「私が見たのは英語で書かれた文献で、微妙なニュアンスを日本語に訳すのが難しく感じましたね。当時、この18種類の性別を訳して使っているサイトもなく、数カ月後に改めて向き合うことにしました」
――他の国はどうなんでしょうか。Facebookだと性別欄に自由記述欄があるようです。
「自由記述欄を入れるのはありかもしれない、と思いました。ただ、Webサービスは会員の属性や行動などの情報をビッグデータとして蓄積するのも重要です。『◯文字以内』と字数制限を付けて書いてもらうとすると、そこでも問題が生じるなと気づきました」
――文字数に収まりきらない人が出てきそうです。
「それもありますし、たとえば同じ『レズビアン』でも、『◯◯なレズビアン』とか、人によって書き方が違うとデータの分類が難しくなるんですよね。かといって字数制限をなくして、100文字の性別を書かれた場合、長すぎるし見る人もわからないという……」
――袋小路に迷い込んでしまいますね。
「そうこうするうちに、日本でLGBTに関連する報道が多くなされるようになって、改めてLGBTという言葉や概念をじっくり考える機会ができたんです」
「そこでようやくLGBTとは性自認と性指向、ふたつの話が入った言葉なんだと理解しました。さらに、今まで調べてきたことを踏まえて、性別は人が思う数だけあるのでは、と考えるようになりました。分類するのは無理があるよなぁと」
――極端な話、人の数だけ性別はある、と。
「そうなると、浮かんでくるのは『その他』という選択肢です。一方で、『その他』を設けることで、それを選ばざるを得なかった人たちから、『私たちは“その他”ではない!』と、非難を受けることも予想されました」
――2018年5月、堀下さんは勤めていた会社を退職し、hasunoha1本に注力されるようになりましたよね。そこからリリースまでの1カ月、何か大きな進展があったんでしょうか?
「改めて海外の状況を調べ直したら、ニュージーランドやバングラデシュなど、いくつかの国では、パスポートの性別を『M(男性)/F(女性)/X(第三の性)』から選択できるようになっている、と知ったんです」
「パスポートって公的書類じゃないですか。そこに第三の性、いわゆる『その他』的な項目があるのか! と背中を押されたんです。限りなく存在する性別を項目として落とし込めないのだから、『その他』でいくしかないなと思いました」
――リリース当時、「その他」を入れるのが最良の選択だった、ということですよね。
「今後、性別に関する議論が進んで、より細かく分類されるようになれば、『その他』ではなく、項目を切り出していけばいい、と思いました。現段階で100点を目指しても無理。『その他』で80点取れているかわからないけど、これでいこうと。ただ、『その他』でくくらないでほしい人、性別を答えたくない人もいます」
――1年半かけて考えた答えは?
「『無回答』という選択肢を作りました。最初にアドバイスをくださったお坊さんから、「男性/女性/無回答」がいいのではと助言をいただきました。たしかに無回答というのは、誰に対しても攻撃的・差別的でなく、答えたくないから答えない、というやわらかさがあります。現状、新規登録者の10人にひとりが、『その他』か『無回答』を選択しています」
――今、80点という言葉が出てきました。「50点だけど、ひとまず世に出してみよう」みたいな、不完全だけど挑戦するといった動きは、日本ではなかなか見られない印象があります。
「LGBT対応に限らず、『何もしないよりも改善されているけれど出来が悪い時期』というのは存在しますが、それが許されない雰囲気は感じています。70点でもブラッシュアップしないと世に出せない空気。除夜の鐘がうるさいや、保育園を建てると近隣に迷惑など、誰かひとりが苦情や文句を言うと、慌てて取りやめる空気。」
――クレームをできる限り避けるために、100点にしてから出そう、という暗黙の了解があるんでしょうね。でも、今回の性別欄の件も、100点のものをリリースしようと思うと、何年後になっちゃうんだろう? と思います。
「50点が認められないからこそHasunohaに拠り所を求める人が増えてると感じています。学生でも、社会人でも、介護する人も、子育てする人も、自分自身や他人がつくりあげた『あるべき論』でいっぱいいっぱいになる」
「でも仏教には、人間は完璧じゃないという教えがあります。何も知らないよりも出来が悪いマイナス50点ではなく、よく分からないなりにも一歩前に足を出したプラス50点が評価される世の中であってほしい。そういう願いも込めて、今回の決断に至りました」
――「その他ってなんですか?」のような問い合わせは?
「現時点では来てないです。性別欄は新規登録者向けの画面にしか出ないんです。それも関係しているかもしれませんが、hasunohaって今まで、ネガティブなご意見はほとんどいただいたことがないんですよ」
――その理由ってなんだと思いますか?
「理由は大きくふたつあって、ひとつはhasunohaを運営する想いや目的を丁寧に伝えるようにしていること。もうひとつは一種の『原点回帰』をしていることでしょうか」
「仏教という古来から存在する、人間の苦しみを解く教えを、ネットという現代的な手段を使って広く届けようとする在り方が、評価されているのではと思っています」
――原点回帰……。
「佛説阿弥陀経の一説に『池中蓮華 大如車輪 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光』というものがありますが、この一説がきっかけで、SMAPの『世界に一つだけの花』が誕生したとも言われています」
「これは『(極楽浄土の)池に咲いている蓮の花はその大きさが車輪のようであり、青い花は青い光を、黄色い花は黄色い光を、赤い花は赤い光を、白い花は白い光を、それぞれ放つ』という意味です」
「一人ひとりのどんな生き方にも価値があるし、一人ひとりが関わり合って、価値が生まれている、という考えが仏教の原点にあるんです。今回の性別欄のアップデートも含め、hasunohaを通じて、そういった考えや心持ちになったほうが、自分も社会も幸せになるはずだと、これからも伝えていきたいです」
今回の対応に、LGBT当事者はどのように感じているのでしょうか。
自身もLGBTで、性的マイノリティーの方々の相談に、Hasunohaの回答僧として回答している柴谷宗叔さんは「性とはもっと曖昧なもの」と話します。
「私たちトランスジェンダーの当事者にとって、私のように戸籍を完全に変えてしまうまでにいろんな段階があります」
「始めは心の中で、戸籍の性と違和感があるという段階。おかしいなと思って相談窓口に行く段階。女装(男装)を始めてだんだん慣れていく段階。ホルモン投与を受けて徐々に体が変わっていく段階。私のように完全に変えてしまった今でも染色体的にはまだ男性ですよね。さらに、わずかですが先天的に男でも女でもない人がいます。などなど、いろんな段階において、世の中にはいろんな性の表現があります」
「その点で、戸籍上男性か女性に分類されてしまいますが、性とはもっと曖昧なものだと思うのです。一方で、そのすべてに対応していくことも難しい。今回のような対応は、現実的な選択肢だと思いました」
1/21枚