連載
#13 未来空想新聞
すべての “つまみ”にAIが 指先からつながる未来の形
メディアアーティスト落合陽一さんに聞く2039年の姿
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メディアアーティストで情報学者の落合陽一さんは、自分のアバターを一瞬で編集し「うなずく落合」を生みだした。微妙に動くその様は、言われなければ気づかないほど自然な「うなずき」。自身が提唱する「デジタルヒューマン化」を目の前で実践してみせたその姿は、ある意味、何よりも落合さんらしいとも言える光景でした。2039年、デジタル環境は進化し自然と同じ存在になり、自分と、自分の分身の区別はほとんどつかなくなってくるのではと、落合さんは予想します。「世の中のあらゆるツールの“つまみ”に、AIが入っているのも間違いないでしょうね」
「僕は高校生のころ、音楽家になりたかったんです」
落合陽一さんがその夢をあきらめたのは、「楽典とか音楽理論は勉強してましたが、自分は音感がイマイチなんです。でも、これからの時代なら絶対音楽家を目指すと思いますね」。
なぜなら、途方もない努力や鍛錬を重ねなければ手にできなかった技術や感性といったものが、すべてAIによって解析され、誰もが“つまみ”を回すだけで再現できるようになり、自分のイメージ通りの世界を作り出せるようになるからです。
楽器が弾けなくても音楽を制作することは、パソコンで可能になりましたが、音色やリズムやテンポなど音楽を構成する様々な要素を設定するには、専門的な知識が必要でした。今ではAIが音楽をリアルタイムで自動解析し,アプリ上のつまみを操作するだけで、ボーカルの音だけを抜き出したり、複数の音声を合成したりといったことが直感的にできるようになっています。「瞬時に何十パターンものサンプルを提案してくれるし、人は自分の心地よいものを選んでいく。機械学習によって進化したAIとキュレーションする感性が必要だと思います」
「これまで“人の手”が担ってきた多くのことは、車の自動運転をはじめ機械に置き換わっていくのは間違いない。そうした世界で人間に求められるのは、何をどう選ぶかというDJ的文脈的なセンスや、情報をどう編集するかといったキュレーション力になるでしょうね」
2010年には1割以下だった国内スマホ所有率が、2020年に8割を越えたように、2039年には誰もがそういったクリエーションを普通に使いこなせるようになっているかもしれません。また、あらゆるものがブリコラージュ可能な世界では、オリジナルと引用の境目が溶け合っていきます。「肖像権や著作権といった権利の概念を再定義する必要もあるでしょう」と落合さんは予測します。
また、これまでできなかったことが、AIの力で可能になれば、身体の多様性に基づく困難を解決しやすいと指摘します。例えば自分の分身としてデジタルヒューマンを利用すれば、体を動かせない人や介護が必要な人の活動を大きく拡張することができるでしょう。
筑波大学の落合研究室の学生が2021年に開発した、ろう・難聴者とのコミュニケーションツール「See-Through Captions(シースルーキャプションズ)」もその一例です。音声認識を使ったこのツールは、発話者が発した内容が、専用の透明ディスプレイの画面にリアルタイムで字幕表示されます。言語の設定も自由にできるので、発話者が英語スピーカーでも、字幕は日本語で表示され同時通訳が可能になります。落合さんも海外のフォーラムにオンラインで参加する際に、この機能を重宝しているそうです。
「外国人と会話するために、何年も語学を学ぶ必要がない時代が、もうそこまで来ています。こうしたツールを使えば、効率が100倍くらい違う。言語の壁はなくなり、より深いコミュニケーションができるようになります。」
こうした時代が到来すれば、「努力」することを前提にした社会のあり方も変わるだろうと落合さんは言います。
「今はどんなに努力しても克服できないことを個人に責任を負わせたり、無駄な努力を強いたりする場面も多いけれど、テクノロジーの進化によって努力する意味は変わっていくでしょうね。そうなると人生を左右するのは、時代の巡り合わせや運の良し悪しといった要素になるのかもしれません。世の中がそこを認識すると、むしろ“格差”についてきちんと向き合えるようになるかもしれないですね。つまり機会が与えられないこと選択肢が与えられないことそれ自体を想像し、本質的なものを見抜く“審美眼”を持つことが、大事なのではないでしょうか」