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スタバ「黒板画伯」とは? イラスト担う精鋭、あるパート主婦の物語
スターバックスの「GAHAKU(画伯)」を知っていますか?
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スターバックスの「GAHAKU(画伯)」を知っていますか?
スターバックスの店頭に「黒板」があるのを知っていますか? 季節のオススメ商品などを紹介するもので「オファリングボード」と名付けられ、店舗ごとに手書きで描いています。その描き方を指導する人が「GAHAKU(画伯)」。20倍近い倍率の選考を勝ち抜いた人にのみ、この称号が与えられます。昨年新たに選ばれた16人のうちの1人が、パートタイムで働く主婦の鈴木裕美さん(40)です。かつて芸大を志して受験に失敗。絵を描くことから遠ざかっていました。
イオンモールつくば店(茨城県つくば市)で、2013年の開店当初から勤めている鈴木さん。2児の母で、現在は週3回ほどパートタイムで働いています。
かつてはお店を利用する側でしたが、スターバックスが企画したコーヒーセミナーに参加したのをきっかけに、さらにコーヒー好きに。
自宅から通える距離にイオンモールつくば店がオープンすることを知って応募しました。
2015年には第2子を出産。1年ほど育児休暇を取り、2016年6月に復帰しました。
「ブランクもあって不安で、とても緊張しました。でも、『フクちゃん(旧姓の愛称)が必要。戻ってきてくれたら本当に助かる』と声をかけてもらって、頑張ろうと思いました」
仲間の顔ぶれも変わっており、久しぶりの仕事に緊張。「笑顔が笑顔になってないよ」と指摘され、初めて気づいたぐらいでした。
しばらくして、「オファリングボードを描いてみない?」と声をかけられました。鈴木さんのお店では2~3人が持ち回りで描いており、その1人として誘われたのです。
「自分にできることって何だろう? 自分の居場所をちゃんと作らなきゃ! そんな気持ちで引き受けました」
高校時代に東京芸術大学を目指し、予備校にも通っていた鈴木さん。受験に失敗してからは、絵を描くことから遠ざかっていました。
昨年の夏、久しぶりにペンを握ってオファリングボードを描くことに。最初のテーマは「シュガードーナツ」でした。
商品を見ながら描いたところ、癖のある専用ペンに苦戦。鈴木さんがイラストに添えたメッセージは「おじいちゃんも おばあちゃんも ぼくも わたしも 大好き シュガードーナツ!!」でした。
「家族連れで来店されるお客さまが多く、持ち帰りも意識して書いたのですが、今になって思うとお店のイメージに合ってないし、恥ずかしい黒歴史です」
お店に掲示したところ、「シュガードーナツの英語のつづりを間違っている」とお客さんから指摘されたそうです。
それから、2~3週間に1回のペースで描き続けました。
「あんまり描くことに積極的ではありませんでした。『私でいいのかな』って気持ちの方が大きくて」
しかし、描き続けるうちに変化も出てきました。
専用ペンの使い方にも慣れ、街を歩いていても参考にできるものはないか意識するように。お客さんや仲間からも「うまいね」と褒められることが増えてきました。
そんな中、今年の夏に「GAHAKUに応募してみない?」と声がかかりました。
課せられたテーマは秋の新商品「グレーピー グレープ & ティー ジェリー フラペチーノ」。
店舗のバックヤードで、いつになく集中して1時間ほどで描き上げたという課題作。「フルーティーさを前面に出して、ジューシーで華やかな味わいを表現にこだわって描きました」と振り返ります。
16人の枠に対して約300人が応募し、20倍近い倍率となった今回の選考。9月に入って、ストアマネージャーから「おめでとう。選ばれたってよ」と告げられました。
「けっこう舞い上がって、すごいテンションで夫に電話しました」と鈴木さん。
「受験に失敗したときから、描くことにコンプレックスがあったんです。でも、オファリングボードを描くうちに少しずつ描くことが楽しくなって、GAHAKUに選ばれたと聞いた瞬間に、スーッと消えていくのを感じたんです。私、認めてもらえたんだなって」
それから、描くことが楽しくなったといいます。GAHAKUとしてのプレッシャーも感じながら、どうしたらドリンクやフードがおいしく見えるか、同時に選ばれた全国15人のGAHAKUと連絡を取り合いながら切磋琢磨しています。
「1店1店で描くことに意味があるんだと実感しています。そのお店らしさを表現しながら、可能性を広げていきたいです」
鈴木さんは先日、コーヒーに対する深い知識を蓄えたパートナーに与えられる「ブラックエプロン」も取得。仕事だけでなく、プライベートでも絵との向き合い方が変わったといいます。
「この間、木材を黒く塗ってそこに久しぶりにイラストを描いたんです。完成したものは結婚する友人にプレゼントしました」
我が子たちが描く絵を見ても、「私に似てあんまり上手くないかも」という見方だったのが、「こんなに観察してるんだな」といった気づきの方が増えたそうです。
描くことを通じて自信を取り戻した鈴木さん。その表情は、誰が見ても「ちゃんとした笑顔」で、どこか誇らしげでした。
GAHAKUとはどのような制度なのか? スターバックスに話を聞きました。
――GAHAKUとは、どのような制度なのでしょうか
スターバックスではエリアごとで統括運営していますが、毎年その地域から1人ずつGAHAKUを選考し、他店のパートナー(従業員)をインスパイアする活動を行ってもらっています。
オファリングボードは各店手書きで描いていますが、季節のプロモーションごとに出る期間限定のドリンクやフードを、より表現豊かに描いてもらうために、その年のGAHAKUが事前に描き、社内サイトで共有しています。
他にも店舗や地域でボードの書き方をレクチャーする活動なども自発的に行ってくれています。
――表彰することになった経緯は
2013年からGAHAKUを選出していますが、それ以前から店舗のオファリングボードで目を見張るような素晴らしい作品がたくさん描かれていました。
そのパートナーの才能や手法を共有することで、より店舗のオファリングボードのレベルを上げ、それを見るお客様が喜んでいただけたらと思い、この活動が始まりました。
――いつごろから始まったのでしょうか
2013年からで今期は5期目になります。
――コンテストの実施方法は
毎年度末ごろに募集します。指定した題材の作品と「GAHAKUへの想い」を書いて応募していただき、作品を地域ごとに分けて選考委員が審査して選出します。
――受験人数や合格率は
今年度は16人に対して約300の応募がありました。
――どのような点を評価するのでしょうか
画のうまさはもちろんですが、構図や表現の個性、商品のおいしさが伝わるか、お客様への分かりやすさ、作成時間、他の人が多少まねしやすいか、そしてGAHAKUへの熱い思いなどです。
――選ばれると、どのようなメリットが
東京本社でのブランディング研修への参加や、社内サイトを通して自分の画が全国のパートナーのお手本になるなどはありますが、実はこれといったメリットはありません。資格や制度でもありませんので、あくまでGAHAKUに選ばれたという称号だけです。
――過去のGAHAKUの経歴は
美大生、主婦、大学生、歯科技工士の専門学校生や、漫画家、フリーター、正社員、アーティスト、デザイナー、10代の学生から40代の子育て中の主婦の方まで様々です。独学で学んだ方も多いです。
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