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2014年10月14日

フィギュア高橋引退 長光コーチが語る「大げんか、プチ家出、号泣」

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ソチ五輪で、ショートプログラム(SP)の演技後、得点の発表を待つ高橋大輔と長光歌子コーチ=飯塚晋一撮影

ソチ五輪で、ショートプログラム(SP)の演技後、得点の発表を待つ高橋大輔と長光歌子コーチ=飯塚晋一撮影

出典: 朝日新聞

フィギュアスケート男子の高橋大輔(28)=関大大学院=が現役引退を表明した。彼をトップスケーターに育てた長光歌子コーチ(63)の最近の講演録から、これまでの二人三脚の道のりを振り返る。
 長光氏は関大アイススケート部コーチで、日本フィギュアスケーティングインストラクター協会理事。講演は9月4日に東京・新宿で開かれた。自らの人生の転機となった1972年の札幌冬季五輪、根底にある指導哲学、「優しすぎる性格」の高橋を世界レベルまで導いた秘訣(ひけつ)とは――。
(聞き手・朝日新聞スポーツ部 後藤太輔)


バンクーバー五輪で日本男子初のメダル獲得。中央は金メダルのライサチェク(米)、左は銀メダルのプルシェンコ(ロシア)=2010年2月18日、上田幸一撮影

バンクーバー五輪で日本男子初のメダル獲得。中央は金メダルのライサチェク(米)、左は銀メダルのプルシェンコ(ロシア)=2010年2月18日、上田幸一撮影

出典: 朝日新聞

海外選手の演技にショック受け、コーチの道に

 ――そもそもフィギュアスケートのコーチとはどのようなものですか。

 「全ての選手が日本代表になれるわけではない。挫折してやめたり、ある程度の時点で現役を終えたりする選手もいる。私は、(フィギュアスケートを習うことは)社会に出る前の小さな疑似体験だと思っています。理不尽なこと、努力してかなえられないことや、かなってうれしいこと、色んなことを体験して、社会に出たときに強い人間になってくれるとうれしいです」

 ――心構えとして選手に伝えていることは?

 「採点競技なので自分1人ではできない。色んな人に助けてもらいます。また、世界に出れば日本人の信用を担うんだということはしっかりと教えてあげたい。

――スポーツ選手は優れた外交官になれるという話を聞いたことがあります。その立ち振る舞いを世界の人が見て、日本人のイメージが作られることもあります。

 「そうですね。高橋選手には、最初に海外に出たときに、とにかく日本人として恥ずかしくないようなマナーについて口やかましく言いました。『先生からは、あまりスケートのことを教わった記憶はないけど、そういう所はうるさかったな』とよく言っていっています。空港の手荷物返却台で日本選手団の荷物が来たら誰のものでもいいからとにかく男が取って集めなさいとか、ドアは開けて女性を通しなさいとか、テーブルマナーであるとか、よく言いました。高橋選手は、よく言いつけを守っていましたね」(会場笑い)

 ――高橋選手と言えばステップというイメージがある。良いステップとは?

 「楽な動きで、ターンをする度にスピードが上がり、前後のカーブが奇麗な弧を描く。それと滑らかさ、ひざの柔らかさです」

ソチ五輪、男子フリーで演技をする高橋大輔=2014年2月14日、川村直子撮影

ソチ五輪、男子フリーで演技をする高橋大輔=2014年2月14日、川村直子撮影

出典: 朝日新聞

 ――そもそも、なぜコーチの道に?

 「大学3年生を終了したときに中退を決意しました。その頃、札幌五輪(1972年)があり、そこで見た男子の選手の練習が楽しくて、楽しくて。個性的で多士済々。そのころ、男子は手のひらを下に向け、氷と平行にして滑りなさいと言われていた。手をぷらぷらしていると『何ぷらぷらさせているのか』と怒られる。しかし、札幌五輪で見た海外の選手は、本当に自由自在に踊っていて、ショックを受けました」

 ――印象に残っている選手は。

 「カナダのトーラー・クランストンさん、イギリスのジョン・カリーさん。その次の五輪ではロビン・カズンズさんが、本当に素晴らしかった」
 「(トーラー・クランストンの映像を見て)彼は画家さんです。本当のアーティストなんですね」
 「(ロビン・カズンズの映像を見て)この場にいて生で見たんですけど、若くすごい選手が出てきたなと思いました。スピン体の線の美しさにびっくりしました」
 「(ジョン・カリーの映像を見て)大輔のロングプログラム(フリー)を振り付けしたローリー・ニコルさんが大輔に『彼のスケートを見なさい。こんな風に滑りなさい』と言っていました。エッジの正確さとスケートのコントロール。同じスピードのまま図形を描きながら滑っていく。大輔もびっくりしていました。一蹴りでスピードが落ちずにスーッと滑っていきます」

