お金と仕事
憧れの「日本の美大」中国人留学生が驚いたこと…「バイトが文化?」
最近、中国からも注目されている日本の美大。中国の名門美大を卒業し、憧れだった日本の美大に留学を果たした女性がいます。日本でも、少し変わった存在として見られがちな美大生。果たして、中国人からはどのように見えたのでしょうか? 「中国ではおばさんが美術館に行かない」という日中のアートを巡る違いについて、話を聞きました。
話を聞いたのは、女子美術大学に留学した李芸(リー・イー)さん(湖南省出身、30歳)です。
李さんは女子美大の修士課程を出た後、女子美の付属美術館で勤務し、現在は都内のギャラリーで働いています。
もともと、李さんは中国の名門美大・広州美術学院を卒業しています。そんな李さんが日本への留学を決意したのは学部生の時でした。
「空間デザインに興味を持っていた時、広州美術学院で女子美大の教授の講演を聞きました。教授の話に感銘を受けて留学を決意しました」と振り返ります。
李さんは、日本の美大のどこに魅力を感じたのでしょう?
「中国の教育はまだ伝統的というか、先生が学生に教え込む形がメインです。それに比べて、日本のメディア芸術領域は先進的です。デザイン空間に関して自由で無限の可能性を感じ、留学を決意しました」
「実際に日本で勉強して、新しい技術をデザインに取り込むことができました」と言う李さん。
修士課程の卒業作品には、センサーで人の感覚を捕捉し、表現する技術を応用した作品を手がけました。
「『アバター』を使った表現など、かなり自由な発想ができました。中国にいた当時は考えられませんでした」
李さんは、高校生の時から日本の漫画を読むようになり、アニメもよく見ていたそうです。一時はコスプレにも憧れたそうです。
「漫画やアニメで日本の文化に触れていたので、実際に日本に来てからの生活も、大部分は馴染みがあるものでした」と話します。
日本でできた欧米人の友人の中には、日本の漫画やガンダムが大好きな人が多いそうです。
「一緒にカラオケに行った時、スウェーデン出身の友人はガンダムのテーマ曲をすべて制覇しました。さすがに、その場にいたみんなは驚きましたね……」
中国で日本文化に慣れ親しみ、日本でアートを専門的に学んだ李さん。日本のサブカルチャーが世界で人気な理由については「ジャンルが多く、多様な世界観を表現しているから」と分析します。
「そんな多様さが、国境を越え、人々の心をつかんでいるのでしょう」
美大生を描いた漫画には『ハチミツとクローバー』(中国語『蜂蜜幸運草』)があります。台湾でもドラマ化された『ハチクロ』の存在は、李さんの知り合いにも「素晴らしい」と評価する人がいたそうです。
ただ、李さん自身は「あえて読まなかった」と言います。
「美大生の生活を美化したのではないかという心配がありました。美大生である自分は、実践と体験をすることを貫きました。日本に留学をして、女子美に合格したことなど、実際に経験したことが一番大事だと今も考えています」
日中の美術館の違いについて、李さんは「大衆性」を挙げました。
「日本の美術館は、夏休みや冬休み期間中、いろんな企画展を開催します。来場者の年齢も様々で、お年寄りから子どもまで、みんな美術館に行くイメージがあります」
「一方で、中国の美術館はまだ『一部の人』が行く場所というイメージが強いです。美術関連の仕事に従事している者、美大の学生などが多いように感じます」
李さんは、両国の違いについて「おばさん」を例に「日本のおばさんが美術館へ行ってもなんの違和感もないですが、中国ではおばさんが美術館にあまりにいかない」と指摘します。
「広州市には『広東美術館』があります。私のおばさんは近所に住んでいるにも関わらず、行ったことがないそうです。この前、パリに旅行に行ったおばさんが、やっと美術館に行きました。でも、それは有名な観光地として訪れたわけで、写真をたくさん撮ってSNSに投稿するのが目的だったようです……」
中国では近年、美術品を収集したり、投資したりする人が増えています。
「日本では美術に関心を持っている人たちは、年齢層が高いように思います。ただ、企業などが美術品をたくさん買った後のバブル崩壊の記憶もあって、美術品への投資にはかなり慎重になっているように見えます」
日本に来て驚いたのはアルバイトだそうです。
「自分の両親は共働きで、決して裕福とは言えませんが、中国で美大に通っていた時の学費などはぜんぶ親が負担してくれました」
ところが、日本に来ると、生活費や絵の具の材料費の高さから、生まれて初めてアルバイトをすることに。
「驚いたのは、日本人の学生も、普通にアルバイトをしていたことです。中国の美大にいた時は、あまりアルバイトをしている友人はいませんでした」
コンビニやファストフードの店員など、日本では高校生からお金を稼ぐ手段としてアルバイトがあります。でも、中国の場合、高校はまず大学進学が最優先され、大学に入学してからも家庭教師などでお小遣いを稼ぐ程度です。
李さんは「日本は、アルバイトが文化のように根付いていると思いました」と振り返ります。
日本ではよく言われる「美大生の就職は難しい」という指摘については、疑問を投げかけます。
「美大では、専攻が純芸術(ファインアート)と実用の科目に分けられています。就職を考えるならば、実用性の高いデザイン類を選ぶ学生が多いです。デザインなら、グラフィックデザインなどジャンルも豊富なので、そんなに就職に困っていないと思います」
ただ、「純芸術」を選んだ学生については「絵だけを生活の糧にすることは、確かに苦労が多いことは事実です。別の仕事をして創作を中断してしまうアーティストも数少なくないので、どう応援していくかは課題だと思います」と言います。
現在は、六本木のギャラリーで日中の若手アーティストたちの絵の展示を手がけている李さん。両国の交流イベントは多くない、と言います。
李さんによると、日中の美大では、デザインなどの専攻分野での交流があっても、大学レベルの交流はなかなかないそうです。
李さんが企画に関わった展覧会では、二人の日本人アーティストと一人の中国人アーティストの絵を展示。それはまるで「異文化の融合」でした。
中国人アーティストは留学生で、中国画の題材を取り入れながら、日本画の画風などを取り入れています。
日本人アーティストは母親が中国人ということで、モダンな絵でありながら、中国宋の時代の構図や、中国民間で書かれている祝いの絵も取り入れた鮮やかな作品を発表しました。
もう一人の日本人アーティストは、中国の伝統的な「工筆画」を独学で習得し、そこに日本画の技法を融合させました。絵のテーマも、古代の歴史・妖怪伝説など日中の融合を試みています。
「昔は自分も芸術家になりたかった」と言う李さん。中国の美大から日本の美大に留学した経験から、今は、若手アーティストの人材発掘と育成にやりがいを感じているそうです。
「美術館やギャラリーと、アーティストの架け橋になりたい。そして、日中両国の美術交流を継続にさせたいです」
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