靴修理屋さんって何してるの? 密着してみたらマッキーに泣かされた
靴修理のお店「ミスターミニット」を使ったことがありますか? 駅構内や百貨店に入っている、青い看板のお店です。店長に1日密着してみたら、なぜかマッキーに泣かされる展開に……。
靴修理のお店「ミスターミニット」を使ったことがありますか? 駅構内や百貨店などでよく見かける、青い看板のお店です。どんな人が働いているの? どんなお客さんがやって来るの? 素朴な疑問に、ダメ元で丸1日の密着取材を申し込んだところ、すんなりOKが出ました。店長への取材の中で見えてきたのは、便利なサービスを支える「職人」の姿。その世界観は、1日の終わりに店長が突然発したマッキーの「あの歌」。「店のテーマソングにしたい」というほど、靴修理にかける想いが詰まっていました。
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私が今何をしているかと言うと、靴修理でおなじみ、「ミスターミニット」の東急百貨店東横店ショップマネージャー(店長)・永嶋雄一郎さん(38)に密着しています。
間違えました。密着取材をしています。
「どうして靴修理のお店に?」と思われるかもしれません。ミスターミニットは百貨店内や駅ナカを中心に、全国に約320店舗ある業界大手。この記事を読んでいる人の中にはミスターミニットに助けられた、という人もいるのではないでしょうか?
かく言う私もそのひとりです。忘れもしないおととしの誕生日、デート中に溝にハマり、ヒールの底のゴムがすっぱ抜けるという事件がありました。
恐らくヒールを履く女性には共感してもらえると思うのですが、底のゴムがなくなるだけで、バランスが悪くなって歩きにくくて疲れるし、カツカツという音が気になって会話にも集中できない……そう、底のゴムがなくなったヒールは、翼の折れたエンジェルと同じ。
ここのゴムがなくなると信じられないくらい歩きづらい(画像はPIXTA) 出典:https://pixta.jp/
完全にハッピーバースデーな私から出た力ない「クツゾコトレタデー」。そのときにふと思い出したのが、ミスターミニットでした。以前、「買ったときにはぴったりだったパンプス突然大緩み事件」のときにお世話になったあのお店が近くにあれば…!と検索したところ、ありました、徒歩4分のところに。
百貨店に入っていたそのお店では、ほんの5~10分できれいにかかとを直してくれました。おかげでパートナーも私のご機嫌をなだめすかす必要もなく、無事にデートを楽しむことができました。ありがとうミスターミニット。
こんなにお世話になったのに、便利すぎてコンビニ感覚というか、イマイチどういう人が何をしているのかわからない……ということで、ミスターミニットを運営する、ミニット・アジア・パシフィック株式会社に取材を申し込みました。
どうせやるならハチャメチャに密着したかったので、家とかついて行けちゃったりしませんかねーという感じだったのですが。
正直ダメ元で担当者の方にお願いしたのですが、「いいですよ!なんか面白そうじゃないっすか!」と。なんてめちゃくちゃにノリがいい会社なんだ……。朝から和光市のご自宅にお邪魔しました。永嶋さん、そしてご家族のみなさん、ありがとうございます。
ちなみになぜお宅訪問をしたかったというと、靴修理をする人って、自分の靴もすごく綺麗に手入れしてそうじゃないですか。出会って5分で鼻息荒めに「革靴見せてもらえませんか!?」という私に、永嶋さんは少々戸惑いながらもご自身の靴を見せてくれました。
確かにツヤがあるし、形も整えられていて、デザインも凝っています。12~13足持っているというのも驚きでした。でも一番驚いたのは、永嶋さんが発した一言。
「どうせならスニーカー撮ってもらえません?」
もともとスニーカー好きだったという永嶋さん。スニーカーも革靴と同じくらい持っているそうです。「これはナイキのエアハラチというシリーズで、1990年代にめちゃめちゃ流行ったやつで……」とスニーカートークが止まりません。ええい、そっちかよ!
