地元
「県名がわかりにくい」アンテナショップが決断した「逆転の発想」
各地のアンテナショップが集まる東京に、異色の施設がオープンした。場所は渋谷。あえて「県名」を名乗らず、影響力のある客にSNSなどで発信してもらおうという「逆転の発想」。宿泊機能も備えるなど、他のアンテナショップとは一線を画する取り組みは成功するのか。「魅力度ランキング46位」の県の挑戦を追った。(朝日新聞記者・福家司)
JR渋谷駅から徒歩10分余り。しゃれた飲食店が並ぶ裏通りに、白いビルがひっそりと立つ。看板などには「turn table」と筆記体で記されているが「その県」の表示はどこにもない。階段を上がると阿波藍ののれんが迎えてくれた。
学生時代によく泊まったユースホステルを思わせるベッドのみ(トイレ、シャワーは共用)のドミトリーは6千円と格安だが、県民は1割引きの5400円。チェックインの際に免許証で住所を確認のうえ、割り引きになった。
テーブルは、地元から切り出した杉の一枚板が2枚。フロントのカウンターも同じ土地の青石を積んで作られていた。しかし、「その県」から来た私にも、「その県」産であることは教えられなければわからないレベルだ。
「その県」とは……徳島県。都道府県「魅力度」ランキングで昨年、47都道府県中46位と低迷している。
運営会社の責任者を務める渡辺トオルさん(54)は、「首都圏で徳島に最初から興味を持つ人は圧倒的に少ない」として、「先に徳島のショップであることを教えず、お客さんが体験を通して何かを発見し、実は徳島だったのか、と気づいてSNS、特にインスタグラムで発信してほしい」と狙いを熱く語る。
徳島市のシンボル・眉山から望んだ見慣れた市街地を描いた大きな絵が目に入った。よく見ると、手前の山のふもと付近には東京のビル街が描かれており、東京と徳島の町並みが一体化しているように見えた。
だが、徳島に行ったことのない人には、どこの絵かわからないだろう。
ホステルは2~5階で、2段ベッドのドミトリーや通常のホテルのようなシングルルームのほか、最上階には1室10万円で最大10人まで泊まれるテラス付きのスペシャルルームがある。
夕方、ロビーはドミトリーに泊まるとおぼしき外国人の若者たちでにぎやかになった。「予約サイト『ブッキング・ドット・コム』に出していることもあり、外国人客は予想を上回る」と渡辺さん。宿泊部門は稼働率7割超で、4月は目標をクリアしており、好調という。
一方で、「外国人には日本人とは違って、最初から徳島のショップであることをアピールしたほうがいいとわかった」と、渡辺さんは「徳島隠し作戦」の一部変更も示唆した。
2階のレストランで渡辺さんとディナーをともにした。鳴門産のスズキ、阿波牛のグリルなど徳島の食材を厳選したフルコース(8千円)を約3時間をかけて味わったが、徳島では食べたことのない料理もあった。
「宿泊施設を付けたのは、あくまでレストランで終電を気にせずゆっくり食事を楽しんでもらうため」と渡辺さんはいうが、レストランで飲食して泊まったのはこの日、私だけ。コース料理を食べた利用客も私たちを含め3組にとどまった。
5人のグループ客に話を聴くと、内閣府のプロジェクトに参加する人たちだった。
リーダーの久保康弘さん(48)=千葉県松戸市=が徳島市出身で、仲間を誘ったという。「徳島を知らない人に体感してもらう絶好の機会と思い、もう10回ぐらいいろんな人を連れて来ている」と話す。
東北大の根本靖久・特任教授は「以前仕事で徳島にいったが、おいしいものはないという先入観があった」という。今夜の料理で5人に一番人気のメニューは、鳴門産のみそで作ったみそバターだったという。
渡辺さんは、2011年、徳島県神山町にサテライトオフィス(SO)を構えた東京のウェブデザイン会社、ダンクソフトの副社長でもある。今回の着想の裏には、自身の成功体験がある。
