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【プロが解説】「エリートは敵」のポピュリズム、世界が警戒する弊害
トランプ大統領や日本の選挙に関するニュースなどでよく聞く「ポピュリズム」という言葉。どんな意味なのでしょうか。エリートを「敵」と認定するその姿勢に、世界的に批判・警戒も広がっています。専門家にわかりやすく解説してもらいました。
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トランプ大統領や日本の選挙に関するニュースなどでよく聞く「ポピュリズム」という言葉。どんな意味なのでしょうか。エリートを「敵」と認定するその姿勢に、世界的に批判・警戒も広がっています。専門家にわかりやすく解説してもらいました。
2016年は、欧米の選挙で「まさか」の結果が続きました。英国のEU離脱に、米大統領選のトランプ氏勝利。選挙のたびに耳にした言葉が「ポピュリズム」です。そもそも「ポピュリズム」って何が悪いの? 日本に置き換えると、どんな人? 欧州政治の専門家で北海道大教授の遠藤乾さんに、解説してもらいました。(構成 朝日新聞国際報道部記者・高久潤)
―そもそもポピュリズムって何ですか?
【遠藤さん】
エリートではなく、民衆の意見や選好をもとに政治を行う考え方。客観的に定義することは難しいのですが、私はよく、そう説明しています。
ポイントは、①民衆と②エリートを二つに分けて、善悪をつけるところ。つまり、①の民衆は「純粋で普通な人」、②のエリートは「得をしていて腐敗している人」と位置付けるのです。
この図式にいろんな社会の問題が当てはめられていきます。例えばEU、金融権力、ワシントン……といった言葉は「エリート」をイメージさせる。ポピュリズムの図式においては、「民衆」のためにはならない「敵」とされるわけです。
――民衆の意見をもとにした政治って言われると、良いことのような気も。民主主義と何が違うのでしょうか?
【遠藤さん】
ポピュリズムは実際、民主主義と重なる部分がかなりありますよ。ただ民主主義では、民衆の意見を取りまとめて統治につなげていく段階で、「エリート」が必要になっていく。ポピュリズムでは民衆とエリートを区別し、「エリート」は社会の外部に位置づけられる悪い存在・いらない存在ということになります。
まとめると、エリート=得をして不正をしている人で、社会の外部にいる悪い存在、いらない存在、ということになります。
ポピュリズムは何より、敵をつくるのが特徴です。その矛先は直接「エリート」に向かうこともあれば、「エリートが導入したことで民衆を脅かす存在」として、例えば「移民」や「自由貿易」などが攻撃の対象とされます。
――すると、良くないことに思えてきます。ポピュリズムと対立する価値観はあるのですか?
【遠藤さん】
「リベラリズム」です。いろんな意味が含まれますが、基本として、異なるものを平等に扱うということがあります。
例えば、生まれ育ってきた背景や性別、エスニシティや人種などが違っても、平等に扱われるべきであるという考え方です。
先ほどお話しした民衆とエリートの図式で誰を「民衆」に含めるのか、という問題ですが、ポピュリズムはそこに「白人」「○○(国名)固有の人々」「キリスト教徒」といった言葉を入れて、その内部での連帯感を高めていきます。コインの表裏ですが、その外部は排撃対象になっていく。
「同じ」とされた人たちだけが平等に扱われ、異なるとされた人たちは攻撃されていくとき、民衆/エリート図式は、スローガン的に使われることになるのです。
――ポピュリズムは右派の思想なのですか?
