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完璧過ぎる「宝塚系男子」 殻を破って見つけた「キラキラな世界」
「月城すみれ」さんと一緒に京都の街を歩くと、方々から視線が飛んでくるのを痛いほど感じる。「宝塚系男子。京都市在住。本名と年齢は非公表です」。神戸大から京大院へ。漠然とした不安を抱えていた青年が出会ったのが宝塚風メイクだった。(朝日新聞京都総局記者・足立耕作)
歓楽街の祇園で8月末、一緒に酒を飲んでいた地元の芸能関係者から「男なんやけど宝塚風の男装してラーメン屋で働いているヤツがおる」と教えられた。「動画にしたらおもろい」と直感した。人物ドキュメントのような動画を撮ろうと思い、同席していたサブカルチャー好きの同僚記者を誘い、カメラマンと一緒に取材や撮影を始めた。
最初の取材での第一印象は「生真面目な人」。「なぜメイクにはまったのか」「なぜ男役の姿なのか」「なぜ宝塚にはまったのか」などの質問に、とにかく細かい返事が返ってくる。ラインストーンを自身ではり付けた燕尾服は、宝塚公演のパンフレットに掲載された男役の写真をまねて作った。写真の上から衣装のストーンの長さを測り、微分の知識を使って配置した。「きちっとやらないと気が済まない性格なんですよ」と言う。
「なぜ京都大の大学院まで出て?」。素朴だが、誰もが抱いた核心だ。最初はあまり話したがらなかったが、徐々に人生を振り返ってくれた。教育熱心な両親の下、幼いころから勉強はよく出来たが、目標が見つからなかった。神戸大理学部を卒業し、京大大学院に進学したのも「モラトリアム」の意識があったという。
敷かれたレールの上を歩いていた感覚を持ち、これまでの人生を「くすんだ色」と言い、漠然とした不安を抱えていた青年が出会ったのが、宝塚風メイクだ。宝塚歌劇をこれまでと違った「キラキラな世界」と表現する。メイクは別人になれるスイッチのような役割を果たしたのか。レールから離れた解放感もあったと思う。
「これまでの人生を変えたい」と男役姿でラーメン店の広報担当として働き始めた。店のオーナーは就業中も「メイクのままでいい」と認めてくれた。キワモノ系の印象はなく、生真面目さやピュアな感じに、周囲の人は思わず応援したくなるようだ。
最初のきっかけを作った女装バー「メイト」。この世界では全国でも知られる一條聖子ママも最初は「なぜ京大生が」と思った一人だ。だが、研究熱心さに打たれ、「人生は1回きり、好きなように生きたら」と後押しした。
すみれさんが通うダンススクール主宰者で元タカラジェンヌの諏訪あいさんは最初、ダンスや歌を習いたいとやってきたすみれさんを「何かショーでもやりたいのかな」と、知り合いの祇園のニューハーフバーに紹介した。だが再びやってきたすみれさんの「宝塚愛」を真摯に受け止め、今は一番の理解者だ。
「こんなに人に見られて恥ずかしくないの?」。取材で何度も投げかけた質問だ。最初はびびっていたが、「そのうちぜんぜん気にならなくなりました」という。
元ジェンヌの美宙果恋さんや苑みかげさんは「男性ファンが少ない中、すみれさんのような人はありがたい。宝塚愛を全身で表現してくれて、本当にうれしい」と口をそろえる。宝塚大劇場で出会ったヅカファンたちもみな好意的で、すみれさんのことを悪く言う人は一人もいない。
多くの人は世間のしがらみや思い込んだ価値観にとらわれ生きている。私もそうだ。振り返れば、自分や世間の殻を破って生きいくすみれさんの力強さにひかれ、それが記事を書こうと思った強い動機になったと思う。
すみれさんに注がれるまわりの視線にも、約1カ月間の取材でだいぶん慣れた。今は、そのメイクが古都の風景に妙に溶け込んでいるように思える。
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