連載
#108 コミチ漫画コラボ
あの日、海で見た裸の人々「環境が変われば価値観は簡単に変化する」
海に行くたびに思い出すそうです
夢中で貝殻を拾っていたら、一糸まとわぬ人びとがくつろいでいるビーチに迷い込んでしまって……。イラストレーターのオムスビさんには、忘れられない海外での体験があります。自分の「価値観」を大きく揺さぶった出来事について話を聞きました。
「忘れがたい、なかなか体験できないことでした」
福岡県に住む30代のイラストレーター・オムスビさんはそう振り返ります。
10年ほど前バックパッカーとしてオーストラリアの各地を巡っていたとき、北西にあるブルームという街の砂浜で印象的な光景を目にしました。
勤めていた会社の都合で突然職を失ったことをきっかけに、旅に出たオムスビさん。
その日はオーストラリアで出会ったバックパッカーの友人と一緒に、夢中で貝殻を拾っていました。
「日程に限りがある旅行ではそんな時間の使い方はしないと思いますが、私たちにはたくさん時間があったんです」と振り返ります。
拾った大量の貝殻をどうするつもりだったのか、今となってはまったく思い出せないそうです。
下を向いて熱心にひたすら貝を拾って歩いた結果、一緒にいた友人ともはぐれてしまったオムスビさん。ふと、ある違和感に気付きました。
「あの人、裸だ……」
見回すと、海辺にいる人びとはみんな水着も服も着ていませんでした。「まずい……」。オムスビさんは、どこを見ていいのか、とっさにいたたまれない感情がわいてきたといいます。
うすうす気付いていましたが、たどり着いた先は「完全にヌーディストビーチだった」そうです。
若い人も年老いた人も、泳いだり寝そべって日を浴びたり、周りを気にせず自由に過ごしていたといいます。
そんななか、ちょうどオムスビさんの目の前に、海から上がってきた男性が現れました。
オムスビさんは「男性は私を見て、ずいぶんとびっくりしていました。服を着ていたのに加え、アジア人が珍しかったのだと思います。でもそのあとは、『今何時?』と聞いて海に戻っていきました」と振り返ります。
「私だけが服を着ていたので、そこにいてはいけない気がしました。ヌーディストビーチであることはガイドブックにもどこにも書かれていなくて、地元の人だけが知っているような場所だったのかもしれません」
その後、はぐれた友人とも合流でき、「あのビーチでは服を着ている方が恥ずかしくなるね」と話したそうです。
オムスビさんは当時「不思議な気分だった」と話します。
「固定観念や価値観って、環境さえ変われば実は簡単に変化するものなのかもしれません」
ヌーディストビーチに迷い込んだ経験は象徴的でしたが、1年間のオーストラリアの旅はその後の考え方に大きな影響を与えたといいます。
「当時20代後半でしたが、それまで日本の狭い社会で暮らしていて『自分』ができあがっていました。ずっと『自分』は変わらないものだと思っていましたが、『私ってまだこんなに変わるんだ』と思ったんです」
服装ひとつとっても、「アラサーだから若い服は卒業しないと」「年齢に合わせた服を着なきゃ」と考えていたというオムスビさん。海外を旅したことで、「年齢は関係ない、着たい服を着よう」と感じられたそうです。
旅の途中では、50代で大学の法学部に通い、弁護士を目指す男性とも知り合いました。50代で新たな道を進むことについて、男性から「マジョリティーではないけど、珍しいことではないよ」と言われ、衝撃を受けたといいます。
「私が生きていた場所では珍しいことでも、それが『絶対』ではない。自ら『私はこうだ』と決めつけないで生きていきたいです」
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