【遠藤さん】
教科書的に言えば、イデオロギー上は右も左もありません。左のポピュリズムも成立します。例えば民衆のための政治という観点から、格差是正を訴え、リベラルな方向でポピュリスティックな運動をしていくことはあります。
例えば最近だと、米国大統領選の民主党の予備選を戦ったサンダース氏の運動はそうでした。ホワイトハウス(政治の中心)やウォールストリート(金融街)のエリートは批判していましたが、排外主義的な方向は明らかに避けていた。
その意味で、ポピュリズムは一概に良いとか、悪いとか言える概念ではありません。見分ける上での一つのポイントは、民衆/エリート図式を使って敵をつくると、どうしてもおろそかになってしまうリベラリズムへの感覚を維持できるか、ということが重要になってくると私は思っています。
――ポピュリストというと、最近は米国の次期大統領に選ばれたトランプ氏がそう呼ばれていました。トランプ的ポピュリズム=トランピズム、なんて造語も出現。欧米各国のポピュリストと呼ばれる政治家の特徴を教えてください。
【遠藤さん】
特徴はなんと言っても、「本音」主義。米国大統領選のさなか、民主党のヒラリー候補を名指しして、「Nasty Woman(嫌な女)」と言い放ちました。そう思っていたとしても、公には口にしないのが普通。それをあえて口にすることで、「反発する人」と「溜飲を下げる人」の対立図式を作る。
日本で言うと、橋下徹・元大阪市長がそういう手法をよく使っていました。例えば、沖縄の米兵の性犯罪を防ぐため、「性風俗の活用」に言及して紛糾したことがありましたね。「誰も言えない本音を私は言うぞ!」という姿勢を打ち出すことで、旧来の政治家ができないことを「できる」と強調してみせる。
ただ手法は似ていても、訴える政策の方向性はずいぶんと違います。トランプ氏は企業減税+公共事業で、職を生み出そうというのがメイン。一方橋下氏は、統治機構改革が中心でした。既得権益層を攻撃すると言っても、政治家の資質や国を取り巻く状況によって、そのアプローチは変わってきます。
――英国の欧州連合からの離脱を問う国民投票で、離脱派の「仕掛け人」として注目されたのが英国独立党のナイジェル・ファラージ前党首。人を食ったような話しぶりや表情の豊かさで「キャラだち」していました。国民投票のキャンペーンでは、英国がEUに支払ってきた巨額の負担金が離脱することで戻ってくると主張。そのお金を国民保健サービスにあてよう、とEUを罵倒しながら力説しました。しかし、離脱が決まった国民投票の翌日には、「過ちだった」と撤回。そのなりふり構わない適当っぷりは批判を浴びました。
【遠藤さん】
一言で評するなら無責任な道化師。今回に限らず、場当たり的にテレビ受けする発言を繰り返しながら、ある種の愛嬌で政治家としての人気を維持し続けている。
EU否定論者なのに、彼自身はいま(EUの)欧州議会の議員で、EUからずっとその手当を受けとっている。でもそんなのおかまいなしです。「愛されキャラ」ともいうべき存在感が似ている日本の政治家を挙げるなら、(ポピュリストかどうかは脇に置きますが)横山ノック元大阪府知事、東国原英夫元宮崎県知事でしょうか。
――2016年12月、イタリアではレンツィ前首相が、自身の進退をかけて憲法改正をめぐる国民投票に臨みました(結果は否決)。そのとき反レンツィの急先鋒として存在感を発揮したのが、「五つ星運動」という政党でした。既存の政党が政治をゆがめていると訴える一方、グローバリズムやEUのあり方を厳しく非難して人気を集めています。「五つ星」という言葉は2009年に政党ができた際に、水、環境、交通、ネット社会、発展という五つの大きな政策を打ち出したことに由来します。この政党をつくったのが、お笑い芸人のベッペ・グリッロ氏。もともとはブログで政策について意見を述べたり、不正を告発したりしていたのですが、やがて政党を立ち上げるまでに。今ではローマ市長やトリノ市長も、この政党から誕生しています。
【遠藤さん】
「五つ星運動」は、すでに国政でも地方議会でも多くの議席を持っていますが、それでも権力におもねらず、EUやグローバリズムの批判を続けています。
政権をうかがう勢力にもかかわらず、徹底した反権力、草の根主義が特徴。その徹底した批判が人々の心をつかみ、喝采されている。もしも日本で、ビートたけしさんが政治に本気で関わることを決めて運動を始めたら、こんなふうになるような気がします。
――2017年4、5月のフランス大統領選で注目を集めているのが、右翼「国民戦線」。一連のテロや経済政策の失敗で政権与党の左派社会党が停滞する中、既存の右派政党と、国民戦線の大統領候補の争いになるのではないかと言われています。その国民戦線の党首がマリーヌ・ルペン氏。国民戦線はルペン氏の父・ジャンマリ・ルペン氏がつくった政党ですが、「(ガス室によるユダヤ人虐殺は)ささいなことだ」などと繰り返し発言する父とは一線を画し、ソフト路線に転換。反移民、反EUを訴える一方、「民衆の、民衆のための、民衆による政治は私の目指す道」と、ポピュリストであることを自任しています。父の時代は「キワモノ」の極右政党と見られていた国民戦線ですが、今ではなんと、世論調査で1位になることも。
【遠藤さん】
同じポピュリストでも、トランプ氏らの「本音」主義とはまったく違います。
反イスラム教も反移民も「本音」ですが、むき出しの差別意識を前面に押しだすのではなく、フランスの共和主義の理屈で正当化しようとする。政治と宗教の区別や男女平等という、イスラム教が西洋の自由主義とぶつかる問題を強調することで、自分たちはフランスの伝統を守るのだ、というスタンスを取ります。
聞いている人の溜飲を下げるだけではなく、洗練されたロジックで、より普遍的な分、次のトランプ氏になるかは別にして個人的には最も危険なポピュリストだと思います。日本にはいないタイプのポピュリストです。
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遠藤乾(えんどう・けん)1966年生まれ。博士(政治学、オックスフォード大)。著書に「欧州複合危機」「統合の終焉」など。
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