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シャンシャン人気の影で…存在薄い父ちゃんパンダ 実は隣で展示
上野動物園の赤ちゃんパンダ、シャンシャンが、その愛くるしい姿で日本中をいやしています。母親のシンシンとともに一般公開がされましたが、観覧の抽選は10倍を超えています。映像で流れる母子の仲むつまじい姿を見ながら、ふと思ったのは父親のことです。ニュースでほとんど取り上げられない「父ちゃん」パンダ。気になって調べてみると、同じ「父ちゃん」としてはほろ苦い「現実」がありました。(朝日新聞スポーツ部記者・藤田淳)
まずは周囲の同僚に「父ちゃん」パンダをどれくらい知っているか尋ねてみました。
「うーん、名前なんだっけ?」「中国に帰ったんじゃないの」「そう言えば、気にしたことなかった」。
案の定、知らない人ばかりです(パンダファンの方すみません)。
そんなやりとりをしていると、ある一人が「父親は、抽選なしでいつでも見られるみたいよ」と言ったのです。これには一同、「えっ!」と驚きました。
母子見たさにあんなに応募が殺到している一方で、「父ちゃん」はいつでも、誰でも見られるなんて……。何となく置いてけぼりをくらったような、一抹の寂しさが漂ったのでした。
父の名は「リーリー」でした。漢字の力(ちから)を2つ重ねます。
リーリーについての記述は、上野動物園のHPのシンシンとシャンシャンの観覧申し込みの説明の一番下の方にありました。ページのスクロールを10回くらいしないとたどり着けません。
そして確かにそこには「リーリーはシャンシャン公開後も、基本的には終日どなたでもご覧いただけます」とありました。
去年の5月25日に妊娠の兆候が見られたシンシンの公開が中止されて以降、リーリーはパンダに会いに動物園を訪れた人たちを、単身楽しませてきました。
そして、6月12日にシャンシャンが誕生。世間の関心は、一気に母子パンダに移っていきました。
ずっと頑張ってきた「父ちゃん」。
それなのにどうして誕生からこれまで、父子が一緒にいる写真や親子3頭のシーンはないのでしょうか?
社内のパンダ担当、西村奈緒美記者に聞いてみることにしました。すると、開口一番、「パンダのオスは自分の子どもにはずっと会わないままなんですよ」という衝撃の一言が。
どういうことなのか? さらに説明は続きます。
「パンダは基本的に単独で行動します。オスとメスが一緒になるのも、交尾の時だけです。だから、ふだんはひとりぼっちで暮らしています。母親は乳離れするまで子どもと一緒に過ごしますが、父親は自分に子どもが産まれたことも認識はしていないはずです」
そうだったのか。それじゃ、親子3頭のほのぼのした写真なんてあるはずがないわけです。でもそれがパンダの生態です。
考えてみれば、これまでだって、パンダ親子の写真はいつだって母子が一緒のものしかなかったのです。それに自分が気付いていなかっただけなのです。
だから、リーリーに「おめでとう」と声をかけても、彼はきょとんとするばかりかもしれません。
でも、それでも、会いに行かねばならない!そして、「よく頑張ったな」とねぎらいの言葉の一つでもかけて、「父ちゃん」同士の連帯を深めなければ。
そんな思いで、約30年ぶりの上野動物園に向かったのでした。
華やいだ新年の雰囲気が残る1月上旬の午後、入り口のゲートを通ると、「赤ちゃんパンダは事前抽選の当選者に限り公開中」という案内の看板が目に飛び込んできました。そして少し小さい字で、「リーリー(オス)はどなたでもご覧いただけます」と書いてありました。
パンダ舎は入り口を入るとすぐにあります。母子の公開時間はすでに終了し、がらんとした空間に列を区切るためのコーンだけが並んでいました。
その少し左側、屋外放飼場にリーリーはいました。結構な人だかりです。ちょっとホッとした気持ちで、後方からのぞき込んでみましたが、姿は見えません。
初対面までしばらく待つつもりでいると、思いの外すぐに、リーリーがゆっくりとした足取りでガラスの向こうに現れました。みんな一斉にスマホで写真を撮り始めます。悠然と人間たちの前を横切り、リーリーはまた姿を消していきました。
時間にすれば15秒ほど。「ものおじしない母親のシンシンに対し、リーリーはちょっと神経質な面もある」と聞かされていたのですが、その揺るぎのない足取りは、「父ちゃん」の威厳を十分に漂わせていました。
上野動物園の福田豊園長によると、シャンシャンは動物園では一般的な人工授精ではなく、自然交配で産まれました。
この場合、繁殖のカギを握るのはオスで、メスをコントロールして交尾が成立しないと自然繁殖はできないのですが、「リーリーはそれができる優秀なオス。家族がさらに増えることを期待したい」(福田園長)。
シャンシャンは一般公開後も順調に成長中で、1月23日からは観覧時間が2時間延長されることになりました。2月からは先着順で見られる見通しで、限定なしの公開も近そうです。そんな娘の成長を知ることもなく、今後も上野動物園の「顔」としてリーリーは訪れる人を迎え続けることでしょう。
たくさん並んだお土産のパンダグッズを眺めながら、自然の生態には反しているかもしれないけれど、せめてグッズくらいは親子3頭が寄り添っているものがあってもいいのに……。そんな切実な願いとともに、49歳の「父ちゃん」は動物園を後にしたのでした。
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