連載
#13 #withyouインタビュー
いじめられたとき、僕は音楽に救われた 伊東歌詞太郎さんが歌う意味
伸びやかで力強い歌声やメッセージ性のある歌詞が中高生の共感を集め、ツイッターのフォロワーが73万を超えるシンガー・ソングライター伊東歌詞太郎さんは、小学生の時にいじめを受けていました。「休み時間は音楽準備室に隠れていた。音楽が救いだった」と振り返る歌詞太郎さん。つらい経験があったからこそ、今は誰かの人生がプラスになるよう、歌い続けています。
歌詞太郎さんは、ニコニコ動画の人気コンテンツ「歌ってみた」で人気に火がつき、路上ライブを重ね、4年前にメジャーデビューを果たしました。ラジオのパーソナリティを務めたり、初の小説を5月に出版したりと、活動の幅も広がり、「めっちゃイケボ(イケメンボイス)」「いつも勇気づけられています」と中高生から熱い支持を集めています。
記者が初めて会ったのは昨年の12月。中高生向け講演会の取材でした。その講演会で歌詞太郎さんは「小学生の時、いじめを受けていた」と来場者に語りました。
いじめられた過去について、「生きている上で知る必要がない、つらいこと。本当にひどかった」と振り返る歌詞太郎さん。それでも、「しっかりと向き合えるようになって、その経験が自分にとってプラスになった」と語りました。「人の痛みを知ることができたから。僕は人の悪口は言えない。たとえ冗談のつもりでも、言ってはいけないと思うんですよ」
笑いに包まれた講演会でしたが、この時は350人の中高生や保護者たちが、真剣に耳を傾けていました。あの時に伝えきれなかったメッセージを伝えたいと、改めて話を聞きました。
ーー歌詞太郎さんにとって、学校が一番つらかったのは、いつですか
都内の公立小学校に通っていたんですけど、6年生の時のいじめが一番ひどくて、つらかったですね。
常に無視をされ、上履きに画びょうを入れられたり、机がなくなっていたり。ニュースになるような嫌がらせは、だいたい受けました。
いじめグループとは、塾で受ける模試が一緒だったんです。点数が良くて僕の名前が出ることがあると、さらに攻撃をされました。
ーー助けてくれる人はいなかったのですか
いませんでした。いじめの中心は5~6人でしたが、その人たちが強いから、クラスの誰も逆らえない。全員が無視に加わっていました。
先生には相談しませんでした。言ったところで解決できないと思ったから。親にも心配させたくなかったから、言いませんでした。
ーーつらい毎日の中で、何が歌詞太郎さんの支えになっていたのですか
間違いなく、自分の場合は音楽でした。休み時間、音楽準備室に隠れていたんです。
学校に居づらい人は分かると思うんですけど、休み時間が一番つらかった。無視されるか、ひどいことをされるか、だったので。
だから、5分休みは仕方がないけど、2時間目と3時間目の間にあった20分間の休みや給食を食べた後の昼休みは、クラスにいたくなくて。自分の居場所を探しました。
でも、小学校ってそんなに広くない。屋上は施錠されているし、安全地帯になる場所って少ないんですよ。どこかないかなと探していたら「あっ、音楽準備室がいいな」って思ったんです。
音楽室だと隠れる場所がないからダメ。準備室がいいんです。楽器がたくさんあって、ピアノの下によく隠れていました。誰も来ないし、先生もその時間はいない。僕にとって、安息の場所でした。
準備室には、合唱で歌う曲の楽譜がたくさんありました。グリーングリーンや赤いやねの家、小さな木の実……。今も楽譜は読めないんですけど、「おたまじゃくし(音符)がここにあったら高い音、ここなら低い音」というのは何となく分かるから、知らない曲でも口ずさんでいました。
ただただ、歌うのが楽しくて、つらいことを忘れられた。卒業するまで、休み時間は音楽準備室でしのいでいましたね。
今思うと、学校を休めたらよかったんですけど、親に心配をかけたくなかったから、その選択肢はなかった。音楽があって、本当によかったです。