 ――彼らの演技を見たことで、コーチになろうと決意した。

 「そう。男の人のほうが体力、スピードがある。それを生かしたステップができる。こんな魅力的な選手を育てたいなと思いました」

笑顔を見せながら指導者としての歩みを振り返る長光歌子コーチ

笑顔を見せながら指導者としての歩みを振り返る長光歌子コーチ

出典:朝日新聞デジタル

 ――コーチになってどんな選手を育ててきましたか。

 「中学生だった選手が全日本ジュニアで優勝してくれた。当時としては凝った振り付けをして試合に出したら、年配のジャッジの方に『なんで男にちゃらちゃら踊らすねん』と、言われました」

 ――今では当然、踊らなければ勝てません。

 「そうですね。こうなってしかるべきと思っていましたので、いい時代が来たなと思います」

 ――そういう時代を高橋選手も担った。

 「彼はまた特別。踊りというか滑りというか表現というか。それまでにあまり見たことがないスケーターでした」

長光歌子コーチを招いて開催された朝日カルチャーセンターの講座「フィギュアスケートの世界」

長光歌子コーチを招いて開催された朝日カルチャーセンターの講座「フィギュアスケートの世界」

出典:朝日新聞デジタル

「目の澄んだ、かわいい少年」

 「中学2年生で目の澄んだ、かわいい少年でした。夏休み、仙台の(本田武史や鈴木明子を指導した)長久保裕先生のところで合宿がありました。長久保先生、(元世界選手権銅メダリストの)佐野稔先生にプログラムを作ってもらうためでした。岡山にいい子がいるとは聞いていた。実際に見てみると、一滑りが延びていい滑りをするんだなと思った」
 ――みなさん、同じような評価でしたか。

「当時、3回転ジャンプはサルコーとトーの2種類しかできなくて、佐野先生と長久保先生は『これで全日本どうやって戦うんだ』と心配なさっていました」

 ――踊りの面では?

 「私ひとりで喜んでたんやと思います」(会場笑い)「すごい子やな、と。周りの先生も期待しているようでしたけど、このジャンプ二つじゃ戦えないぞという評価でした」

 ――最初は長久保先生と佐野先生が指導するはずだったんでしょうか。

 「そうです。佐野先生に振り付けをお願いしていたんですが、佐野先生がテレビのお仕事で東京に行くことになって。そこで急きょ私が。(フリーの曲は)ワルソー・コンチェルトという私の大好きなピアノ曲。でも相手は中学2年生で、しかも子どもっぽい。『先生これ、無理ですよ。もうちょっと子どもらしくしたらどうですか』と長久保先生に言われましたが、編曲する時間もないし、とりあえずこれでいきましょうと始めたんですけど、びっくりしたんです。色んな選手を振り付けましたが、10言ったら2、3できればいいほう。しかし彼は、私が10言ったらその2倍も3倍もうまい。雰囲気を出す。あっという間にプログラムができて、最後のフィニッシュのポーズを作るときに、『ああ、もう終わっちゃう。残念だな』と思ったんです。それと同じことを、この間(ソチ五輪のフリーを振り付けた)ローリーさんが言っていました。『最後のポーズ、何だか寂しくなる』と言っていたんです」

 ――いつまでも見ていたい、と。

 「本当にすごく楽しかったです」「その後、1回ショートプログラム(SP)を見せてと言ったら、『ない』って言うので、(高橋選手の出身地の岡山県)倉敷市だったら(長光コーチのいる)大阪は近いから、週末にいらっしゃいと言って、急きょSPを作ったんです」

全日本選手権のエキシビションのフィナーレでは浅田真央選手と一緒にダンス=2009年12月28日、大阪府門真市のなみはやドーム、飯塚晋一撮影

全日本選手権のエキシビションのフィナーレでは浅田真央選手と一緒にダンス=2009年12月28日、大阪府門真市のなみはやドーム、飯塚晋一撮影

出典: 朝日新聞

「強いアスリート像」とは真逆

 ――高橋選手の家庭も経済的に余裕があったわけではなかったそうですから、大阪なら交通費を抑えられますね。

 「新幹線は使わず、在来線で来ていました。帰りは大阪駅から新快速に乗って帰るんですけど、すごく並んでいて混んでいたので、『少し待って列の前に並び、次の列車で座って帰れば』と勧めました。練習してふらふらで、高槻市のリンクから大阪駅まで私の車の後部座席でガーガー寝てるんです。もう、よだれ垂らす勢いで」(会場笑い)

 「プラットホームの一番前で待っていたんですが、列車が来てドアが開いたら、後ろのおばさまたちに『どうぞどうぞ』と譲って、結局自分は立って帰るんです」(会場笑い)「今もあのままです」

