お金と仕事
ビジネス書、なぜ売れない?「さおだけ屋」著者と振り返る平成30年史
本離れが進む中、ビジネス書は、ベストセラーの常連になっています。書店の売り場にはサラリーマンの姿が少なくありませんが、実は、ピークは2000年代。その後は減少傾向が続いています。160万部超のヒットとなった「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の著者で、昨夏に「平成のビジネス書」を出版した公認会計士の山田真哉さんと、ビジネス書からみた「平成30年史」を振り返ります。
――ビジネス書とは、どんなものですか。
ビジネス書は経営と仕事術がコアなテーマです。以前は経営者視点の本が多かったのですが、部長、課長、チームリーダーまで幅広くなっている。テーマも仕事のスキルや知識だけでなく、モチベーションや目標設定、空き時間の使い方から食事法まで、今では何でもありという状態ですね。
――なぜ、対象が広がってきたのでしょうか。
昔は社内でどう出世していくかが会社員にとって大切でしたが、バブル後は転職が珍しくなくなり、社内ルールだけでは出世できない時代になった。本というツールで社外の情報を仕入れるようになっていきました。
――ビジネス書は2000年代によく売れ、09年がピークです。なぜ00年代に売れたのでしょうか。
1997年の金融危機で人々のマインドが変わったのだと思います。まさかあの山一(山一証券)や拓銀(北海道拓殖銀行)がつぶれるとは、と。なぜこんなことが起きたのか。「失われた20年」の答えをビジネス書に求めたのだと思います。
典型的な本が、予備校講師の細野真宏さんの「経済のニュースが面白いほどわかる本」(99年)と竹中平蔵さんと佐藤雅彦さんの対談集「経済ってそういうことだったのか会議」(00年)ですね。マクロ経済をわかりやすく解説しています。
ミクロ経済では、「チーズはどこへ消えた?」(00年)と「金持ち父さん 貧乏父さん」(00年)です。社会の変化への対応や資産を持つことの大切さについて書かれています。これらの本が売れたことが、社会心理を表しています。
――ただ、出版市場は90年代半ばから右肩下がりでした。なぜビジネス書だけが売れたのでしょうか。
出版不況の中、出版社がビジネス書に活路を見いだしました。ビジネス書は参入障壁が低い。文庫は棚を押さえるのが難しく、小説は作家を囲い込むのが大変です。文芸や専門書といったジャンルに比べると、書店への流通も比較的取りやすい。
同時代にパソコンが普及して、ブログやミクシィなどがはやりました。出版社にとっては、内容や人気が事前にある程度わかり、執筆者に連絡が取りやすくなった。書籍の製作プロセスが簡略化したこともブームを後押ししました。
――00年に入ってからはどんなビジネス書が売れましたか。
00年前後のITバブルをへて、03年から徐々に株が上がっていきました。「金持ち父さん」の影響が強く、その手の本が多く出ました。マネー本ですね。
――なぜ、マネー本がはやったのでしょうか。
自己投資がはやっていて、外資系企業も増えていた時期です。ホリエモンさんや孫正義さんというスターがビジネス界で現れた時代でした。それまでのビジネス書は会社のためというものが多かった。会社のためにビジネス英語を勉強しよう、とか。それが00年を契機に「自分」が強くなった。
――具体的には?
個人をベースにした橘玲さんの「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」(02年)や、メンター(助言者)が登場する本田健さんの「ユダヤ人大富豪の教え」(03年)です。会社志向から個人志向にシフトし、自己啓発本がはやった。「鏡の法則」(06年)や「夢をかなえるゾウ」(07年)がそうですね。勝間和代さんの本がはやったのもこの頃です。
――08年のリーマン・ショック後はどのように変わりましたか。
米大手証券会社が倒産したことで、底堅いものを求め、古典への回帰が起きました。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(09年)がその走りですね。東日本大震災でその流れがさらに強まります。ノート本ブームも起きました。ノートの書き方で仕事がはかどる、人生が設計できるといったものです。00年代半ばにはハック本がはやりましたが、やはり手書きだよね、と。
――10年代に入り、それまでの勢いが弱まってきます。なぜ売れなくなったのでしょうか。
ネットの普及が大きいです。知識やスキルといった実用書は、ネットで検索すればある程度わかりますよね。軽い話題は東洋経済新報社やダイヤモンド社などの雑誌社のオンライン記事、専門的な内容は企業のオウンドメディアがある。人口減少も理由の一つです。若年労働人口が減ると、売れ行きに影響してきます。
――そんな中、どんな本が売れていますか。
(アドラーの心理学を解説した)「嫌われる勇気」(13年)などの心理系です。あとはネットに不向きな分厚い本ですね、ピケティさんとか。それと人間関係。オンライン記事だと、どこか薄っぺらく感じてしまう。人間関係については、本でじっくり読もうということがあるのだと思います。
――今後、ビジネス書はどう変化していきますか。
ビジネス「書」としての文化は残す必要はないと考えています。ビジネスの大原則は、不便なものは淘汰されるということ。ビジネス書でもそれは例外ではありません。明治時代のベストセラー作家である福沢諭吉の「学問のすゝめ」もいまならネットで良いし、ユーチューブでも良い。
福沢諭吉がいまの時代にいたとしたら、カリスマブロガーだっただろうし、ユーチューバーかもしれないし、きっとTEDでプレゼンしていますよね。昔は先輩や本から学んでいたようなことが、VRやAIを通じて教わるような時代に入っている。もはや『書』としての形態にこだわる必要はないと考えています。
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やまだ・しんや 公認会計士、税理士、芸能文化会計財団理事長。小説「女子大生会計士の事件簿」(角川文庫ほか)はシリーズ100万部、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」(光文社)は160万部を突破するベストセラー。
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