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テレビ局、知られざる「神頼み」スポット テレ朝稲荷、裏を食う寿司
テレビ業界といえば、視聴率やモニター調査など、数字やデータで動いている印象ですが、一方で、大切な場面で「神頼み」をしたり、古典的ともいえる「験担ぎ(げんかつぎ)」をしたり。一体どんなものがあるのか、テレビ局の集まる東京都港区・六本木周辺を取材しました。(朝日新聞文化くらし報道部記者・佐藤剛志)
最初に訪ねたのは、テレビ朝日の本社ビル。1階には一般公開されている部分があり、タモリさんや黒柳徹子さんの人形と写真撮影ができるコーナーが人気です。
オフィスに進むと番組の宣伝ポスターや視聴率を知らせる掲示が目に入り、いかにもテレビ局らしい感じ。そんな雰囲気と一見相いれない立派な鳥居を屋上7階で見つけました。
「テレビ朝日稲荷」と呼ばれる社で、テレ朝では新番組の放送前や大規模プロジェクトを行う際などに成功祈願をしています。この神社は、全国の稲荷神社の総本社で2011年に鎮座1300年を迎えた伏見稲荷神社(京都市伏見区)から分霊を受けたものです。
全国的に見ても、企業が神様をまつる事例は少なくありません。トヨタ自動車の豊興(ほうこう)神社(愛知県豊田市)やワコールの和江神社(京都市南区)などがあります。
朝日新聞大阪本社(大阪市北区)がある中之島フェスティバルタワーでも、13階のスカイロビーで「朝日稲荷大明神」をまつっています。この神社の源流は、旧宇和島藩の蔵屋敷にあった「和零社」。1885(明治18)年、この蔵屋敷跡に本社が移転してきた時からの長い縁があります。
「テレビ朝日稲荷」にも興味深い歴史がありました。いまのテレ朝があった辺りは戦前、明治時代に移転してきた旧松代藩の大名家・真田氏の屋敷でした。
真田氏の祖先は、昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」で大泉洋さんが演じた真田信之です。この屋敷では稲荷社がまつられていました。
戦後になって土地の所有者は何度か変わり、テレ朝の前身「日本教育テレビ」(NET)の社屋を建設する1957年ごろ、稲荷社は取り壊されてしまいました。
60年代初めになって、社運の向上を目指して神社を再建することになりました。
当時のNETには、真田家13代当主の真田幸長さんが技術局員として在職しており、その助言を受けて4階建て社屋の屋上に「NET稲荷」を建立。77年の社名変更で今の名前になりました。
その後、周辺の再開発で一時撤去されましたが、2002年11月、今の社殿になったのです。
番組などの成功祈願を行う際には、局のすぐ近くにある神社から宮司さんを招いているといいます。そちらも訪ねてみましょう。
テレ朝から歩いて数分、オシャレな飲食店やオフィスビルが立ち並ぶ芋洗坂沿いにあったのは、なんと「朝日神社」。境内からは天高くそびえる六本木ヒルズのタワーが見えます。
神社に奉納された提灯(ちょうちん)には、テレ朝の早河洋会長の名前も。これはテレ朝に関連する神社なのでしょうか。
伝承によると、神社の名前は戦国武将・筒井順慶の姪(めい)で織田信長の侍女だった朝日姫(清心尼)に由来し、何度か名前が変わって1895(明治28年)に現在の名前になったとのこと。局名と「朝日」が重なったのは全くの偶然です。
綿引敏(さとし)宮司は「昨年はリオデジャネイロ五輪での成功安全祈願をさせて頂きました」。神社の「朝日」という名前のつながりで、新潟県村上市にある「朝日地区」に神輿(みこし)の修理を頼むなど、ほかにも名前にちなむ縁があるそうです。
テレ朝で放送中のドラマ「就活家族~きっと、うまくいく~」の内山聖子(さとこ)ゼネラルプロデューサーは、主演の三浦友和さん、黒木瞳さん、前田敦子さん、工藤阿須加さんとスタッフ一同でおはらいしてもらいました。
「テレ朝稲荷には、クランクインの前にいつもスタッフ一同でお参りしています。今回のドラマでは、キャスト・スタッフが安全に健康に撮影ができますように、またより多くの方に見て頂きたいという願いを込めました」と話します。
一般の人がふだん神社を訪ねることはできませんが、昨年7月中旬から8月下旬に開催されたイベント「テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION」の際は、参拝したり写真撮影したりできました。もしかしたら、今年もそういう機会があるかもしれません。
六本木周辺にはテレビ局のほか、大小様々なスタジオもあります。こういった制作現場の差し入れに、験を担いだものがあります。
1875(明治8)年開店という老舗「おつな寿司(ずし)」を訪ねました。お邪魔した午後も、お客さんがひっきりなしです。
このお店のいなりずしは、お揚げの表と裏を逆にしたユニークなもの。これを食べると「ウラ(裏番組)を食う」ことになるということで大人気。局関係者からの注文があるほか、芸能人が番組スタッフへの差し入れで注文することも少なくないようです。
5代目店主の近藤功夫さん(55)によると、お店の開店時からいなりずしは今の形で、油揚げの煮汁は何十年も継ぎ足しながら味を守っています。
酢飯には刻んだ四国産のユズの皮が混ぜられ、爽やかな風味を加えています。1個115円。
近藤さんは、「油揚げを裏返すことで口当たりが柔らかくなったり、ご飯を入れやすかったりというのはありますが、はっきりした理由はわかりません。もしかしたら、昔のおいなりさんでは特別なことでなかったから伝わっていないのかもしれません」。
「裏を食う」という理由で好まれているのを意識したのは、25年ほど前。フジテレビの幹部が現場への陣中見舞いで買った折り詰めに、「『裏を食う』いなりです。頑張ってください」とのし紙をつけてほしいと言われて知ったそうです。
「テレビ局はずっと前からのお得意様。昔のように、急に夜食で数百個というようなご注文はなくなりましたが、今もごひいきにして頂いているのはありがたいです」と話します。