 ――アスリートとしては優しすぎるのではと言われます。

 「そうですね。そこで疲れをとって寝て帰るという考えはないんです」

 ――当初はその性格をどう思いましたか。

 「いい性格の子だなと思いましたけど、海外の試合に行って公式練習でライバルがいいジャンプを跳ぶと、拍手してるんですよ(会場笑い)。どうなるんだろうとは思いましたけど」

 ――強いアスリート像とは真逆の選手をどう育てようとしたのでしょうか。

 「本当に自己評価が低い。『僕なんて駄目です駄目です』と言い続けるので、怒ったらぺちゃんこにつぶれちゃうかもしれないので、あまり怒れなかったですね。いいところを褒めて。本当はもう少し厳しくした方が良かったかと考えたんですが、そうしていたら早くに辞めちゃっていたかもしれませんね」

 ――今までの先生の指導の手法と変えたのでしょうか。
 
「そうなんです。先日も昔の教え子が集まってくれて、『先生、本当に詐欺ですよ』と」

 ――詐欺とは?

 「私、厳しかったんです。昔の選手は私のコートがガサって言うとみんなピキーンと固まるくらいだった」(会場笑い)

 ――長光先生の今の姿からは想像できない。

 「そうですか? こないだのパーティーで、昔の選手から今の選手まで集まったが、最近の選手は昔の話を聞いて『えーっ』てなっていました。本当に(怒らないようにすることで)自己研鑽しました」

米で初優勝を果たした時の演技=2005年10月21日、アトランティックシティー、藤脇正真

米で初優勝を果たした時の演技=2005年10月21日、アトランティックシティー、藤脇正真

出典: 朝日新聞

モロゾフコーチ「3番で満足するな」

 ――チームを組んで高橋選手を支えてきました。

 「(高橋選手が)愚痴をこぼして素の弱さを一番見せていたのは、渡部トレーナーさんだったと思います」

 ――モロゾフコーチの役割は?

 「ニコライは大輔には欠かせない人だったと思います。自己評価を高めてくれたのは彼です。ニコライコーチについてもらったシーズンのGPファイナルで、銅メダルを獲得しました。日本人で初めてです。トリノ五輪前の2005年ですね。日本人(の男子)で初めて(表彰)台に乗ったので、私と大輔は満足なんです。するとニコライに、『おまえは満足してるだろう』と言われて、大輔も『もちろん』みたいな態度をとると、そこですごく叱られたんですね。『3番で満足するな。おまえはかならずトップになれる』と。私もびっくりしたけど、いいときにいいリードをしてくれました」

 ――高橋選手の成長はファンのみなさんの力も大きかったのでは?

 「それは本当にこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。どこの会場でも彼への声援が大きくて、彼の自信にもつながったでしょう。また、どこの国に行っても日本のファンはマナーが良いし、他の国の選手でも素晴らしい拍手をしていただけます。日本人としてもスケート関係者としてもすごく誇りに思っています」

ソチ五輪で、ショートプログラム(SP)の演技後、得点の発表を待つ高橋大輔と長光歌子コーチ(左)、モロゾフコーチ(右)=飯塚晋一撮影

ソチ五輪で、ショートプログラム(SP)の演技後、得点の発表を待つ高橋大輔と長光歌子コーチ(左)、モロゾフコーチ(右)=飯塚晋一撮影

出典: 朝日新聞

チームを「ゼロ」に

――ソチ五輪を振り返るとどんな思いでしょうか。

 「いやぁ……。いまだに全日本選手権とソチの映像は見られないんです。うん。まあ、その一言ですけど。きっと彼にとって必要な場面だったんだと思います」

 ――ソチ五輪後に話し合いましたか。

 「今季が終わったら、いったんチームはゼロに戻してはどうかという話をし、本人も『そうだね』と言いました」

 ――なぜチームをゼロに?

 「大学の友人は社会人として仕事をどんどんやっているでしょう。でも彼は周りが全部お膳立てしてくれ、スケートだけしかやっていない。自信を持てないことにつながっているのかもしれない。引退後の人生のほうが長いですから、自信をつけるためにも、チームを解体して、自分の力で何かを作り上げることをしたほうがいいのかな、という気がしました」

 ――復帰するかどうかは聞いていますか。

 「時間をかけて答えを出せばいいです。夏にアイスショーを見て、日本でこんなにすてきなショーをたくさんできていることが驚きでも誇りでもあり、こういう在り方も一つの道かなという気はしました。彼はリンク存続や、若手が伸びるためにはどうすればいいかを気にしています。ショーを通じて、リンクの存続や選手のセカンドライフの道を増やすという道もあるのかな、と。これは私の勝手な思いで、彼がどう考えているのかはわかりません」

