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「世界で最も完璧に近い投票制度」オーストラリアの難解すぎる選挙
どの候補者も政党も決め手に欠ける。どこに投票したらよいのか……。選挙のとき、そんなふうに感じた経験はありませんか? でも、あなたがオーストラリア人ならば、そんな悩みは必要はないかもしれません。なぜなら、「必ずしも1人、1党に絞り込む必要なし」という選挙の仕組みだからです。どの人の投票も「ムダ」になりにくいことから、「世界で最も完璧に近い投票制度」と呼ぶ人もいるこの選挙、いったいどんなものなのか、紹介してみたいと思います。(朝日新聞シドニー支局・小暮哲夫)
まず、オーストラリア選挙管理委員会が例として挙げている2010年の下院(小選挙区)の例を見てみましょう。
当選したのは誰だったと思いますか?
答えは、ウィルキーさんです。これは「1回目の集計」で、最終的な得票は33217票。2位のジャクソンさんの31642票を上回りました。
どうしてこんなことが起こったのでしょうか。
最初に、どのように投票するのかを説明しましょう。
投票用紙に印刷されているのは、候補者の名前と政党名の一覧です。候補者名前の左側には、空欄の四角があります。
投票用紙にどのように記入するのか? 上のように5人が立候補したなら、有権者は「当選させたい順」に、空欄の四角に1から5までの優先順位をつけます。全員に順位をつけないと無効になってしまいます。
それでは、どのように当選者を決めるのでしょうか?
大原則は「有効投票の過半数」(この場合は32430票)を取ることです。
まず、優先順位「1」の得票数を数えます。これが上の「1回目の集計」です。この時点で、過半数を取った候補者がいれば、その候補者が当選でした。
過半数の候補がいない場合、どうするか。「1」の得票が最も少ない候補者を除外します。この場合ならバーンズさんです。
その上で、バーンズさんを「1」とした856票の投票用紙を見て、「2」となっている候補にそれぞれ割り振って加えます。投票した人が「バーンズさんの次に好ましい」と思った候補に、票が流れるのです。
その結果、得票が過半数に達した候補者がいれば、当選です。まだ、いません。
次に除かれるのは、得票数がバーンズさんの次に少なかったクーサーさん。「クーサーさんの次に好ましい」候補に、票が流れます。
この時点でのクーサーさんの得票には、(a)クーサーさんを「1」とした票と、(b)バーンズさんを「1」・クーサーさんを「2」とした票、があります。
(a)なら「2」が付いた候補者に、(b)なら「3」が付いた候補者に、票を割り振ります。
こうやって、得票が過半数となる候補者が出るまで、同じ作業を繰り返した結果が、「最終的な得票」になります。
この場合では、最後となる4回目の集計で自由党のシンプキンズさんの票がウィルキーさんに多く割り振られ、ジャクソンさんを逆転したというわけです。
ただ、現実には1回目の集計で1位だった候補者が当選することが多いようです。
こんなオーストラリアの制度は、いちばん意中の候補が当選しなくても、「その次(または次の次)の候補」が当選する可能性があり、せっかくの投票がむだになる「死票」を減らす仕組みと言えます。
有権者が「当選させたくない候補」も意思表示できる仕組み、とも言えます。「絶対に当選させたくない」と思った候補を最下位にしておけば、自分の投票はその候補に回ることはありません。
オーストラリアで総選挙が始まったのは1902年です。当初は日本と同じく最多得票の候補者がそのまま当選する仕組みでした。
現在のやり方が導入されたのは1918年。当時は労働党が勢力を伸長してきたころで、得票が分散して当選が難しくなった保守系の政党が協力して選挙制度を改正しました。
死票を減らして有権者の意見を幅広く反映しよう、というより、もともとは党利党略の産物だったようです。
これだけでも、一読してすぐに理解するのは大変だと思うのですが、上院はさらに複雑な投票と開票の仕組みを採用しています。
上院は州ごとがブロックの比例代表制です。
投票用紙には、太い横線を挟んで、上側に各党の名前、下側に各党の候補者の名前が書かれています。有権者は「線の上」と「線の下」の二通りの投票方式のうち、どちらかを選ぶことができます。
