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「あちらのお客様からです」はNG? バーでの作法、プロに聞いてみた
「バー」って、なんだかオトナな響き。それだけに入りにくいって感じること、ありませんか? 特に初心者は、わからないことがいっぱい。「どこに座ればいいの?」「何を頼めばいい?」「ひとりで行っても大丈夫?」 そんな質問を、「日本一」のバーテンダーにぶつけてみました。
今回教えてくれるのは、銀座1丁目の老舗「BARオーパ」のバーテンダー松尾民子さん(35)です。
昨年、日本最大の技能大会で総合優勝した「日本一のバーテンダー」。過去には浅草で人力車の車夫をしていた異色の経歴の持ち主です。最近ご結婚されたそうで、店では旧姓の白川さんとしても親しまれています。
ではさっそく。まず、初心者がバーに行くにあたって、ぶち当たる壁は店選び。バーってなんであんなに、中の様子が見にくいんでしょうね。
勇気を振り絞って扉を開けても、「わたし、お呼びじゃなかったですね。失礼しましたーっ!」ってなりそうで怖い……。初心者にも優しいお店、ひとりで行っても大丈夫そうなお店を、見極めるコツってあるんでしょうか。
「口コミサイトは、そこまであてにならないかなっていうのが実際ですね。バーは相性もあるので。まずは1軒入ってみて、バーテンダーに聞いてもいいと思うんです。『ほかにも良さそうなお店ありますか?』『一人でも行けるようなお店があったら紹介してもらえますか?』って。そうすると、けっこう紹介してくれます」
ええっ! そんなこと聞かれたら、嫌じゃないですか?
「全然。むしろ聞いてください。バー業界って特殊で、横のつながりがすごく強い。たとえばレストランだったら、系列店以外あまり紹介しないじゃないですか。でもバーは、全く関係ないお店に電話して、『いまから何名様行かれるのでお願いします』って言うこともけっこうあります」
てっきりライバル店同士、お客さんを奪い合っているのかと……。
「亡くなったうちのマスターがよく〝街のコンシェルジュ〟って言ってましたが、それこそバーに限らず、ゴハン屋さんや、お店の近くのことも勉強しろと。わたしも食べにいったり、お客さまに話を聞いたりして情報収集してます」
じゃあ、次の悩み事にいきましょう。お店に入ったら、どの席に座ればいいですか?
「基本はバーテンダーが案内します。『お好きな席どうぞ』っていうときは、本当にどこでも大丈夫です」
とは言っても、新参者はやっぱり出入り口近くの末席が無難……?
「末席ってないんですよ。あと、カウンターには上座も下座もありません。偉い人もそうですし、上司も部下もみんな平等です。席でサービスに差をつけるのは、してはいけないことなんです」
さて、無事に腰を落ち着けたら、いよいよオーダーです。ここでうっかり「とりあえず、ビール!」なんて言おうもんなら、「ふっ、無粋なヤツめ」って笑われそう……。
「そんなことありません。素直に『ビールが好き』と言っていただければ、『ビールもご用意ありますよ』『メニューをご覧になりますか』とお伝えできます」
バーって、メニューを置いてない店もありますよね?
「価格が心配だったら、聞いてもルール違反ではありません。フルーツカクテルはちょっと高いですし、ウイスキーはピンキリ。そういうときは『価格はそんな高くなくて』とか『コスパがいいものを』と聞いていただければ。よっぽど高いものはこっちも言いますから、そんなに心配しなくて大丈夫です」
じゃあ逆に、これを1杯目に頼むと「ツウだな」て思われるのは?
「ジントニックですね。お店の顔と言われるカクテルなので。作り方だったり、使ってるジンだったり、お店やバーテンダーによってかなり味が違います。スタンダードでシンプルなカクテルは難しいので、自分が他のお店に行ってもやっぱりジントニックを頼みます」
たとえば、お酒には詳しくないけど、せっかくバーに来たんだから、カクテルを飲んでみたい。できればシェーカーをシャカシャカして欲しい。そんなときはどうすればいいですか?
「飲みたいものがわからないときは、そう言ってもらえれば相談にのります。たとえば『普段は家でビールを飲んでます。甘いものも好きです』と言ってもらえれば、『こういうのがありますけど、こういうのと、どっちがいいですか?』という感じで選択肢を出します」
ヘンに気取ったフリをしないことが大事なんですねえ。
「そうですね。逆にやりづらいのは……」
おおっ、ぜひ教えてください。
「事前にリサーチして、すごいマニアックなものをオーダーされると、『いま調べますから、ちょっと待ってください』みたいになりますね(笑)。『何、レシピ知らないの?』って言われても、カクテルって星の数ほどあるので」
「あと、『お店のオリジナルをお願いします』って言われることもあるんですけど、それだとどんなものが欲しいのかわからない。それよりも『こんな感じの味が好き』とか『あまり強くなくて』とか、そういう情報を頂けると、オススメしやすいです」
じゃあ、「私をイメージしたカクテルを」っていうのはどうですか?
