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あの「シャッター街」まさかのインスタ映え 値札のないマーケット
さびれた商店街が全国各地で問題化しています。大型スーパーに加え、ネットで商品を簡単に買える時代。活性化策もなかなかうまくいかないのが現状です。そんな中、通天閣でおなじみ、大阪・新世界の商店街が、週末、若者を巻き込んだにぎわいを見せています。あえて値札をつけず、「値切る」こと自体を体験する「Wマーケット(Weekend Priceless Market)」。インスタ映えする雰囲気作りも意識する「新しいエンタメ」商店街の試みを体験してきました。
大阪・新世界にある「新世界市場」は、100年以上の歴史を持っています。
2月のとある平日、大阪市営地下鉄堺筋線で、最寄りの恵美須町駅へ。地下道から地上に出た瞬間、目の前に通天閣が飛び込んできます。
串カツ屋やお好み焼き屋に加え、ハローキティをあしらったピンク一色の駐車場や、飲み物1本50〜80円の自販機、ガチャガチャ尽くしのテナントなど、独特の光景があちこちに。平日でも観光客が絶えず、外国人の姿も目立ちます。
そんなにぎやかな繁華街のすぐそばに、新世界市場があります。
年季の入った電光掲示板、「この市場を通っても、行け」の手書き看板。新鮮です。
でも……日中にもかかわらず、人通りはまばら。なんとなく、入りにくい。何より、シャッターの多さに驚きます。
全長約100メートルの通りに、昔は40テナントほどが入っていたそうですが、今、開いているのは10数店です。
さて、この静けさに包まれた雰囲気が日曜日にどう変わるのか。
インスタグラムで下調べしてみると……メッチャきれい! 雰囲気オシャレ! ってか、これあの商店街なんか?
3月4日、Wマーケットの開催日。期待値高めで再び商店街へ。すると、入り口辺りで、違いを実感します。
人がいる。それもかなり。
そして中に入り、頭上に並んだ赤ちょうちんの威力を思い知ります。アジアの屋台街のような雰囲気。カメラカメラ。まんまと撮らされてしまいました。
両脇には、お客さんに合った言葉を即興で筆でしたためる書家や、動物の骨や皮を使ったアクセサリー、カリフォルニアロール専門店、靴磨き……など、約20の個性的なお店が並びます。すべて値札はありません。
間を縫うように、カップルや外国人、家族連れ、お年寄りが行き交います。
お店の人の話を聴いたり、写真を撮ったり、店主が踊りで盛り上げたり。テンションの上がった関西弁もあちこちから聞こえてきます。
完全に「別世界」。「シャッター街で、遊ぼう。」のコンセプトが、光景に現れていました。
商店街のお茶屋「お茶の大北軒」の大北博朗さん(60)は「いつもと客層が全くちゃいます。こうやってにぎわうんはありがたい。私らの商売にも生かさんと」。せっせと道行く人にお茶をすすめていました。
「これいくらですか?」
店の前で足を止め、挨拶代わりの一言。そして、値段交渉が始まります。
手作りの革製品を扱う「Brooklyn LC」では、長財布をめぐり、店主の山上博さん(37)と中国人女性3人が一進一退の攻防を繰り広げていました。
女性「ハウマッチ?」
山上さん「いくらなら買いますか?」
女性「チーパー、プリーズ(安くして下さい)(笑)」
山上さん「(電卓を示し)16000円!」
女性「(電卓を取って)12000円!」
山上さん「オーマイガー……。15000円!」
女性「14000円!」
山上さん「3人とも買ってくれるなら、13000円でいいです!」
女性「(3人で相談し)オッケー」
結構、値切られたように見えましたが。山上さんに聞くと、「何とか大丈夫です」とホッとした様子。
本業は音楽プロデューサー。革製品作りの趣味が高じ、2年前からネット通販で販売するまでに。Wマーケットは初出店とのこと。
印象を聞くと、「この空間は魅力的です。飲み屋に行くおっちゃんも普通に通りますし、新鮮です。『ハンドメイド製品好き』以外の人もいて、他のイベントと客層が違います。土地柄なのか、バンバン値切ってきますね(笑)」
Wマーケットを運営するのは、大阪のイベント会社「トリックデザイン」です。モットーは「体験至上主義」。20〜30代をターゲットに、大運動会やキャンピングカーの旅など、体験を盛り込んだイベントを企画しています。
そして今回、担当の森田純多さん(30)たちが目指したのは、「若者」「体験」「商店街の活性化」をつなげることでした。
森田さんにとって、商店街は「店同士の密なつながりや人情味、ノスタルジックな雰囲気が魅力的で、居心地の良い場所」であり、「歴史感」の残る貴重な財産だといいます。
「ハード面の課題はありますが、どれだけお金をかけてもこの空間は作れません。残していくために、若者を呼び込んで盛り上げられないか、と考えました」。そこで目をつけたのが、「値札のないマーケット」でした。
マーケットを通じて、「ネットでは感じられないモノの価値を感じてほしい」。森田さんの答えは明確です。
「ワンクリックでモノを買うのが当たり前の時代。人の顔を見ず、いかに楽に早く買うか、という流れが加速している。それ自体は否定しません。でも、すべてのモノには、作り手の想いや技術といったストーリーがあるハズ。お店の人と話してそれらを知ることで、満足度も高くなり、愛着も生まれると思うんです」
着想の原点は10年ほど前、バックパッカーとして旅した東南アジアの市場での光景。値札なんてなく、店員と客が相場観や人間関係を土台に、値段のやりとりをしていました。
