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イルカと人が…「おとぎ話」のような漁法に危機 最後の4人の願い
大河に浮かぶ小舟。漁師の合図でイルカがはね、魚を網に追い込む……そんなおとぎ話のような漁法が、ミャンマー中部のイラワジ川に伝わっています。ただ、以前に比べてイルカの数は減り、技を受け継いだ漁師も数えるほど。イルカと人が協力して漁をする伝統が、絶滅の危機に陥っています。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
ゆったりと流れるイラワジ川。川幅は数十メートルにも及ぶ大河に、全長2メートルほどの手こぎカヌーが浮かんでいます。
前方に座ったマウンレイさん(54)は、先をとがらせた15センチほどの木の棒を手に持っていました。
棒で舟のへりをコツコツたたくと、口をすぼめて「クルックルッ」とイルカの鳴きまねをします。
20秒くらいすると、灰色の尾びれが現れ、水面をばしゃんとはじきました。
すぐに直径5メートルほどの大きな網を投げ入れるマウンレイさん。
「イルカが網の近くまで魚を追い込むと、尾びれで知らせてくれます。それを合図に網を投げ入れます。イルカも、網にかからなかった魚の『おこぼれ』をもらえる。どちらにも利益のある漁法なんです」
助けてくれるのは「イラワジイルカ」。日本名は「カワゴンドウ」といいます。
イルカというと、ショーで跳びはねるバンドウイルカなど海にいる印象が強いかもしれませんが、イラワジイルカは口がとがっていません。
国際NGOの野生生物保護協会(WCS)によると、ミャンマー全体では約220頭、そのうちイラワジ川流域には約70頭がいるとされています。
イラワジ川はミャンマーの中央部を南北に貫き、流域面積41万平方キロに達します。漁業や水運が盛んで、下流のイラワジデルタは豊かな稲作地帯。まさにミャンマーの生活を支える大河です。その上流部分で、この漁法は続けられてきたといいます。
「この漁がいつから始まったかはよくわかっていないのです」とマウンレイさん。「少なくとも、ひいじいさんの頃からあった。100年以上は続いている」
私は2日間、杉本康弘カメラマンと一緒に漁に同行しました。
マウンレイさんが住むのは、ミャンマー第2の都市・マンダレー近くの港から船で約3時間のインダウン村。
漁のスポットまで大きな船で移動したのち、小型の舟に乗り換えます。少しでも間近で漁を見るため、マウンレイさんと同じ型の小舟に乗り、付き添って取材を続けました。
1日目は昼過ぎから始め、日が落ちるまで続けました。イルカが顔を見せるような機会は訪れず、2日目は早朝からイルカを追いかけることにしました。
大きな方の船の1階部分の簡易ベッドに寝て夜を過ごし、翌日の午前7時からまた小舟に移って漁の様子を見守ります。
小舟はエンジンつきですが、イルカの群れを察知するとマウンレイさんが手を上げ、手こぎに切り替えます。
息をこらして水面を見ていると、2、3頭がすっと姿を見せました。思わず力が入ります。
つかず離れず、イルカに呼吸を合わせるマウンレイさん。網を投げるのは15~20分に1回くらい。
イルカが正面から顔を見せるような機会にこそ恵まれませんでしたが、やりとりはしっかりとこの目で見ることができました。
はじめは本当に協力しているのか、イルカは体よく使われているだけではないかと半信半疑だったんですが、静かな漁の様子を見て、じわっと感動してしまいました。
訪れた12月は魚がとれない時期。それでもマウンレイさんは毎日舟を出すといいます。
「何度も何度も網を投げることで、イルカとの距離を近づけるんです」
同種のイルカはバングラデシュやカンボジアに数百頭います。でも、人と力を合わせて魚を捕るのはミャンマーだけだそうです。
しかし、マウンレイさんは「このイルカ漁が危機に直面しているんです」と言います。
ミャンマー政府などによると、昔はイラワジ川全域に数百頭のイラワジイルカがいました。
ところが、イルカが減っていると通報を受け、2002年に調査すると、生息域は上流の一部と下流域にせばまり、数も100頭以下になったことが判明。
国際自然保護連合(IUCN)は昨年、今後60年で半減するペースだとして、絶滅危惧種で2番目に深刻な「危機」種に指定しました。
記者が取材していると、川の中央を大きなタンカーが何隻も行き来しました。経済の発展とともに水の汚れが進んでいます。
また、イラワジ川での漁法は大きく変わってきました。
効率を求め、水の中に電気を流して弱った魚をとる漁や、水底に網を固定させる「刺し網漁」が増加。
電気を流すとイルカは寄ってこず、刺し網に引っかかることも。イルカが人によりつかなくなってきたというのです。
政府によると、イルカとの漁で生計を立てるのは、もはやマウンレイさんも含めて4人だけ。
そこで政府や自然保護団体が取り組んでいるのが、この伝統漁法の保護活動です。
2005年にはイラワジ川でイルカが生息する約74キロが「保護地域」に決められ、電気を使った漁や刺し網漁を規制。
地元NGOなどが協力して、周辺のごみ回収やイルカの繁殖場所の整備をしています。一時は50頭前後にまで減ったイルカも、約70頭にまで回復したといいます。
イルカが増えても、漁をできる人がいなければ伝統は廃れてしまいます。
経験豊富な漁師たちが漁法を次の世代に伝えています。マウンレイさんは今、20~30代の若者約20人に連日、どうやったらイルカと息を合わせられるか、教えています。
ただ、漁の方法が変わったのは、そちらの方が稼げるから。そこで政府は、伝統の漁を観光客に見せ、収入を増やそうと考えました。
観光ツアーを招き、漁師たちに料金の一部を還元。さらに観光客が周辺で宿泊や食事、みやげものを買うなどした収入の一部がイルカ保護にあてられる仕組みです。2017年には外国人観光客約700人がこのツアーに参加しました。
一報で、この流れを不安に思う人も。長年ミャンマーの動物たちにカメラを向け、イラワジイルカもずっと追ってきた写真家の大西信吾さん(59)によると、漁ではなくパフォーマンスとしてイルカと協力した伝統漁を見せる漁師が現れているといいます。
大西さんは「観光化があまりにも進むことは、地元にとって良いことばかりではない」と話します。
「何が何でも伝統の漁を守るのではなく、地元の経済や自然保護にとって一番良いバランスの答えを見つけるべきではないか」と大西さん。
マウンレイさんは「イルカを金もうけに使ってほしくはない。でも、孫やその子どもの時代にも、イルカと協力して魚を捕る方法は残っていてほしい」と言います。
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