「神山の川のほとりに座り、川に足を浸してパソコンに向かう社員の写真がSNSで発信され、神山へのSO進出という新しいトレンドを作った」と振り返る。
シャワーを浴びてドミトリーの下段ベッドに潜り込んだ。翌朝、一枚板のテーブルで、卵かけごはん、フィッシュカツ、おひたしなど、徳島の食材で作られた朝食を味わった。
昨夜とは打って変わって素朴な日本の朝食という感じだ。ホウレンソウとあえたサバの水煮がおいしかったので、物販コーナーの「マルシェ」で買おうとスタッフに尋ねたが、あいにく品切れだった。
朝食は宿泊料に含まれるので、外国人客も三々五々顔を出す。
北海道でスキーを楽しんできたという英国出身の大学生キャメロン・ヘイさん(18)に声をかけると、「徳島?どこにありますか」と自分のスマホの日本地図を示すので、「神戸からバスで2時間ぐらいだよ」と教えてあげると「京都、大阪、奈良には行ったので、次回は訪ねてみたい」と話した。
各道県の多くのアンテナショップは、銀座界隈に店を構えている。
地元の第二地銀運営会社が出している、有楽町の「徳島・香川トモニ市場」を訪ねた。店内には所狭しと両県の特産品が並び、午前中から年配の女性客が訪れ、野菜などの品定めをしていた。
店番をしていた竹本琢実さんは、かつて関西でも徳島の特産品を販売する仕事に就いていた。東京に出て3年ほどというが、「関西と違って、首都圏は圧倒的に徳島の特産品の認知度が低い。香川のうどんのような核となる特産品もない」と苦労を語る。
都内のアンテナショップの実態調査を毎年実施している、地域活性化センターの畠田千鶴・広報室長は「渋谷にはITベンチャー企業の社長やクリエーターなど感度の高い人が多いため、クチコミで上位に入ろうという狙いはわかる」と、自身の地元でもある徳島の試みに理解を示す。
レストランの充実や体験の重視も、最近のアンテナショップのトレンドという。
一方で、「東京には一定のアンテナショップのファン層がいるが、ターンテーブルは他店と回遊できないこともあり、その層の利用はあまり期待できない」とも指摘する。
近年はネット通販の発達によって、物販の環境は各店とも厳しくなってきているという。ターンテーブルも、最近は、徳島にちなんだ食のイベントなどを開いている。
今回、有楽町・新橋界隈に軒を連ねる中四国各県のアンテナショップものぞいてみた。
とくに高知県は人口が徳島県とほぼ同じながら、地下を地酒に特化するなどユニークな店作りで買い物客を集めており、閑散としたターンテーブルと対照的だった。
ただ、客の多くは「この県だから」というこだわりはなく、各県のショップをはしごしており、各ショップはポイントカードを作るなど囲い込みに懸命だ。
ターンデーブルの試みは従来とは対極で、多くの人を集めるより影響力のある人に働きかける戦略だ。渡辺さんは、「名前は言えないが、著名なミュージシャンも訪れている」と明かす。
一方で、その戦略は、東京という各地域が個性を競う場所で受け入れられるのか、疑問も感じた。さらに、「徳島にこんなおしゃれなお店あるかな」とも感じた。
子ども時代を徳島市で過ごし、その後県内の支局2カ所には勤務したものの、市内に暮らすのは42年ぶり。山海の食材は新鮮で豊富、市内の飲食店の充実ぶりにも驚く。
「魅力度」ランキングが低いのは、イメージが悪いのではなく、たんに首都圏で知られていないだけではないか。
今後は豪華なディナーだけでなく、一泊6000円のドミトリーに泊まる人にも選択可能な、もっと大衆的なメニューも必要と思う。
最近、バルではおでんを出し始めたといい、ターンテーブルもお客のニーズに合わせ、少しずつ変わり始めているようだ。
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