――他にも支えはありましたか
中学受験をしたのですが、それも支えになりましたね。「別の中学校になったら、いじめが全部終わる」と出口を作ることができた。もちろん、「落ちたら、中学校も同じになる」というプレッシャーもありましたが、受験合格が暗闇からの出口になると強く思っていました。
志望校には無事、合格しました。だから、卒業した時はめちゃくちゃ嬉しかった。いじめグループと離れられたので、中学校からはいじめられることもなくなりました。
――その後、いじめグループとは
成人式の時に再会しました。向こうは、「俺、お前のことをいじめていたらしいんだけどさ、そんなつもり全然なくて。悪かったな」と言って、まったく気にしていませんでした。
びっくりしましたよ。「あっ、この程度なんだ」って。自分がきつかったあの過去は、他人からみたらこんなに軽いんだって。怒りはわかず、ひたすら驚きましたね。
――いじめられた経験がプラスになっていると話していましたが、どうして、そう思えるのですか
いじめられるって、ものすごく傷つけられることなんですよ。めちゃめちゃに傷つけられる。
だから、いじめがどれほど人を傷つけるのかというのは、いじめをしている側、もしくはいじめを受けていない人たちより、僕はたくさん知っているつもりです。
僕の思考の根幹に、「他人の立場になって考える」というのがあります。いじめの経験はまさにそうです。あれだけつらい思いをしたから、同じことを人には絶対にできない。人が何をされたら傷つくのか。それが分かってから、僕は人に優しくできるようになりました。
――ミュージシャンの活動にも、いじめられた経験が影響を与えていますか
僕にとって音楽活動をする意味は色々あるんですけど、その一つが誰かの人生をプラスにすること。1ミリでも、10メートルでも、とにかくプラス方向にする。そういう音楽が作っていくのが、僕が生きる一つの意味だと思うんです。
ライブに来てくれた中学生の女の子が「歌詞太郎さんのライブをきっかけに外に出られた」と言ってくれたことがありました。それまで、引きこもっていた子が、僕の曲をきっかけに部屋を出られるようになった。それを聞いた時は、すごくうれしかったな。
いじめられた時、僕は音楽を聴いたり歌ったりして、落ち込んだ気分を変えることが何度もできた。音楽って、特効薬だと思うんですよ。そういう音楽を作れたらミュージシャンとしては本望です。
――悩みを抱える子どもたちに伝えたいことはありますか
あなたがなぜ、そんなにつらい思いをしているか。それは色んな原因があると思います。僕の場合はいじめだったけど、他の原因で、しんどい思いをしている人もいると思います。
そうした人たちに、甘い言葉は言えないです。だって、つらいもん。
「今はつらいけど、この先いいことあるさ」とは絶対に言いたくない。そんなこと言われたら、「お前このつらさ分かんの?」って当時の僕だったら思いますよ。
小学生の時、僕のつらさを分かってくれる人はいなかった。でも、僕には音楽があった。音楽が僕のことを分かってくれたと勝手に思っていました。
ゲームでも読書でも、あなたにとって居心地がよければ何でも構わない。見つけてみようなんて無責任なことは言えないけど、あなたの居場所が見つかるよう、僕は祈っています。
◇
いとう・かしたろう 狐のお面がトレードマーク。抜群の歌唱力を武器に、動画投稿の総再生数は8千万回を超え、アルバムは3作連続でオリコンランキングTOP10入りした。声帯結節の手術から7月に復帰し、原点となる全国路上ツアーを実施中。山陰放送をキー局に全国11局で放送中のラジオ番組「僕だけのロックスター☆ラジオ」では、パーソナリティーを務めている。5月には初の小説『家庭教室』(KADOKAWA)を出版した。
この記事は9月1日発行予定の朝日新聞夕刊(一部地域2日朝刊)ココハツ面と連動して配信しました。
1/15枚