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新宿の一等地をタダで使わせ、ちゃんと儲かる「意識高い」ビジネス
新宿西口を出て北に向かって歩いていくと、大学生ら若い人たちが吸い込まれていくビルがあります。エレベーターで5階に上がると、ドアの奥からにぎやかな声と熱気が漂ってきます。被災地でのボランティア、カンボジアでの学校建設、ファッション系フリーマガジン発行……。学生限定のフリースペース「賢者屋」に集う「目的ある学生」たちから見えた「最近の若者」について考えてみました。
約200平方メートルのワンフロアには、ホワイトボードと、学校で使うような机と椅子がありました。予約制で、最大120人が利用できるそうです。
利用者は、受付で「日替わりのメニュー」をこなすことが条件です。
賢者屋をサポートする企業の無料アプリのダウンロードやアンケート回答、facebookの「いいね」、twitterのリツイートなど、利用者が協力することでこの無料で使えるフリースペースが支えられています。
壁際には、学生が作った約80のフリーパーパーが並べられています。無料で使えるカラーコピー機や飲み物の自販機のほか、パソコンやタブレット、スマホで欠かせないWi-Fiや電源も無料で使える仕組みです。
スタッフの一人はこう言います。
「インカレでやっている学生団体ですと、どこかの大学内に集まろうとすると、他の大学の学生にとっては不便ということがあります。みんな、新宿という、誰にでも来やすい場所に集まれる場所があった方がいいと思っています」
「カフェはお金がかかってしまいます。カフェにはホワイトボードはありませんし、大人数が集まれるわけではありません。ここに来ている学生を見ていますと、目的がある学生たちにとっては、無料で使えるフリースペースが必要なんだと実感します」
この場に集う「目的がある学生たち」とは、どのような学生団体なのでしょうか。
「僕らの夏休みProject」(僕夏)の実行委員長、岸谷薫さん(20)と、副実行委員長、川名雪花さん(20)は、この日、幹部4人でのミーティングで利用していました。
「僕夏」のメンバーは、約30大学の学生420人がいます。18大学にある支部ごとのミーティングは、大学内で行われることが多いですが、全体を統括する執行部の会議は、毎週2回、賢者屋で開いています。
「僕夏」の活動は、2011年8月から続く、東日本大震災で被災した岩手県の小学校の子どもたちとの交流です。
大学生は夏休みの1週間、岩手県を訪ね、そのうち3日間は学校ごと分かれて子どもたちと遊び、残りは地元の人たちと県内5カ所でお祭りを開いています。昨年は22校、今年は28校に行く予定です。
岩手への移動は夜行バスで、宿舎では雑魚寝。それでも参加費は4万円弱かかります。安くない金額です。
岸谷さんが活動にかかわる理由として、一つの負い目を挙げました。
「震災の時、私はバンコクに住んでいました。津波の映像が繰り返し流れ、行方不明者数の数字がどんどん増えていきました。日本は沈んでしまうのかな、と思ったほどでした。しかし、日本に帰国して学校に通い出すと、そこには日本人だけど震災当時の出来事を語れない自分がいました」
「自分は何も知らない……」
自由な時間が作れる大学生になり、そんなモヤモヤした気持ちを胸に抱く中で出会ったのが、「僕夏」だったそうです。
「僕夏」のコンセプトは、「すべての子が夢や希望を持てる社会を」。川名さんはこう言います。
「週2回のミーティングでアルバイトしている時間があまりないですけど、それだけ『僕夏』に魅力があるのかな……」
ホワイトボードを背に、集まった30人ほどの学生に熱く語りかけていたのは、「ONE LIFE」(ワンライフ)の代表、土屋渉さん(20)です。プロジェクトリーダーの佐藤沙也香さん(20)と一緒に話を聞きました。
「どうせ学生生活を送るなら、みんなに自慢できることをしたい」(土屋さん)
「盛岡で東日本大震災を経験して、大学生になったら何かボランティアをしたいと思っていたところに、先輩が声をかけてくれて……」(佐藤さん)
普通の学生生活に飽きて、やるなら大きなことを、といって始まったのが、カンボジアに学校を建てるプロジェクトです。カンボジアで活動実績のあるNPO法人が後ろ盾になり、昨年、集めた300万円で「One Life ロンチャック小学校」の建物を寄付しました。
彼らが考えた資金確保の一番大きな手法が、クラブイベントです。例えば、前売りで1枚2500円のチケットを販売。200人ほど入るクラブを貸し切りにし、3カ月に1回イベントを開いているそうです。加えて、クラウドファンディングも始めました。
「どこかの大学で集まろうとしても、その大学の公認団体でないと使えません。私の大学も断られました。国立オリンピック記念青少年総合センターでミーティングを開くこともありますが、1回2000円ほどかかります。無料で使えるフリースペースは、目的がある学生団体にとって魅力的です」(佐藤さん)
加えて、賢者屋のようなフリースペースは、他の学生団体とも知り合う機会ができ、新たなコミュニティーが作れることが魅力だといいます。
「偽善者」
「中途半端にやってんじゃないの」
「飲みサーだろ」
土屋さんが自分のSNSで「ONE LIFE」の活動を発信すると、活動内容を知らない友だちから、このような反応が帰ってくることがあったそうです。
佐藤さんは「ボランティアとして活動しているので、友だちには強要できません」と言います。
クラブイベントでの建設資金集めは、「ONE LIFE」のメンバー以外の普通の学生が参加しやすい手法だからだといいます。
街頭募金をしていた時、こんな言葉をかけられたことがあるそうです。