一方で、外国人の自分には高めの金額をぶつけてくる。それをいなし、いかに望む額で落とすか。そのやりとりが「ゲームみたいで楽しかった」。買った商品を見ると当時の光景を思い出し、愛着も深まったといいます。
「いつか、日本でも出来たら」。そんな妄想が企画になり、2回のテスト開催を経て、3月から、日曜日の定期開催が始まりました。
WマーケットのPRの柱は、SNSです。
いかに、ターゲットとする若者に興味を持ってもらうか。カギは、「値札がない」というキーワードと、「見せ方」。
商店街の景色を損なわず、「写真映えする」空間を演出するため、倣ったのは「台湾の夜市」。のれんと赤ちょうちんでシンプルに彩り、懐かしさと柔らかさを醸し出すことにしました。
会場探しを始めた当初は、「値札がない」という仕組みがなかなか理解されず、前向きな反応は得られませんでした。そんな中、「とりあえず、1回やってみたら」と快諾してくれたのが、新世界市場だったのです。
当時、市場の組合理事長だった大北さんは、「最初は、イベント会社って聞いて『うさんくさいな』と。自分とこで話止めとこと思ったよ(笑)」。
森田さんの熱意とともに、背中を押したのは、「今の状態やとどうにもならん」という危機感でした。
「5年ぐらい前には、収入ゼロの日もあった。電気代もったいなくて、(150年続く)店やめることも考えた」
Wマーケットの計画は、渡りに舟。「起爆剤になり得るし、日曜だけやったら託してもええか、と。あとは、我々がどう自分たちの商売に生かすかです」
新世界市場は、1914(大正3)年に魚菜市場として始まったとされます。その2年前には、初代通天閣が完成。ルナパークと呼ばれた遊園地も同じ時にでき、一帯は新世界と呼ばれるようになりました。
市場誕生時から続く、菓子屋「中山菓舗(かほ)」の中山六雄さん(95)は、この地で生まれ育ちました。子ども時代、周囲は映画館や演芸場が軒を連ね、芸者さんが行き交う一大歓楽街だったそうで、「遊ぶところがあふれていて、若い人の天国でしたな」。
戦争で焼け野原となった後、地元の人たちが戻り、お金を出し合いバラック小屋から商売を再開したといいます。そして、組合を作り、アーケードを作り、復興と共に、地元の台所として無くてはならない存在になっていきました。
50年ほど前は、なにわの台所として有名な「黒門市場を上回る」ほどにぎわい、押し合いへし合いの状態。年末には、夜12時まで営業するのが当たり前だったそうです。
潮目が変わったのは、20年ほど前。店主の高齢化に加え、近くにスーパーが相次いで出来たことで、鮮魚店や八百屋が相次いで閉店。右肩下がりの状況で、我が子に後を継がせる訳にもいかず……と悪循環に陥っていきました。
中山さんから店継いだ息子の和彦さん(61)は「昔の市場には戻れない。空き店舗を減らすためにも、新しい形を考えないと」と言います。
新世界のような観光地といえども、一度「人が来ない場」になってしまうと、打開するのは簡単ではありません。
だからこそ、森田さんは、定期的な活気の波を起こすため、毎週の開催が重要だと考えます。
まずは、人の流れを作る。すると、既存店にも商売チャンスが生まれ、新規出店など、空き店舗活用の芽が出るかもしれないからです。
そのために、最初の半年でいかに認知を広めるかが重要であり、難しいといいます。
Wマーケットでは、「人気店」に開業してもらうことも狙います。後押し策の一つが、来場者に配られる「リアルクラウドファンディングカード」です。
来場者は、応援したい店にカードを渡します。1年間で最もカードが集まった店に、開業資金として500万円が援助されます。
さらに会場では、「投げ銭」と銘打って、「楽しかった」「商店街活性化を応援したい」という人からの寄付も募っています。
「ひとまず、2年間でどう変わるかを確かめたい。助成金に頼らず、自走しながら継続運営出来る仕組みを考えていきたい」
歴史が刻まれた懐かしさと、フォトジェニックさが組み合わさった独自の空間。そこで人と話し、つながる面白さに、森田さんは「新しいエンタメ」としての可能性を感じているといいます。
「休日に、いつもと違うところに行って、人と話してみたい。そういうニーズは多いと思うんです。それも、たまにだからちょうどいい。Wマーケットもそう。休日にフラッときて、面白いモノを探す。会話や空間を楽しむ。それが、週末の一部になっていけばいいですね」
寂れた商店街。シャッター街。その衰退ぶりは、特に地方では今に始まったことではありません。
富山で勤務していた時のこと。平日のアーケードは人がまばらでした。休日には、一部のお店やイベント広場に人は来ますが、あくまで局所的。商店街全体の活性化につながっているようには思えませんでした。
Wマーケットでは、ネットでは味わえない「買い物体験」を大事にしています。だからこそ、インスタ映えする赤ちょうちんのアイデアも生まれました。
「値切る」「値切られる」ことで生まれる思い出は、最安値が並ぶネットショッピングでは作れません。
自治体などからの「助成金」は、時に、新しい発想を縛ってしまうこともあります。だからこそ、森田さんは「自走できる仕組み」にこだわります。
そして、ゆくゆくはWマーケットをブランドとして確立し、運営ノウハウを全国の商店街に提供することを見据えています。
Wマーケットの取り組みは、大阪のような都会だけでなく、むしろ、地方の商店街にとって貴重な教科書になりそうです。
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