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#14 若者のひとり旅
「旅は追体験できない」〝衝撃〟は現地でしか…ひとり旅発信の女性
「バーチャルで匂いがかげるのか、人に触れるのか……」
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#14 若者のひとり旅
「バーチャルで匂いがかげるのか、人に触れるのか……」
                    インドやタイ、アメリカなど20カ国以上を旅しながら、ローカルフードや穴場スポットを紹介するYouTubeチャンネルを運営する女性がいます。チャンネルの登録者は約7万人で、旅に関心のある若い世代のファンを楽しませています。しかし意外にも、幼少期は旅に縁がなかったそうです。なぜ、旅をしながら発信をするいまの人生にたどり着いたのか、聞きました。
専門学生時代のあんさんはエアライン科に通っていたため、海外の航空会社を含め、様々な研修の機会がありましたが、パッケージツアーのような仕組みで、学費とは別途費用が必要でした。
「仲のいい子はみんな行っていましたが、私は経済的に行けず。そこで『うらやましい』という気持ちになり、旅への欲がマックスになりました」
 
その「マックス」の状態で、初めての海外旅行に行ったのは、専門学校の卒業旅行として友人と二人で行った台湾でした。「当時はチケットも安く、バイトで貯めたお金で行けました」
 
観光雑誌を買い、行きたいところには付箋をし、「ドキドキしていました」。しかし、期待感と同時に感じていたのは、不安でした。
 
当時のネット環境は、使えるギガ数に制限のあるモバイルワイファイを、空港で借りて持ち歩くというもの。国内にいれば、何げない連絡もスマホで取り合えていましたが、海外でのネット環境が不自由になるのは不安材料の一つでした。
 
「旅行中は、ネットを使って調べる場合もありましたが、最小限に留め、使ってはオフにして使ってはオフにして…を繰り返していました」
 
ネット環境以外にも、「自分の英語スキルで本当に旅ができるのか」「ちゃんと電車に乗れるのか」「いい旅ができるのか」――。
 
ただ、台湾に到着し、いざ現地の人とふれあってみると、不安は吹き飛んだといいます。
「現地に行くまでは、ワクワクと、不安が混在していましたが、人とふれあうと、結局人が助けてくれました。『すごい優しいじゃん」って」
その経験を経て、社会人になってからは徐々にひとり旅にも挑戦し始めました。
 
現地の友人とも会わない、まったくの「ひとり旅」は、カンボジアが最初でした。
 
実はその前に、友人と休暇中の旅行先を相談していたときに、「世界ウルルン滞在記」で目にしたカンボジアのアンコールワットをあんさんが提案しましたが、友人は浮かない返事。
 
ならば、と、次の日には自分の分だけチケットをとり、初の海外ひとり旅が決定しました。
番組内でアンコールワットに行ったのは女性だったこともあり、「すごく楽しそうで、自分でも楽しくできると思った」。飛行機に乗っているとき、まだ見ぬアンコールワットを想像するときも、頭には番組で見た景色が浮かんでいたといいます。
 
ひとり旅に踏み出せた心境を聞くと、「自分の好奇心だけで、行けたことが大きい。大切なのはノリと勢いです」。
当初は旅を楽しんでいただけでしたが、2022年からは、YouTubeに旅の様子の動画をアップするようになりました。きっかけは、結婚前の夫からの「YouTubeやってみたら?」の一言でした。
 
以前から動画編集が好きで、旅先での様子は個人的に簡単な記録として残していたそう。
ただ、この一言があってからはカメラも新調し、独学で編集などを学びながら、「発信」する側に。
 
「いったんやってみるか」くらいの気持ちで始めたといいますが、その年の間に収益化も果たしました。とはいえ、それだけで旅をしたり生活をしたりするのは難しく、ITベンチャーの社員としての仕事との、二足のわらじで生計を立てる時期が続きました。
 
そして2年前、3週間ほど滞在したインドの屋台での食事や、そこで出会った人たちとの会話の様子を発信すると、再生回数が伸び続けたといいます。現在では、24万回以上が再生されています。
旅としても「最高の経験でした」と振り返るインドへの旅。
日本では出会えないような人たちと出会ったことが印象的だったといいます。
「しつこく感じるくらいずっと話しかけ続ける人もいたし、鼻の穴にたくさんのハエが詰まったまま、道ばたで寝転がっている女性もいた。しかもその女性の傍らには子どももいて……。日本ではあり得ないような光景をたくさん見て衝撃を受けた」。インドに残るカースト制を現地で感じたとも語ります。
 
「『世界ウルルン滞在記』を見ていても思っていましたが、旅ってきれいなものばかりじゃない。時に過酷なこともあるけれど、旅ってこういうことなんだと思います。きれいなものも、しんどいものもある」
 
ソーシャルメディアを通じてひとり旅の様子が発信されると、動画や画像の豊富さゆえ、旅を追体験しているように感じます。
 
しかしあんさんは、「旅は追体験できない」ときっぱりと言い切ります。
 
「旅は五感を使うものだと思っています。食事でいえば、ソーシャルメディア上で、食べ物の画像を見ることができても、食べて、味やにおいを知ったりできるのが旅だと私は思っています」
 
「バーチャルで匂いがかげるのか、人に触れるのか……。現地に行ってからじゃないとわからないことは絶対にあります」
あんさんが発信をする目的の一つは、旅に出る人にとっての事前の情報収集のため。二つ目は、自分の旅の記録のため。三つ目は、行けない人のため。
 
「完全に旅を楽しめるのは現地に行くことだと思っていますが、視聴者は元気な人ばかりではないと思っています。海外に行けない人も動画から旅を楽しんでほしいと思っています」
 
動画の登録者の男女比はほぼ半分半分。20代から30代に多く支持されています。
「『来月行こうと思っていたので、助かりました』というコメントがあったり、次の旅先選びに悩んでいる人からのコメントがあったりしますね」
 
意外だったのは、旅先の国の人からもコメントが付くことです。特にタイを紹介する動画にはタイ人と思われる視聴者から「Welcome to Thailand」などとコメントがつくそうです。
経済的、時間的制約から、若い世代の旅が困難になっていることを指摘する声もありますが、YouTubeに加え、若い世代のユーザーが多いTikTokでも発信しているあんさんの体感では、海外旅行への関心自体は低くないと感じているそうです。
 
「ただ、動画を見た結果『こんな感じなら行けるな』と思う層と『こんな感じだとわかったから行かない』と思う層が二分されると思います」
 
そこであんさんが強調するのは、「若くて自由があり、身体が動くうちに、やりたいことはやった方がいい」ということです。
 
4年前、いつも旅先のあんさんを気遣ってくれていた父親が、病気の発覚から半年経たない間に亡くなりました。それを念頭に「元気なうちに旅をして、色んなことを吸収したい」と話します。
 
11月からは、世界一周を始める予定で、初めての南米にも挑戦し、アメリカではロードトリップをするつもりだそう。「今後も、たくさん発信していけたらいいなと思っています」

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