「めっちゃ困りますね(笑)。1杯目でそれを言われても、その方を知らないじゃないですか。そういう時はだいたい着てる洋服の色で作ります。ただ、それが茶色とか濁った色だと怒られるかもしれないので、綺麗な色をお出ししますけど(笑)」
そこで出てきたのがオシャレなカクテルだったら、つい写メりたくなっちゃいますよね。あれってダメですか?
「ダメじゃないです。フラッシュをたかなければ、ほかのお客さまの迷惑にはならないので。別に本を読んでても大丈夫です。パソコンだけはちょっと……。カフェじゃないので」
パソコン!? それは強者……! でも確かに1人のご飯やお酒って、何していいか、どこ見ていいか、正直わかんないんですよね。どんな風に過ごしてたら、可哀想な〝ぼっち〟というより〝独りの時間を楽しんでる人〟に見えますか?
「バーは一人のお客さんが多いので、寂しいとか可哀想とは全然感じません。ただ、始めからずーっとスマホをいじってると、話しかけていいのかなって思います」
ああー、ついやっちゃいがちです。
「あと、私たちがお酒を作るとき、きれいな所作を気をつけているのは、お客さまが手持ちぶさたのときや、混んでてお相手ができないときに、バーテンダーの技を見ていただく意味もあるんです。『あんなお酒があるんだ~』って感じで眺めてもらえればいいと思います」
バーテンダーと話すとき、気をつけることはありますか?
「混んでるときにも、ずっとロックオンされてしまうと難しいかな(笑)。あと、席によっては本当にバーテンダーが作ってる目の前なんですけど、違うお客さまのものを作ってるときに『えっ、これ何ですか?』『あれ何ですか?』ってなっちゃうと、そのお客さまはちょっと嫌ですよね。そういう場合は注意というか、流すことはあります」
「あと、隣のお客さんに話しかけ始めちゃうと、お止めすることもあります」
ええっ、隣の人に話しかけちゃダメなんですか?
「やっぱり一人でゆっくり飲みたいお客さまもいるじゃないですか。1人対バーテンダーで話をしたいとか。横から入ってこられると気分を害してしまう方もいるので、そこはバーテンダーに任せてください。この人同士だったら双方が嫌じゃないだろうなって思ったら、巻き込んで一緒に話します。そうじゃないときは、なんとなくわからないように話すときもあります」
確かに、空気を読まない人がいきなり話しかけてきたら、嫌かも……。というか、そのお店自体、行きにくくなる気がします。
「バーはナンパする場所じゃないので。それを勘違いして1人の女性にしゃべり始めたりすると、別のバーテンダーが来てその人の気を引くこともあります」
映画とかでよく「あちらのお客さまからです」ってありますよね。あれって、本当にあるんですか?
「知ってる方同士だったら面白がってやりますけど、基本はやらないです。おごられたらお礼も言わなくちゃいけないし、借りが出来てしまう。お客さまの間でどちらが優位ということになってはいけないので、極力お断りします」
なんか、バーテンダーってお酒を作るというだけではなく、店の空気もつくる仕事なんですね。
「お酒を出すだけだったらコンビニと一緒。私たちは『バーテン』じゃなくて、『バーテンダー』なので、ちゃんと酒場を仕切らないといけない。そこは特に気をつけていますね」
「バーテン」じゃなくて、「バーテンダー」?
「わたしたちはバーのテンダーなんです。バーの優しい人というか。バブルの頃、『バーテン』っていう略し方がありましたけど、それってちょっと下に見た呼び方なんですよ、実は。だから、さん付けでもバーテンって略されると、悲しいです」
初心者だからってマナーとかお作法を気にして肩ひじ張るより、バーテンダーにゆだねて、自然体でいればいい。なんかちょっとバーが身近になった気がします。
「たとえば1回いらっしゃったお客さまで、また次の週とかに来ていただけたら、『先日も来ていただきましたよね?』と、そこからまた話が弾みます」
「バーって入りにくいように見えて意外と居心地のいい場所なので、自然体で来ていただければ。今回みたいな質問を、飲んでるときにしていただいてもけっこうですし、そうやって会話も楽しんでいただけるといいなと思います」
この記事は3月25月日朝日新聞夕刊(一部地域26日朝刊)ココハツ面と連動して配信しました。
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