お金と仕事
徳大寺有恒さんが自動車評論の「巨匠」と呼ばれた理由
11月7日に亡くなった、自動車評論家の徳大寺有恒さん。後に続く自動車評論家たちにとってお手本であり続けたのは、メーカー側におもねらず、消費者を最優先に考える姿勢だった。
お金と仕事
11月7日に亡くなった、自動車評論家の徳大寺有恒さん。後に続く自動車評論家たちにとってお手本であり続けたのは、メーカー側におもねらず、消費者を最優先に考える姿勢だった。
11月7日に亡くなった、自動車評論家の徳大寺有恒さん。自動車メディアからは「巨匠」と、敬愛を込めて呼ばれていた。後に続く自動車評論家たちにとってお手本であり続けたのは、メーカー側におもねらず、消費者を最優先に考える姿勢だった。
1976年に刊行された「間違いだらけのクルマ選び」(草思社)のシリーズ第1作で、彼が最も高く評価したのは、フォルクスワーゲン・ゴルフだった。高い剛性のスクエアなボディーで居住性を確保しつつ、優れた直進安定性を実現。長時間ドライブしても疲れないシートや、キビキビ走る低燃費ディーゼルエンジンなど、質実剛健ぶりをベタ褒め。
かたや、手頃な価格で多く売れていたライバルの国産車に対しては、「見せかけだけの新しさ」「俗悪趣味」といった手厳しい言葉が並んだ。うわべの目新しさにとらわれ、安全性や快適性をおろそかにする国内メーカーの、短いモデルサイクルごとに買い替えさせようとする安直な姿勢を叱った。
メーカー側にこびない態度から、苦労も多かった。
覆面ライターとして書いた「間違いだらけのクルマ選び」を当時、週刊朝日が取り上げ、徳大寺さんのインタビューとともに紹介した。
記事を担当し、のちに朝日ソノラマ社長を務めた飯田隆氏は、06年の「最終版 間違いだらけのクルマ選び」刊行に寄せた回顧の中で、「当時聞いた話では、新車の試乗記をよく載せる男性週刊誌に、この本の広告掲載を申し込んだところ、断られてしまったのだという。また、『著者に会って取材したい』という別の週刊誌からの話も、途中で立ち消えになってしまったそうで、自動車メーカーのカベをひしひしと感じていたようだ」と明かしている。
田中康夫氏や浅田彰氏を執筆陣に招き、文化批評を売りにした異色の自動車雑誌「NAVI」(二玄社、現在は休刊)。後輩ライターたちとの茶目っ気たっぷりの掛け合いが名物だった徳大寺さんの記事も、もちろん欠かせない存在だった。
編集長だった鈴木正文氏は、「クルマは個人生活のなかで大きな位置を占めるばかりか、社会全体にとっても環境や都市の成り立ちにただならぬ影響を与える存在」だとしたうえで、「日本車は機械としてどこがダメなのかを遠慮なく批判しながら、それにとどまらず、そんなダメ自動車をつくったメーカーや日本社会の風土にも切り込んでいく」と、徳大寺さんの姿勢を評していた(97年1月18日、朝日新聞夕刊)。
そんな気骨を、徳大寺さんは身をもって実践した。
国内自動車雑誌が主宰する、その年の最も優れたクルマを表彰する「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員を長く務めたが、「メーカーが販売促進のため、現ナマ攻勢などで賞取りに狂奔するのにはもう、うんざり」と、毎年の賞レースを批判。90年代に選考委員を降りている。
2000年、三菱自動車の長年にわたるリコール隠しが発覚した際には、厳しい口調でメーカーの怠慢を指弾した。
「車に乗ってハッとした時に急ブレーキを踏んで、1、2秒でも反応がなければ、大変な恐怖にとらわれるだろう。三菱はそんな車を売っていたんだ。人の命を扱う仕事であるという自覚が、組織全体になかったということが明るみに出たわけで、自動車メーカーの基本が欠落していたと言わざるをえない」
一方で、英国流ダンディズムをこよなく愛し、ファッション誌に寄稿。大人の文化としてのクルマを語る洒脱さも忘れなかった。
07年秋、日産「GT―R」やレクサス「IS F」など、新車価格が1千万円に届く高級スポーツカーが相次ぎ登場。若者のクルマ離れを食い止めるべく、割安で手頃なクルマの投入にもっと力を入れるべきだ、という声もあった。
それに対して徳大寺さんは、「最近、休みの日にジャケットを着こなすなど、おしゃれな大人が増えている。そうした目の利く大人が選んだ車が街に増えていけば、若者たちも『一生懸命稼いで、いつかはこうした車を持ちたい』と思うかもしれない。パソコンや携帯に興味がある若者に、車の楽しさをアピールするきっかけになるかもしれないという点で、今回のメーカーの戦略は評価できる」と、逆にメーカー側を擁護した。
そして、高級スポーツカーのような「異性にモテるクルマ」の存在意義を、こんなふうに説いた。
「メーカーには、もう一つ注文がある。男性が女性を、女性が男性を意識するのは、いつの時代も変わらないことだ。そこに自動車がどう介入できるのか、もう一度、真剣に向き合ってはどうか。スポーツカーやスポーティーな車が果たす役割の一つは、そこにあると思う」