お金と仕事
ブラック企業の犯人は「終身雇用」だった? 働き方の「平成30年史」
この30年で日本の雇用は大きく変わりました。非正社員が4割弱に増え、長時間労働が問題になり、各企業で働き方改革が進んでいます。リクルートグループで20年間以上雇用の現場を見てきた、雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんは、背景に働く方も働かせる方も「便利な仕組み」と機能してきた雇用制度があると指摘します。ブラック企業はなぜ生まれてしまったのか? 雇用の「平成30年史」を振り返ります。
――日本ではなぜ長時間労働が問題になるのでしょうか。
「雇用の仕組みに理由があると考えています。欧米では会社にポストがあり、そのポストに人を当てはめるという考え方が一般的です。一方で日本は、ポストではなくて会社に入るという契約です。これは労使にとって便利な仕組みなんです」
――会社にとっての利点は?
「社員を自由に異動させられる点です。例えば、新規事業を始めるときに人を集めやすくなる。もう一点はポストが空いたときの対応です。欧米はポストで雇用するので、ポストが空いたら基本的には同業同職の競合他社という狭い範囲から適当な人を探さないといけない。俗にいう引き抜きですね。引き抜かれた方は人材不足になるから、引き抜き返しがおこります。日本は、同じ会社で下から引き上げれば良いと考えますよね。役員が抜けたら事業部長から上げる。結果、事業部長が今度は空席になるが、そこには部長が、部長の空席には課長が、課長の席には係長が……といった具合です。もちろん、下以外にも左右の同僚で埋めることも可能です」
――でもそれがなぜ長時間労働につながるのですか?
「内部昇進すると仕事内容が変わりますよね。慣れたころに次の仕事に変わる。これが続くことが長時間労働の一因だと思います。左右から異動させた場合でも、地域や顧客、メンバーが新しくなるためにやはり、労働時間は増えるでしょう。逆に欧米のポスト採用の社員は本人の同意がない限り、仕事の内容が変わらないので、年を重ねるほど習熟していき、むしろ働く時間が短くなる」
「日本は立場が上がって、大企業の正社員であれば年収700、800万近くまで給料が上がる。その結果、男性は長時間労働をいとわずに滅私奉公で働き、女性は家事育児、という家庭内分業が進んでいった。これが長い間続いてきた日本型雇用の特徴でした」
――総合職に占める女性の割合は2割弱です。課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は約1割ですが、少しずつ増えています。
「元々女性の仕事と言えばもっぱら一般職で、高卒者の進学先と言えば、短大でした。それが1996年に女子の進学率で四大が短大を逆転した。バブル崩壊とその後には均等法訴訟などがあり、企業は一般職の新卒採用を減らしました。そのため、短大を出ても就職先がなくなり、四大の進学率が上がったんです。そうした人たちが卒業する2000年以降、徐々に女性の総合職が増え始めました。彼女らが10年以降に結婚・出産適齢期となり、共働き世帯が増えたことによって、男性が残業をして働き、その代わりに全員が昇進していくという日本型雇用の維持が難しくなってきました」
「2010年代に起きたもう一つの変化は、定年延長の問題です。それまでは60歳で引退できたが、定年延長で65歳まで働くと、管理職を降りた後に10年ほどはヒラ社員として働かないといけない。5年ぐらいだったらお茶でも飲んでれば、となるかもしれないが、10年となると何をするのかと。男性が階段をのぼり切るから、女性が家事育児をするということで日本型雇用は成り立ってきたが、女性の総合職が増え、定年延長があり、それまで回ってきたものが内部から崩れてきた。働き方改革が昨今騒がれるのは、こういう背景があるからなんです」
――この30年で非正社員の割合が約2割から4割弱に増えた。なぜ増えたのでしょうか。
「ホワイトカラーと非ホワイトカラーで少し違います。ホワイトカラーは、バブル崩壊前までは、部下なし課長などを大盤振る舞いし、みんな課長にしても良いよ、という具合だった。ところが、バブル崩壊で全員を同じように昇格させるのは無理だね、と。97年の金融ショックでさらに苦しくなった。そんな風に、昇進をさせず待遇を落とすことでしのいだ。一方、非ホワイトカラーは、バッサリ非正規に変えた。販売やサービス、飲食などは過半数が非正規という会社がほとんどです。また、製造も非正規化が進んでいる。ホワイトカラーでも事務職が非正規化した。こうした周辺部がことごとく非正規化したのです」
「その後ITバブル崩壊やリーマン・ショックがあり、非正社員がクビを切られるようになった。雇用不安の中、給与は上がらず、格差が広がっていった。2000年代に出てきた雇用問題の多くは、ほぼ非正社員=非ホワイトカラー(事務職含む)の話でした」
――その後2010年代にはブラック企業が問題になりました。
「2010年代は様相を異にします。正社員が多数残ったホワイトカラー領域で労働問題が大きくなってきた。ブラック企業はその典型ですね。これは、日本型雇用の派生形です。なぜ日本人はこんなに滅私奉公で働くのか。それはクビが切られないし、誰でも課長並みの結構良い給与がもらえたからです。この常識を逆手に取ったのがブラック企業です。『滅私奉公は当たり前』という常識につけ込み、働かせるだけ働かせた上で使い捨て。非ホワイトカラーの就職が閉ざされたことで、高卒・短大卒の就職組が減り、その結果、大学進学率が上がって大卒時に就職氷河期を招いた。ブラック企業は、そこを狙っていました」
――働き方改革が進み、ワーク・ライフ・バランスが社会に浸透してきていますが、今後、どのような問題が出てくると考えられますか。
「みんなで補い合いながら、一緒に階段をのぼろうという今の方向性は間違っていないと思います。大企業ならヒラ社員でも年収900万円近くまで上がるという形で、待遇は若干下がったが、誰でものぼれる階段は、今も残っています。ただ、その階段に女性や高齢者が加わった。そうした中で、家事・育児・介護は誰がやるのか、本当にキャリアの形は一つだけで誰もが唯々諾々と階段をのぼるべきなのか、ということを考えねばならないのが、今後の課題でしょう」
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えびはら・つぐお 雇用ジャーナリスト。著書に『お祈りメール来た、日本死ね 「日本型新卒一括採用」を考える』(文春新書)、『雇用の常識 決着版―「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)など多数。
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