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菅原文太さん死去 ヤクザ映画で頭角、農園経営で反骨の発言続ける
菅原文太さんが11月28日に死去したことが1日、分かった。81歳だった。菅原さんは俳優として活躍しながら、農園経営の経験に根ざした反骨の発言を続けていた。
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菅原文太さんが11月28日に死去したことが1日、分かった。81歳だった。菅原さんは俳優として活躍しながら、農園経営の経験に根ざした反骨の発言を続けていた。
俳優の菅原文太さんが亡くなった。
菅原さんは1933年、仙台市生まれ。早大中退後に俳優デビューした。
脇役が続いたが、東映移籍後、深作欣二監督の、実際の暴力団抗争を題材にしたヤクザ映画「仁義なき戦い」シリーズの主演で脚光を浴びた。
ただ、コワモテのイメージとは裏腹に、温厚な性格の読書家だった。
仙台で過ごした少年時代は小説と映画にふけった。
「本棚から、ヘルマン・ヘッセや、トーマス・マンや国木田独歩なんかを引っ張り出して読んでた」
「仙台一高時代は、週2、3回は通ったね。映画に行けば5時間ぐらいつぶせるだろ。仙台に名画座があって2本立てで20円ぐらいだったかな。ジャン・ギャバンの「望郷」とか、ルネ・クレールの「自由を我等(われら)に」とか、マルセル・カルネの「霧の波止場」とか、フランスの名画はほとんど見尽くしたよ」(2013年1月22日朝日新聞)
近年は、山梨県北杜市で、無農薬にこだわった野菜作りを実践。2012年には国民運動グループ「いのちの党」を結成し、発言を続けてきた。
09年、「竜土自然農園 おひさまの里」を開き代表に就くと、地元企業から雑穀やビールのかすをもらい土をつくるところから手がけ、野菜を生産。「江戸時代のの農業のほうが循環型ではるかに無駄がない。国や農協が作った今の農業は循環型に戻さなければ」との思いからだった。
一方、安倍政権が掲げる地方創生のスローガンには「人気取りだろう。国策にろくなものはない。国民はもっと疑った方がいい。地方創生に踊らされるな。東日本大震災の後、仮設住宅に約10万人がまだいて、自殺者も多い」と批判。
集団的自衛権の行使容認についても、「海外の戦場に派遣できるようにして、自衛隊員に「死ぬ覚悟」を政治家が言い出しているが、自分は戦争に行くのか。国民一人ひとりは主権者、納税者の意識を持つべきだ」と警鐘を鳴らしていた(2014年10月15日朝日新聞)。