「人に頼まないで自分たちでできるんじゃない?」
そうかもしれません。ただ、土屋さんたちはこう考えています。
「それだと周りの人を巻き込めません。カンボジアが今どうなのか、子どもたちがどういう環境なのか、伝わらないでしょ。そういう考えは、ちょっと違うと思います」
賢者屋のスタッフに「ちょっと異質な集団」として紹介されたのが、「Uni-Share」(ユニ・シェア)でした。
コンセプトや企画、編集は学生が行い、プロの写真家やモデル、スタイリストとコラボして、ファッション系のフリーマガジンを年2回発行している学生団体です。2010年に発足し、今では服飾系の大学生や専門学校生が約70人加入しています。
今年5月に発行したフリーマガジンのコンセプトは「知欲」。ファッション性の高いグラビア中心かと思いきや、学生が企画したコンセプトに合わせ、外部のクリエーターたちがそれをアーティスティックにビジュアルで表現していくそうです。
「知欲」に込められたメッセージについて、広報局長の藤代さくらさん(20)が、こう説明してくれました。
「私たちの周りには、情報がいっぱいありますよね。だから、何となく知っていることがいっぱいありますけど、本質を知っているのかな、という疑問がわいてきました。『知る』=『ググる』じゃないんじゃないか。サラッと知って、知ったことになっている自分たちに疑問を感じて欲しいと思いました」
発行は年2回ですが、コンセプトや企画を詰めていくため、この日も40人ほどでミーティングをしていました。
「賢者屋が予約でいっぱいの時は、渋谷のフリースペースを使いますが、1回1人500円かかります。どうしようもない時は、青学の食堂かな」
「Uni-Share」の藤代さんは、「フリーペーパーを発行するには、お金がかかります。大学生は意外と企業名を知りません。賢者屋のスタッフが、協賛してくれそうな企業の相談に乗ってくれる魅力もあります」と言います。
活動を通して、紙媒体への広告出稿の魅力が薄れ、クライアントがネット広告にシフトしてきていることに気付かされたそうです。今は、雑誌だけにこだわらず、ホームページでの表現も取り組み始めました。
大手百貨店やファスト・ファッション・ブランドと一緒に、シーズンごとに出されるルックブックを作成することもあるそうです。
こんな風に様々な学生が集まる賢者屋。起業したのは、佐藤祐さん(26)です。
「私は、世の中的にはFランクと言われている大学の新設学部の1期生です。そんな大学の学生は、劣等感があって、成功体験もありません」
そう明かす佐藤さんですが、そこでとどまってしまうのではなく、外に目を向けるべきだと言います。
「自分たちが社会を変えたいという学生は、色々な大学にいます」
賢者屋を学生時代に起業したのは、学内外にいる「夢を持った学生たち」の活躍の場を広げたい、という思いからでした。
2013年7月、大学2年の夏に新宿に賢者屋をオープン。SNSを通じて広がり、まもなく月間延べ3000人の利用に達し、手狭になって現在地に移転しました。
今では、新宿のほかに、大阪の梅田にも開設し、年間のべ7万人が利用しているそうです。年商1億8千万円。インターンを含めると、スタッフは50人規模です。佐藤さんの目標は、2020年度までにフリースペースを全国7カ所に広げることだそうです。
渋谷などにある他のフリースペースでは、1回500円の利用料などを学生からとっているところもありますが、賢者屋は無料。佐藤さんが「無料」にこだわるのには、理由があります。
「学生にとっては100円でも大切です。そして、誰でも区別なく、情報提供が受けられ、居場所になる場が必要です。1人でも幸せになって欲しいからです」
「10年後、20年後、30年後の未来の賢者がここから輩出されるように、賢者屋を育てていきたいと思っています」
「若い人や学生に効率的にリーチを広げていきたい」
こんなことを思う企業は少なくないと思います。多メディア化し、ライフスタイルも多様化したこの時代、賢者屋は、社会と企業と学生が行き交うスクランブル交差点のような存在です。
学生も、アプリのダウンロードやシェア、リツイート、登録など、入店時にこなす「日替わりメニュー」について、「トレードオフ」と割り切っています。
「無料で使えるんだから、それぐらいのことをしてもいいと思います」
「アルバイト探しとかは、日常生活に役に立つので」
そして賢者屋がここまで成長したのも、今回、話を聞いた学生団体のような、いわゆる事業系のインカレ・サークルをターゲットにしている点にあります。
例えば、バブル時代も、イベント系サークルは多くありました。でも、賢者屋で話を聞く中で、社会事業を絡めるような動きは21世紀型のインカレ・サークルならではの特徴だと感じました。
もう一つ気になったことは、 賢者屋に集う学生たちの金銭感覚です。
お小遣いはもらわず、生活費や定期代はアルバイトをしたり、奨学金を借りたりしながら、自分たちの活動に参加している学生たちが少なくありませんでした。
賢者屋が無料で使えたとしても、そこまでの往復の交通費は、学生の自己負担です。それでも、アツくなることがある、ということです。パッションです。
収益モデル、マーケティング、リーダーシップ、共感……。そこには、21世紀の日本を生き抜くためにもがく学生がおり、賢者屋は孵卵器のような存在でした。
学生と社会事業を両立させている彼ら彼女ら。社会人も、やろうと思えば自分のスキルをボランティアにいかすプロボノがあります。30代、40代、50代も負けられない。そう思わされた取材でした。
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