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2015年08月21日

高田みづえが30年ぶり生歌 「あの時のまま」歌声に称賛の嵐

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現役時代の高田みづえさん=1984年11月27日撮影

現役時代の高田みづえさん=1984年11月27日撮影

出典: 朝日新聞


 結婚のため芸能界を引退していた高田みづえさんが今月8日、「第47回思い出のメロディー」(NHK)に出演。30年ぶりとなる生放送の歌番組で、デビュー曲「硝子坂」とヒット曲「私はピアノ」を披露しました。NHKホールのステージは、1984年末の紅白歌合戦以来31年ぶり。ご本人は「緊張でどうにかなりそうです」と言っていましたが、多忙なおかみさん業をものともしない往年のままの歌声で、視聴者を魅了しました。ネット上では「抜群の歌唱力」「あれだけの歌声はすごい」など、放送終了後も、その歌声のみずみずしさに驚きの声が寄せられています。


 元歌手の高田みづえ(55)が8日、生放送のNHK音楽番組「第47回思い出のメロディー」に出演し、85年6月のフジテレビ系「夜のヒットスタジオ」以来30年ぶりに歌番組で歌唱した。

 自身最後のNHK紅白歌合戦出演となった84年以来31年ぶりにNHKホールのステージ。デビュー曲「硝子坂」と大ヒット曲「私はピアノ」を披露。高田は1曲目の「硝子坂」を歌い終えると「緊張でどうにかなりそうです」と語った。

 76年にオーディション番組でグランドチャンピオンになり、歌手デビュー。「硝子坂」「だけど…」「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」など数々のヒット曲を出し、紅白歌合戦に7回出場した。85年9月に人気力士、若嶋津(現二所ノ関親方)との結婚を機に芸能界を引退。相撲部屋のおかみさんとして親方や力士をサポートしている。

出典:高田みづえ「緊張」の2曲、30年ぶり歌番組出演 - 芸能 : 日刊スポーツ

「うわー!30年ぶり?でこれだけの声」

 久々の登場でしたが、その歌声は全く衰えていませんでした。現役時代と変わらないパフォーマンスに、ツイッターでは「これだけの声と歌唱力維持してるのすごいすごい」「30数年ぶりであれだけの歌声はすごい」「抜群の歌唱力ですね(^^)」など、称賛の声が相次ぎました。

 投稿は番組終了後も続いており、録画していた番組を見た人が毎日のように、高田さんの歌声をたたえる状態になっています。




バツグンの歌唱力とお笑いのセンス

 高田さんは77年、「硝子坂」で歌手デビュー。いわゆる「かわい子ちゃんアイドル」とは違う、バツグンの歌唱力とお笑いのセンスを持ったアイドル――そんな存在でした。
 「カックラキン大放送」(日本テレビ)とか、懐かしいなあ……。

高田みづえさん=1984年10月

高田みづえさん=1984年10月

出典: 朝日新聞

80年代に人気だった、芸能人の結婚式テレビ中継

 85年、当時「南海の黒ヒョウ」と呼ばれ人気力士だった若嶋津関(現・二所ノ関親方)と結婚し、芸能界を引退。同年9月の結婚式はテレビ中継され、視聴率は30%を越えました。
 最近あまり見ませんが、あのころは芸能人の結婚式テレビ中継をよく見た気がします。

披露宴でケーキにナイフを入れる新郎・若嶋津と新婦で元歌手の高田みづえさん=1985年9月27日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ

披露宴でケーキにナイフを入れる新郎・若嶋津と新婦で元歌手の高田みづえさん=1985年9月27日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ

出典: 朝日新聞

 80年代にあった主な芸能人の結婚式テレビ中継は、こんな感じでした。

 挙式日      カップル       挙式  TV局 視聴率
                     総額      (%)   
 80.11.19 三浦友和・山口百恵  2億   フジ 30.3
 85. 6.24 神田正輝・松田聖子  2億   朝日 34.9
 85. 9.27 若嶋津・高田みづえ  1億   朝日 30.2
 86.10. 1 森進一・森昌子    3億   日本 45.3
 87. 6.12 郷ひろみ・二谷友里恵 3.5億 フジ 47.6
 87.10.14 渡辺徹・榊原郁恵   3億   日本 40.1

※朝日新聞1988年5月6日 夕刊から

「おかみさん」として

 87年に若嶋津関が現役を引退。高田さんはおかみさんとして部屋を支えます。積極的にメディアに露出することはなく、しかし、おかみさんとしてテレビに出演したり記事になったり……またかつてのヒット曲で「歌手・高田みづえ」としては忘れられることもなく、30年が経過したのでした。

夫婦で=2006年9月5日

夫婦で=2006年9月5日

出典: 朝日新聞

 これはおかみさんとしての奮闘ぶりを紹介する、当時の記事です(一部省略)。

■「おかみさん」序ノ口だけど 元歌手・高田みづえさん奮闘中

 「いまの私には、母親代わりは無理。だから勝てばいっしょに喜び、くじけそうなときはいっしょに悩んだり。お姉さんにはなれると思うから」
 新弟子の大半は、中学卒業と同時に入門する。それまでの親元での生活から一転して、厳しい勝負の世界へ。相撲部屋は先輩-後輩の厳格な序列があるタテ社会。体は大きくても、15歳といえばまだ子どもだ。ホームシックで布団をぬらす新弟子も珍しくない。そんなときに、うれしいのが、おかみさんの親身なひとことだ。

 みづえさんも『入門』の経験がある。生まれは鹿児島県揖宿郡頴娃町(えいちょう)。中学3年の時、民放主催ののど自慢大会でレコード会社の目にとまり、卒業と同時に上京。所属事務所の社長宅に住み込んだ。
 初めて親元を離れ、心細かった。だが、社長夫人が顔を合わせるたびに声をかけてくれた。それが支えになった。「誕生会」や「クリスマスパーティー」を開いてもらったこともうれしかった。

 いま、この経験が生きる。「最近の子どもには、誕生会など珍しくないと思っていたけど、大きなケーキを買ってくると、目をキラキラさせて喜んでくれる」。誕生日のケーキにはメッセージも添える。勝てずに悩んでいる力士には「あなたの涙は見たくない。笑顔を見せて」と、さりげなく励ます。

 部屋開きは90年2月。初めてけいこを見た。ショックを受けたのが「また割り」。体に柔軟性をつけるために足を強引に180度開かせる。体の硬い新弟子は激痛に悲鳴をあげる。「『親が見たら連れて帰りたくなる』と聞いていたけど、親でなくても『もうやめさせて』といいたくなる」
 しかし、そんな新弟子が1年もたつと、体がぐんと大きくなり、まげも結えるようになる。この成長ぶりを見ると「つい、うちの子はカッコいいな、と思う。身びいきかしら」。

 幼稚園児の長男勝信ちゃん(5つ)、長女愛里ちゃん(3つ)のお母さんは、1人3役をこなして、いつも明るい表情だ。

(1992年3月6日 朝日新聞夕刊)

母娘でテレビ共演も

 この記事にある2人のお子さんである勝信さん・愛里さんは、二人とも芸能界入りしました。兄の勝信さんは引退されたようですが、愛里さんは「アイリ」としてモデルや舞台女優として活動しています。似てますね!
 先日は母娘そろってテレビ出演もしています。


世紀のカップル、ツーショット集 百恵と友和 紀香と陣内…
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披露宴前の記者会見で、花嫁姿のままの百恵さんと、新郎の三浦友和さん=1980年11月
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出典:朝日新聞
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