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苦悩の北朝鮮交渉、威嚇か譲歩か 日米韓の「ネゴシエーター」が激論
核・ミサイル開発に突き進む北朝鮮を、一体どうしたらいいのでしょう。交渉に苦労してきた日米韓の「ネゴシエーター」(交渉人)らが京都に集まり、シンポジウムが開かれました。現場での経験をふまえ、重い言葉と踏み込んだアイデアが語られました。
シンポが開かれたのは、翌週にトランプ米大統領の日本、韓国、中国歴訪を控えた10月30日。会場は金閣寺に近い立命館大学のキャンパスで、部屋は約300人の聴衆でいっぱいでした。
最初に韓国の文正仁氏が基調講演をしました。北朝鮮との対話を探る文在寅大統領の特別補佐官。同じリベラル派の盧武鉉元大統領の外交ブレーンもかつて務め、訪朝経験は10回を数えます。
文氏は、今の文大統領の苦しい立場から話を始めました。
「大統領選で北朝鮮との対話を唱えて当選したが、5月の就任からミサイル発射は10回、核実験は1回。北朝鮮に対し、体制変革や吸収による統一は求めないと言っているが、対話に応じてこない。国内は対話派のリベラルと圧力派の保守で分断されている。解決への運転席に大統領自身が座りたいが、なかなかできない」
それでも、「北朝鮮が核保有国になるのは許せない」と強調しました。「もしそうなれば、米ロ中英仏の5カ国だけを核保有国として認めるNPT(核不拡散条約)体制が崩れ、韓国も、日本も、台湾も、と東アジアに核ドミノが起きる」。
その一方で北朝鮮との戦争もできません。「北朝鮮に核兵器がなかった頃でも、朝鮮半島で一週間で6万人が死ぬと想定されていたのだから」
文氏は「悪魔とは話ができないとなれば戦争しかなくなる」と対話の大切さを説き、「個人の意見」としてこう提案しました。
「対話の入り口を非核化にしてる限り、北朝鮮は応じない。核開発の凍結を入り口にして、非核化を出口にすればいい。核開発を凍結したら米韓合同軍事演習を中止すると提案してみてもいい」
次に発言したのは米国のクリストファー・ヒル氏です。ブッシュ政権当時の2005年から4年間、国務省で東アジア・太平洋担当の次官補を務め、北朝鮮と米中日韓ロによる6者協議や、米朝協議でつばぜり合いをしました。
ヒル氏は、現役だったころと今を比べて語りました。
「交渉相手の金正日政権は最悪だと思っていたが、11年に息子の金正恩が跡を継ぐともっと悪くなった。核保有は自衛のためと主張しているが、それだけではない。米国に届く核ミサイルを開発し、『日韓のために戦って米国を危険にさらすのか。北東アジアから手を引け』と威嚇している。これを許してはならない。米韓合同軍事演習も続けるべきだ」
そして、05年9月に6者協議で合意し、「北朝鮮は核計画を放棄し、米国は北朝鮮を侵略しない」などと明記した共同声明に触れ、「北朝鮮には合意を守る義務がある。記憶がなくなってゼロからというわけにはいかない」と強調。
「核開発は進んでしまったが、共同声明にどこまで戻れるかを話し合うべきだ。核放棄を促す誘因を米国が提供することもできるだろう」と述べました。
ただ、「問題は金正恩政権の側に、非核化への対話に臨む準備ができていないことだ」。だから、北朝鮮を対話に向かわせるよう、国連安全保障理事会の決議に基づく経済制裁を徹底すべきだと述べました。では、経済制裁で北朝鮮の最大の貿易相手である中国の協力を得るには、どうすればいいでしょう。
ヒル氏は、中国を訪れるトランプ大統領への助言としてこう語りました。
「中国には、圧力をかけすぎて北朝鮮が崩壊すれば朝鮮半島で米国に優位に立たれてしまうという懸念がある。それにも対応しないといけない」。ついでに「どんなメッセージでもツイッターで送ることは大統領の尊厳を汚す」と苦言も呈しました。
日本からは藪中三十二・元外務次官が出席しました。外務省のアジア大洋州局長当時に6者協議の日本代表を務めるなど、対北朝鮮外交に深く関わりました。
その立場から、「過去から学べるのは、北朝鮮を威嚇することは対話に向かわせるのに役立つということだ」という考えを示しました。
1993年に北朝鮮がNPT脱退を表明したことに始まる第1次核危機では、94年に米軍の攻撃がぎりぎりで避けられた後、北朝鮮が核開発を凍結する代わりに日米韓などで発電用の軽水炉を提供する米朝枠組み合意ができました。
03年からの6者協議も「最初は北朝鮮は関心がないと言っていたが、米軍がイラクを攻撃したら交渉に応じた」。藪中氏が言う威嚇の効用です。
そして、協議をするなら米朝に任せず、日本も関与すべきだと指摘。その理由として米国をめぐる「不確定要素」を二つあげました。まず、「非核化はもう無理だから北朝鮮の核を管理できればいいという声が米国のあちこちで聞かれる」こと。もう一つは「すぐ言葉の応酬をするトランプ大統領」です。
藪中氏は、トランプ大統領を迎える安倍晋三首相への助言として、「これまでに築いた関係を生かし、拉致・核・ミサイルの問題の解決を重視する日本の立場を伝え続けるべきだ。大統領は『日本を100%支持する』と言うが、北朝鮮に関する日米の懸念が100%一致するわけではない」と話しました。
核・ミサイルの開発と国際的な孤立の悪循環に陥っている北朝鮮をどう導くか。第一線で格闘してきた3人の発言には臨場感があふれ、聴衆からは各国の留学生も含め質問が相次ぎました。私はいま朝日新聞の夕刊で「北朝鮮と安保理」という連載を担当し、第1次核危機以来の国際社会の対応を検証しているのですが、教えられることが多いシンポでした。
韓国大統領特別補佐官の文氏は、こう語りました。
「事態は切迫しており、だれにも時間はない。それでも過去に学ぶべきだ。1994年の米朝枠組み合意も、2005年の6者協議共同声明も、私は成功だったと思う。どういう状況の時に北朝鮮と合意が生まれ、実行がうまくいかなかったかを省みれば、より包括的なアプローチが見いだせる」
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