AM10:00 出社
そうこうしているうちに、出社する時間に。今日の永嶋さんのシフトは遅番で11時からの勤務です。シフトによっては朝、お子さんと公園で遊んだり、保育園に送り出したりできます。ご家族に見送られながら渋谷にある店舗に向かいます。
あろうことか取材したのは関東地方が大雪に覆われた1月23日。
でも永嶋さんが気になるのはダイヤの乱れより、「今日、お店大丈夫かな……」。
ミスターミニットでは、靴だけではなく、カバンやスマホの画面修理、時計の電池交換や、合鍵作製などさまざまなサービスを取り扱っています。でも、永嶋さんが勤める東急百貨店東横店のお客さんは、靴の修理、特にヒールのかかと直しが中心です。
「さすがに今日はヒール履く人もいなさそうですもんね」と不安げな表情をしていた永嶋さんですが、通勤する電車の中でヒールを履いた女性を発見して安堵したのか、ふと一言、「逆にヒールの方が雪に刺さって転ばないかも」。ちょっと待ってください、そんな漫画みたいなことあります?
ちなみに数時間後、ヒールで来店したお客さんが「ヒールの方がささって大丈夫かな、逆に」と言っていて、永嶋さんのフラグは見事回収されました。本当に危ないんで、みなさん、足元には十分に気をつけてくださいね。
永嶋さんは、入社13年目。大学卒業後はマネキンなどを取り扱う総合ディスプレイ企業の営業職として働いたのち、今の会社に転職しました。ものづくりが好きで、手仕事をする職人にも興味があったといいます。31歳のときには、新宿高島屋に入る店舗の店長になりました。31歳で店長って結構早くないですか?
「入社した当時は、20代の店長って結構いたので、ずっと自分は『コースから外れたな』って思ってたんです」
そうなんだ……聞くところによると、今部長職をしている人は入社2年で店長を務めていたそうです。出世早すぎませんか。
永嶋さんが東急百貨店東横店に異動したのは、昨年4月のことでした。銀座線渋谷駅の改札を出てすぐの立地なので、数分に1度、堰を切ったように人の波がやってきます。全国あまたある店舗の中でも、上位の売上を誇る渋谷地区の旗艦店です。
ここで働いているのは、全部で6人。常に4人の従業員が接客、修理しています。この人数が働くのは大きな店舗だからこそ、通常は1~2人体制だそうです。
店内に入ると、制服に着替えた永嶋さんがいました。まず感じるのはあまり嗅ぎ慣れない不思議な匂い…。靴底などに使うゴムを貼るための接着剤の匂いです。既に出勤している従業員の方が作業をしていました。
店長である永嶋さんは、店頭でお客さんの対応を行っています。その方が店全体の作業を把握でき、指示も出しやすいそうです。
そうこうしているうちに、到着後最初のお客さんがきました。雪にもかかわらずハイヒールを履いている会社員の女性、例のかかとのゴムがすり減っていました。この日は用事があって渋谷に来ていたそうです。
修理を待っている間は、お店のスリッパに履き替え、カウンター前のイスで待ちます。
「明日からも寒いって聞いたので、パンツに合うこの靴を直したかった」と話す女性。調べると近くにこの店があることを知って、「ラッキーって感じ」と嬉しそう。わかるわかる、その気持ち。
話を聞いているものの5分ほどで修理が完了し、「もうできたの?早いね!」と颯爽と渋谷の喧噪に戻っていきました。
そうそう、ちょうど家にかかとがすり減ったヒールがあったんでした。せっかくなので、直しているところを見せてもらえないでしょうか。
かかとのゴムがすり減るどころか、ヒールの布もはがれかかっています。こんなとこ、どうして傷つくのかしら?
すると永嶋さん、「野口さん、溝とかハマってます?」。
ハマるハマる!めっちゃハマります!ちょっとした土にもさっくり埋まります! この傷はあのときのやつか!
永嶋さんによると、つま先の前底もすり減っていて、指の付け根の方にも負荷がかかりそうとのこと。せっかくなので、前底の補強もお願いしました。
まずは「フィニッシャー」という機械についているやすりで前底を粗く削ります。この方が下地剤がつきやすくなるんですって。
下地剤をつけて、またやすりをかけます。かかとのゴムはペンチで外します。
ちなみに、かかとのゴムの部品って、画鋲みたいに突起がついてるって知ってましたか?