 ――ただ、男子スケートの人気が出てきたので、高橋選手は競技を続けることのほうが人気を維持し、スケート界のためになるのかもしれないとは言っていました。

 「そうですね。ソチ五輪のシーズン、『成績が悪くなっても、競技の会場に足を運んでくださるファンが少しでも増えるのなら続けてもいいのかな』とはこぼしていました。それも素晴らしいことだし、そうなってくれたらうれしいという気持ちもありましたが、ソチの五輪の前にソチ後も続けるという選択肢を持つことで逃げ道を作っているんじゃないのかと思ったので、『今はそれを口にしないで自分で退路を断ったほうがいいんじゃないか』と言いました」

 ――今は休養中です。

 「世界選手権に初めて臨んだ2003~2004年シーズンの日記を読んでいたんですが、それから10年なんです。走り続けてきました。休ませてあげたほうがいいかなという気になったんです」

ソチ五輪では6位だった=2014年2月13日、川村直子撮影

ソチ五輪では6位だった=2014年2月13日、川村直子撮影

出典: 朝日新聞

「彼のスケートを毎日見られて幸せだった」

 ――高橋選手を指導してきた中で、苦労したことや素晴らしかったことは何ですか。

 「日記を読み直すと、毎日がアップダウンでした。体が動かないねとか、好調だね、とか。でも、彼のスケートを毎日見ていられたというのは本当に、私は幸せだったなと思います。無我夢中でした。何とかこのスケートをみなさんに見ていただいて、表彰台に乗せたいと思っていた。ものすごく苦労したことは、ありすぎたのか、思い出せないです」

 ――指導中、何か大変なことがあったとき、どう対処しましたか。

 「大輔は(関西)大学に入学して都会に来て、大学の友達と一緒に遊びに行くばかりで、いい練習ができなかったので、その時はひどいシーズンでした。そのシーズンに入る前に大げんかをしました。お互いに泣きました。やっと本音で話し合えたと思います。その時、本人も『これしかないんだ』と思って戻ってきてくれました」

 ――どんな言葉をかけましたか。

 「『あなたがどういう演技をして、どんな成績をとっても、私はびくともしないし後ろに立っているから。何があってもびっくりしないから大丈夫だよ』という話をしました」

 ――安心感を持って欲しかったのでしょうか。

 「その時は私もかなり切羽詰まっていました。このままじゃとんでもないことになるぞと」

 ――頭ごなしに叱るよりは、寄り添い受け止めるような言葉をかけられた。

 「ひどい練習をした時に車の中で大声で怒鳴ったことが過去にあって、その時にプチ家出をしたこともありましたから。話し合えたことが大きな分岐点だった。『いつでも辞めてもいいよ』とも言いました。『だけど、やるんだったら私は後ろに立ってるから。どんなに悪くても一緒に立っているよ』とは言いました」

高橋大輔を全体的に指導する長光歌子氏(左)と、ジャンプをメーンに教える本田武史氏(中央)=2010年1月12日、坂上武司撮影

高橋大輔を全体的に指導する長光歌子氏(左)と、ジャンプをメーンに教える本田武史氏(中央)=2010年1月12日、坂上武司撮影

出典: 朝日新聞

「フラメンコで滑って」

――高橋選手にこういう音楽で滑って欲しいというものがありますか。

 「今までアコースティックのギターで滑ったことがないので、一度そういうので滑ってみてよ、と話しました。フラメンコであるとか」

 ――ぜひ見たいです

 「私も見たいです」(会場拍手)

 ――モロゾフコーチはいつも何か言いながら見ていますが(会場笑い)、何を言っているんでしょうか。

 「スピンの時、同じポジション(姿勢)でじっとしてろー、と。私の腕をつかんで見てるので、演技が終わったら痛いくらい」

 ――先生は、高橋選手に怒らないようにすることが自分にとって修行だったと言いましたが、滑りを見ることでそれに耐えられたとも言っていました。

 「そうですね。新しいプログラムを作るときにワクワクするんです。どんな風になっていくんだろうって。そこは幸せな人間だったなって思います」

 ――高橋選手の人間性をどう思いますか。

「初めて会ったときに本当に目が澄んでいて奇麗だなと思いました。純粋でピュアなところが好きなんです。そういう人間性が好きなんです」

 ――競技を続けてくれるでしょうか。

 「そうだとうれしいです。やはり競技のあの緊張感と、その後の解放感がすばらしい。でも、これは私が押しつける問題ではなく、本人が、どうするか。それを待ちたいと思います」

 「みなさんからお手紙やら激励をたくさんいただいてきました。この場を借りてお礼申し上げたいと思います。ありがとうございます」(会場拍手)

長光コーチらと優勝を喜ぶ高橋大輔 フィギュア・GPファイナル=2012年12月8日、飯塚晋一撮影

長光コーチらと優勝を喜ぶ高橋大輔 フィギュア・GPファイナル=2012年12月8日、飯塚晋一撮影

出典: 朝日新聞


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