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亡き人に捧げる「ワンカップ大関」線香 何気ない日常懐かしむ助けに
大好きだったもので伝える優しい思い
亡き人と過ごした、何気なくも掛け替えのない日常を思い出して欲しい――。そんな願いから生まれた線香シリーズが、SNS上で好評です。有名企業とコラボし、各社の飲食料品パッケージなどを、忠実に再現しています。心をそっと温めてくれる商品群の誕生経緯に迫りました。(withnews編集部・神戸郁人)
本文に添えられた画像に写っているのは、線香のパッケージです。酒造会社・大関(兵庫県西宮市)が販売する、ロングセラーの日本酒「ワンカップ大関」のラベルを、そっくりに模倣しています。
商品名のロゴや、青と赤の模様から構成されたデザインなどが再現され、一見すると実物とうり二つ。しかし表面には、「ほのかな日本酒の香り」「食べられません!」といった表記が見えます。
「酒飲みの亡父がめっちゃ喜ぶはず」「亡き人のところまで香りが届きそうだ」。ツイートを見た人々からは、そんな趣旨のコメントが、数多く寄せられました。
ツイートを公開したのは、会社員「ひるなまの夫」さん(41・@hilnama_danna)です。
大腸がんとの闘病記をエッセー作品『末期ガンでも元気です 38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』(フレックスコミックス)に著し、昨年12月に41歳で亡くなった漫画家の妻「ひるなま」さんを思い、線香を買ったといいます。
生前、色々なお酒をたしなんでいた、ひるなまさん。中でも日本酒は好んで口にしていました。夫婦で飲み交わすことも多く、「ひるなまの夫」さん自身、非常に思い出深いと話します。それだけに、線香との出会いは運命的でした。
「今年2月下旬、ショッピングモールを歩いていると、仏具屋さんがありました。興味本位で店内をのぞこうとしたとき、目立つ場所に『ワンカップ大関』の図柄のパッケージを見つけたんです。何だこれはと思い、手に取りました」
妻にウケるかな、笑ってくれるかな――。瞬間的にそう考え、即購入。帰宅後、仏前に供え、火をつけてみました。すると商品のうたい文句通り、かすかで優しいお酒の香りが漂い、鼻先をくすぐったそうです。
「真面目な妻は晩年、お酒を絶対に口にしませんでした。信頼する医師や薬剤師の、栄養指導による食事を優先していたからです。闘病する姿は美しく、今も誇りに思う。でも頑張って頑張って頑張った末、お酒を飲めず旅立ったことは苦しい」
だからこそ、日本酒モチーフの線香は、ゆったりとした対話の時間を授けてくれました。「おーい、お酒の香りのお線香だよ」「どうだね、いい匂いかね?」。心の中で語りかけるうち、ひるなまさんがきっと喜んでいると思えたと振り返ります。
亡き人との穏やかな交流を演出する線香は、どういった理由で世に出たのでしょうか。製造・販売元企業で、神仏用ろうそくなどを手がける老舗メーカー・カメヤマ(大阪市北区)を取材しました。
担当者によると、日本酒関連の商品は、2009年に発売したろうそく・線香ラインナップ「故人の好物シリーズ」の1つです。若年世代にも先祖供養を身近に感じて欲しいと、市販されている人気の飲食物などをかたどっています。
「ワンカップ大関」型の線香は、大関から許諾を得て開発。同様に企業とコラボして生まれた商品は、井村屋(津市)のアイス「あずきバー」など全11種に上ります。
銘柄によって燃焼時間が約19分と約15分の線香があり、パッケージデザインの質の高さも相まって、累計100万個が売れました。
「コラボ線香を作るにあたり、消費者に長く愛されてきたブランドを選定しています。元の食料や飲料を口に含んだ際に感じる風味を、香りだけで再現できるよう苦心しました。何度も試行錯誤を重ねた上で製品化しております」
企業コラボ線香には、セイカ食品(鹿児島市)のキャンディー「ボンタンアメ」を始め、お菓子モチーフのものも少なくありません。担当者いわく、幼い子供に楽しく仏壇に向かってもらう狙いがあり、プレゼントとしても人気だといいます。
亡き人を思って手を合わせるとき、あふれ出てくる思い出は、何気ない生活の風景であることが多いものです。そんな日常の一コマを切り取り、ユーザーの思いに寄り添って開発されたのがコラボ商品群であると、担当者は話します。
「『お線香の香りで故人を思い出す』『プレゼントしたら良い香りがすると気に入ってもらえた』『パッケージが可愛い』。ご購入者の皆様からは、年齢を問わず、そのようにご好評頂いてきました」
「もっと多くの方々のもとに商品が届き、それぞれのストーリーとリンクして、『やさしさ』『あたたかさ』が広がってくれたら、と期待に胸を膨らませています」
翻り、「ワンカップ大関」の線香を愛用している、「ひるなまの夫」さん。「故人の好物シリーズ」に込められた思いについて伝えると、次のように喜びました。
「お酒を楽しむことは、まさしく妻の日常であり、夫婦団欒(だんらん)の友だった。お線香がきっかけで、共に過ごした日々が幸福なものであったのだ、と再確認できました」
ちなみに今回購入した線香をあげるときは、2人分のお酒を用意し、遺影の前でさかずきを傾けるのだといいます。もはやどんな制限も受けることなく、望むだけの種類と量を、心置きなく味わって欲しい。そんな願いゆえの配慮です。
「これからも『ワンカップ大関』のお線香を立てて、2人で一緒に、静かにお酒を飲みたいですね。妻との思い出を大切にしていけたらと考えています」
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