かかと部分にも穴が空いていて、そこに画鋲でいう突起部分を埋め込みます。全然関係ないですけど、私の地元では画鋲のこと「ガバリ」って呼びます。呼び方は地方さまざまでも、学校の廊下に貼ってあるポスターのモデルの鼻の穴に刺すという使い方は全国共通では。全然関係ないけど。
次は前底にノリを塗ります。塗ってからちょっと乾かして、半乾きの状態で補強用のゴムをつけます。これは靴修理で使うノリの特徴です。
瞬間接着剤みたいにカチコチにくっつけるものではないので、歩くときの衝撃に耐えられるそう。どうりで自分で直そうと思うと長持ちしないワケだ。
あとはかかとのゴムをヒールの形に合わせて削ります。
この機械、永嶋さんが突然「ヒールをカットするので『ヒールカッター』って言います」とドヤ顔をするので、ケタケタ笑っていたら、「ヒールカッターで女子が笑ったぞ~!」と同僚のみなさんに報告していました。すみません、私の脳内では「ひぐちカッター(髭男爵)」で再生されてました。
髭男爵・ひぐち君のネタ「ひぐちカッター」 出典: サンミュージック提供
削ったヒールのゴム部分にワックスを塗って、終了。ヒールのはがれかかった布もノリをつけてもらい、目立ちにくくなっています。
ゴムもプレミアム素材にしてもらったので、履いてみると、クッション性があって歩きやすい。ヒールでお出かけするのが楽しくなるかも。
PM 2:10 お昼休み
休憩の時間です。店舗では従業員が交代で、お昼1時間、夕方30分の休憩をとります。ここは密着取材、お昼ごはんにも同行しました。
この先、どんな風になりたいですか?という質問に、永嶋さんは「エリアマネージャーに近い立場で、現場をまわりながら良くしていきたいですね」。
そんな気持ちになったのは、ある転機がありました。2014年、当時29歳の若さで迫俊亮さんが社長に就任したことから始まりました。
「それまではうちの会社ってファンドの持ち物で、外部から社長がやってきて、数年育てたら売られるっていう流れがそれまで続いていて。
短期的な売上を伸ばす施策が下りてくるばかりで、自分たちが考える権利がなかったんですよね」
迫社長の方針は現場第一。エリアマネージャーにも大きな裁量権を与えるなど、現場の要望を聞き、大切にしてくれたといいます。
「自分たちが思うようにやっていいんだって感じることができたんですよね」
ちょっと真面目な話もしつつ、ざっくばらんに話を聞いていると、永嶋さんいわく「イタリアの靴は雑、アメリカのはおおざっぱ。イギリスの靴はちゃんとしていて、日本のものはいい意味でも悪い意味でも真面目」だそう。
ちなみにその30分後、後輩から「よくできてるな~って思うブランドってあります?」と聞かれた永嶋さんは食い気味に「フェラガモ!」と答えていました。イタリアだよ!フリかよ!
断続的に来るお客さんはやってきますが、やはり雪のため、売上は普段の半分ほどだと永嶋さんはいいます。
すると、底がはがれかかっている靴を履いたお客さんがやってきました。雪道を歩いてきたため、靴底の素材に水がしみていました。
「この素材だと、濡れていると接着してもはがれちゃう可能性が高いです。今日はやめておいた方がいいと思います」
「そっか~、じゃあまた来ますね」というお客さんに、「その際はぜひどうぞ」と笑顔の永嶋さん。
え? せっかくのお客さんを帰しちゃうの? 今日売上悪いんだよ?
