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大統領選、テイラーが沈黙した理由 「トランプ就任式」の舞台裏
ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任しました。選挙戦を音楽という切り口から振り返ると、ロックの保守化、カントリーの変化など、音楽界の「いま」が見えてきます。なぜ、セレブによるクリントン支持が機能しなかったのか? テイラー・スウィフトが最後まで沈黙した理由は? 「アメリカ音楽史」の著者で慶応大学の大和田俊之教授が読み解きます。
――新大統領の就任式や関連コンサート、メンバー的に寂しい感じでした
(就任演説後の国歌を歌った)16歳のジャッキー・エバンコに、(ラインダンスが有名な伝統ある劇団)「ザ・ロケッツ」、モルモン教のコーラス隊などが出演しましたね。
でも、オバマの時は、国家をビヨンセが歌い、ジェイムス・テーラーが「America the Beautiful」を熱唱しましたから、寂しい感は否めません。
――選挙戦中、レディ・ガガやマドンナらが反トランプ色を表明し、ブルース・スプリングスティーンらも、ヒラリーの集会に出ていました
米国の音楽界全体が反発したように見えますが、今回の選挙戦を通じて、最も興味深かったのは、カントリーの沈黙ですね。
カントリーミュージシャンが選挙戦中、表に出てこなかった。今回の就任式前夜のコンサートでは、カントリー界からトビー・キースらが出ていましたが。いずれにしても、カントリーが非政治的になりつつあるとは言えます。それが選挙戦で可視化された。
――党派制、政治色が消えた?なぜですか?
カントリーが要するにメジャー音楽になったからです。テイラー・スウィフトやキャリー・アンダーウッドなど、カントリーとポップス・チャートの両方で大成功するカントリーポップのシンガーが目立ってきた。
ヒットチャートは比較的若い層に照準が当てられるシステムなので、そこにランクインすることは、リスナーの平均年齢が下がっていることの裏返しです。
そして、日本人には意外かもしれないが、米国ではミレニアル世代は政治的には基本リベラル層です。
カントリーミュージックは歴史的に見れば、田舎の保守層の音楽とされ、基本的に共和党支持のジャンルです。なので、こうしたファン層の変化は、『トランプ的、共和党的スタンスをとれば、ファン離れが起きる』リスクを生み出したわけです。
実際、カントリーミュージック協会(CMA)が毎年開くアワードで、一昨年には黒人コミュニティーに愛される白人のR&Bシンガー、ジャスティン・ティンバーレイクが出演しましたし、昨年にはビヨンセがディクシー・チックスと共演した。いずれも、カントリーの聖地、ナッシュビルのアワード会場を盛り上げた。確実にカントリー界は変わろうとしている。
今回の大統領選で、カントリー界が生んだ最大のスター、テイラー・スウィフトが最終的に支持候補を表明しなかったのもそんな背景がある。
――カントリーのファン層に大きな構造変化が起きている
カントリーミュージックについて、僕も認識を改めなければいけないけれど、今ファンのマジョリティーは、テイラーなどの牽引(けんいん)もあって、女性なんですよ。
CMAの調査でも出ている。そうすると、さすがに、ゴールデンシャワー(ロシアが握っていると報道されたトランプ氏による異性との不適切な行為)はダメですよね。
――カントリーを巡るそれらの状況が、大統領選という政治的イベントでの沈黙で、よりくっきり浮かび上がったわけですが、歴史的背景に何がある?
1990年代に、アメリカーナというジャンルが生まれた。これは要するに、ブルースやカントリーといった音楽を、白人や黒人といった人種で区切るのをやめ、どっちもルーツ音楽みたいなくくりでアクセスしようとする動きです。
アメリカーナはリベラル寄りの人たちが多かったため、カントリーが内包する政治性が、ちょっとずつ脱色されていったのです。
昔は、カントリーはロックの仮想敵で、若者は聴くべき音楽ではないという風潮がありました。でも、アメリカーナが台頭するなか、若い人たちは『ここに政治性はないんじゃないの?』となっていった。
「ブルースが左」「カントリーが右」「ロックが左」という考え方が、だんだん崩れていくきっかけの一つだったと思います。
――音楽ジャンルの党派制は固定化されることはないわけですね
ロックもそうですよね。今回、トランプ陣営が、積極的に選挙集会などでロック、とくにクラシック・ロックの名曲を多用していましたよね。つまりは、それだけロックを聴く層が保守化したわけです。
――就任コンサートにはストーンズの「Heart of stone」も流していましたし、選挙中も集会でクイーンなどの名曲も、ガンガン流していました
ロックが誕生した1960年代は、ある種リベラルな思想と結びつき、体制に反抗する音楽として機能しました。
でも、よく考えれば、文化と政治の結びつきは、その時々によって変容します。歴史的にリベラルな政治性の土壌から生まれたものが、ずっとそうである必然性はありません。
年齢を重ねて政治的に保守になったけれどもロックは聴く……。そんな人を指して『ロックはリベラルな音楽だから、あなたの姿勢は間違っている』と指弾するのはおかしいですよね。
――しかも反体制の音楽の代名詞でもあるロックが、今回、皮肉にも、リベラル側への反抗の音楽としても機能した気がします
選挙期間中、ずっとトランプ氏の劣勢が伝えられていましたよね。それはつまり、リベラルと呼ばれる人たち、オバマ的なお行儀のよさが、むしろエスタブリッシュメントになっていたわけです。
トランプ的なものはそれに対する反抗であり、ある種のクーデターである、と。
革命的要素があるとしたら、それに同調するある種のパンクロック的なものが出てきてもいい。けれども出てこない。だから、代わりにオールドロックが、エスタブリッシュメントに対して中指を立てる運動のBGMとして機能した。
――ポップス界のスターが、今回こぞって、反トランプを打ち出した。でも、彼の当選を阻めなかった。ポップミュージックの影響力が低下しているのでしょうか?
僕は、音楽とか映画といった文化コンテンツの、リアルポリティクスの場における影響力は過大評価しないほうがいいと考えています。
すごく、意地悪な言い方をすると、今回の選挙は、ジェンダーや人種問題に、東西両海岸のエリート白人層がコミットするという、そのぬるいリベラルなコミュニティーが、『ポスト・トゥルース』『反ポリコレ』といったものの前に、木っ端みじんにされた。
こういう深刻な分断の下で、ミュージシャンやセレブの予定調和なリベラルな発言や行動が果たしてどれほどの力を持つのか、と思うわけです。
――音楽に、対立する側の思想や意見を変容させる万能性を求めても意味がない、と
とはいえ、価値観の似たもの同士が集まるコミュニティー内の連帯感を高める力はあります。
例えば、昨年のグラミー賞でも話題になった、(ラッパーの)ケンドリック・ラマーの『オールライト』が、黒人差別への抗議活動『ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)』のアンセムに位置付けられ、それが海を越えて、ここ日本にも同じリベラルな価値観を持つ人たちの心を震わせた。そういう連帯を強める力はあると思います。
もちろん、こうした共鳴は、自分にとって聞き心地のいい意見や情報にだけ共鳴する「エコーチェンバー化」と表裏一体ではあるのですが……。
――2月にあるグラミー賞受賞式のステージでも何かが起きそうです
いずれにしても、今回トランプ大統領の登場で、2017年の音楽シーンは、反トランプという形で、連帯を強める現象が目につくのかもしれません。
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