「線の上」を選んだ有権者は、政党に優先順位を付けて投票します。各州ともふつう、小さな政党も含めてたくさんの党が選挙に出ます。すべての党に順位を付ける必要はありませんが、少なくとも、「1」から「6」までの順位を付けないと無効になります。この場合、それぞれの党内での候補者の優先順位は、あらかじめ各党が用意した名簿順位にお任せ、となります。
「線の下」は、党ではなく、候補者を選んで投票する方法です。いろいろな党から何十人と出ている候補から、少なくとも「1」から「12」の順位を付ける必要があります。
それでは、どうやって当選者を決めるのか。必要な得票数は、小選挙区の下院のように過半数ではなく、
という式で出てくる「クオータ」という数です。
たとえば、ある州(改選議席12)で130万票の有効票があったとしましょう。
クオータは「(1300000÷13)+1」で、100001票。これが当選に必要な数になります。12人が「クオータ」を獲得すれば、残った票(99988票)では当選ラインに達しないからです。
候補者の得票は「線の上」と「線の下」の合計になります。
まず、「線の上」の「1」を数えます。この場合、各党が設定した「名簿1位」の候補がすべての票を得ます。さらに、「線の下」(候補者別)で、「1」の得票を数えます。
この合計が「クオータ」に達した候補は当選となります。
例として、★★党の候補者Aが25万票を取ったとします。Aは100001票のクオータを上回ったので当選です。
次に、Aの得票のうち、クオータを上回った分の得票を、「2」が付いたそのほかの候補者(「線の上」の投票の場合は、★★党の「名簿2位」の候補者)に配分していきます。
ただ、25万票のうち、どれがAを当選させた100001票で、どれが配分される余剰票の149999票なのかを、区別することはできません。「2」に付けた政党や候補者は様々でしょうから。
そのため、Aが取った25万票全体の「2」を数えたうえで、計算上、矛盾なく1票の価値を減らして配分ができる係数(小数点以下8桁まで)を算出します。
その式は、
となります。
この場合、
149999÷250000=0.599996
がその係数です。
たとえば、25万票のうち、候補者Bを「2」とした票が100000票あったとすれば、Bに配分されるのは、(100000×0.599996=59999)票となります。同じように別の候補者に配分される票数も計算します。
こうして配分した結果、クオータに達した候補が出れば、当選です。議席が埋まるまで、同じように余剰分の票を配分していきます。
これを繰り返していくうちに、全議席が埋まる前に、余剰分を配分してもクオータに達する候補が出ない状況になることがあります。その場合、下院と同じく、その時点で得票が最下位の候補者を除いて、優先順位が「2」の候補者に、得票を振り分ける作業を繰り返していきます。
最終的にこれらの作業は数十回に及びます……。
さて、どうでしょうか?
「だれに投票するか絞り込めない場合に便利だな」と思う半面、多くの候補者に順位を付けなければならない、という別の苦労が伴います。正直言って、普通の有権者には至難の業でしょう。また、そもそも票数の数え方を完全に理解している有権者は少ないと思われます。
そこで、主な政党は、自分の党(やその候補)を「1」にしたうえで、ライバルとなる候補や政党が不利なることも考えた優先順位の付け方を示した「投票ガイド」を配っています。要するに投票の仕方の「見本」です。これを運動員たちが投票日に投票所の外で配るのです。
実際、これが頼り、という人も少なくないようです。選管の資料にも「政党の運動員が投票所の外で投票ガイドを配っているかもしれませんが、どう投票するかはあなたの決断です」としつつ、「ガイドにしたがって優先順位を決定してもかまいません」と書いているほどです。
それなら、そこまでして投票しなくてもいいや……と思ったあなた。オーストラリアは「義務投票制」です。正当な理由がなくて投票に行かないと、20オーストラリアドル(約1750円)の罰金を取られてしまいます。だから、昨年の総選挙の投票率は、91%を超えました。
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