お客さんが帰った後に、永嶋さんをつかまえて話を聞くと、「『それでもやってくれ』っていう場合はやりますが、お客さんのためにならないかもしれないんで…」。
「売上をすごく上げたいっていう気持ちは実はそんなにないんです。理想をいうと、いいサービスをしてお客様が喜んでくれれば、自然とお客様は増えてくるのかなって、それで売上が上がればいいですね」
なんという奥ゆかしさ。確かに、ここで働いている人はみんな「職人」。自分たちの技術をお客さんのために使うことに誇りを持っています。そのため、お客さんが困る可能性があると感じるケースは、じっくり説明します。
職人らしさが際立ったのは、「仕事が楽しいと感じるときは」という質問の答え。今まで修理したことのないような製品や状態の靴を持ち込まれたとき、「どうやって直そうか!」と考えるのが楽しいそうです。
「この仕事を始めて13年ですけど、未だにそういう場面があります。その度に勉強して、刺激が続く、靴修理って本当に面白いです」
銀座線の改札からほど近い東急百貨店東横店は、帰宅ラッシュの午後6~7時に最もお客さんがやってきます。お客さんが次から次へやってきて、店の前のイスに腰掛け修理を待っています。
会社帰りに立ち寄ったという会社員の女性(51)の靴は、10年以上履いてきたものです。気に入っているので、「新しい靴を見つけるよりは」とこれまでも2回ほど修理しながら履いているそうです。
広告会社で働いているというこの女性は、ミスターミニットのコスパの良さを語ります。
「直すって言っても、広告業界だとデザインをちょっと直すだけで、デザイナーのお金がかかる。靴修理は特別な技術がいるものなのに、千円ちょっとって、かなり安いんじゃないかな」
密着を始めて早11時間超…さすが永嶋さんにも疲れが見えてきました。この仕事のやりがいを聞いているときに、突然の一言。
「野口さん、マッキーってわかります? 槇原敬之」
ああ、知ってます。「♪もう恋なんてしないなんて~」ですよね。
「じゃあこれちょっとその辺で聴いてきてください」と、スマホ子守のごとく渡された永嶋さんの端末。戸惑う私に「とにかく、聴いてみてください」。
その歌とは「僕が一番欲しかったもの」。
大人の事情で歌詞を掲載できないのですが、要約するとこんな感じ。
自分が「素敵なもの」と思ったものを拾うと、それを他の誰かが必要としていた。ちょっと惜しいけど、それをあげるとすごく喜んでくれた。そんなことを繰り返していたら、「素敵なもの」は自分の手にはない。でも振り返ると自分のあげたもので幸せそうに笑う人たちがいた--。それが自分にとって「素敵なもの」だったと気付いた……。
めっちゃいい歌やん。なにこれ。
聞き終えて永嶋さんのところに戻ると、「そういうことです、僕の仕事って」。
「すごく自分にとって満足のいく仕事ができても、それはお客様のもの。すぐに自分の手を離れていきます。
でも『ありがとう』っていう言葉や、喜んでくれる姿に、たくさん触れられる職場なんです。
こういう『誰かの役に立ってる』ってことが、やりがいなんです」
マジで泣ける。なにこれ。
「いや、マジで店のテーマソングにしたいと思ってます」と永嶋さん。
閉店直前の店内でこんな気持ちにさせられるとは……。なんか今日、この曲を聴くためにここに来たような気がしてきました。
閉店の時間になりました。エリアマネージャーに報告する売上の入力や、レジの計算も終わり、備品などを片付けます。
この日最後の計算でも、売上は目標に到達せず。「普段だったらもっと忙しいところを見せられたんですけどね」、でも永嶋さんの表情は曇っていません。
「このお店も靴修理だけじゃなくって、今は靴みがきやスマホの画面修理もやってます。できることが増えるっていうことは、それだけお客様が喜んでくれることが増えるんです」
店長~~~~~!!!
どうやら永嶋さんの「泣かせスイッチ」が入ってしまったようです。でも、1日店舗に密着していて、「すぐ直せる」ってわかったときのお客さんの安堵の表情は、見ていて私も嬉しくなるほどでした。こういう笑顔や、感謝の気持ちを通して社会とつながれるって、とっても素敵なことだと思います。
13時間にわたる密着取材が終了しました。
お店を訪れる人にとって、「今日がしのげればいいや」、それくらいの気持ちもあるかもしれません。でも、お店の人たちは、ずっと履き続けられるように、願いを込めて仕事をしています。私も正直、「靴修理の人って何やってるの?」くらいの気持ちだったのですが、そこには街ゆく人たちのささやかな幸せを想う、職人のまなざしがありました。
改めて誕生日に修理してもらったあの靴を履くと、ちょっとくたびれ始めたけど、足になじむ--もっと自分の靴、大事にしなきゃって思いました。
長時間にわたる取材にもかかわらず、ずっと気さくに接してくださった東急百貨店東横店のみなさま、そしてミニット・アジア・パシフィックさま、ありがとうございました。