連載
#12 小さく生まれた赤ちゃんたち
2人の「穂積」 医療的ケア児の息子がくれた、元プロボクサーとの縁
2021年1月13日、その人は家族のもとへ現れました
「強く生きてほしい」。父はそう願い、450gで生まれた息子に「穂積」と名付けました。憧れの元プロボクサー・長谷川穂積さんにあやかった名前です。息子は重度の障害があり医療的ケアも必要で、両親は日々の様子や思いをインスタグラム(インスタ)で発信していました。まさか、インスタをきっかけに2021年1月13日、あの長谷川穂積さんが会いに来てくれるなんてーー。
三重県に住む川村穂積さん(4)は、2018年8月に妊娠22週4日(妊娠6カ月)、体重450gと小さく生まれました。難治性てんかんや脳性まひなどがあり、1人では起き上がれず、医療的ケアが必要です。
1日数十回のたんの吸引、胃へチューブを通しての栄養補給といった日常のケアには、父・勝信さん(32)と母・絢子さん(29)が自宅であたっています。
勝信さんは、結婚する前からぼんやりと「男の子が生まれたら『穂積』と名付けたい」と考えていました。
10代の頃テレビでボクシングの世界戦を見て、長谷川穂積さんの姿に「しびれた」という勝信さん。世界3階級を制覇した長谷川さんはまさに〝スーパーヒーロー〟で、自身も19歳からボクシングを始め、プロテストにも合格しました。
「ボクサーとしての強さもありますし、テレビで話している姿を見て、人としても尊敬していました」と話します。
多くの赤ちゃんが妊娠37〜41週で生まれるなか、22週で生まれた息子・穂積さんの誕生は突然のことで、すぐに名前を決めなければいけない状況でもありました。
「22週で生まれたら生きられないこともある、命が助かっても障害が残る可能性があると医師から聞き、『強くなってほしい』『生きてほしい』という願いを込めて『穂積』と名付けました」
出産当時、絢子さんは「早く産んでしまった」と自分を責める毎日でした。病気や障害のリスクを考えて不安になる絢子さんに、勝信さんは「どんな障害があっても大丈夫、って思ったろ。本気で頑張っとるんやでこの子は」と励ましたそうです。
「妻の背中を押すためにそう伝えましたが、長谷川穂積さんのようなかっこいい人だったら、どんな風に思うんだろうと考えて振る舞っていました」
長谷川さんとの出会いをはじめ、「息子のおかげでたくさんの人とご縁ができた」「息子に成長させてもらっている」と2人は話します。インスタのコメント欄などを通して、多くの人が穂積さんの成長を応援してくれているそうです。
「早く産んでしまった」と、これまでネガティブに考えてしまいがちな絢子さんでしたが、インスタではポジティブな言葉を発信するように心がけてきました。
「我が子のパワーは無限」
「健常者じゃなくても輝ける場所は絶対にある」
「心の底からイノチの大切さがわかったのは間違いなく穂積のおかげ」
「この環境をプラスに受け止めたい」
絢子さんは、「インスタに書くことでそうあろうと思う自分もいました」と話します。「私が自分を責めて悲観的になっていた時期があるからこそ、今ある幸せに気づいたほうがいい方向に行くと伝えたいです」
筆者が川村さん家族と出会ったのも、インスタがきっかけでした。
1年前、偶然タイムラインに流れてきた穂積さんと絢子さんのツーショット。穂積さんにケアが必要なことは、一目でわかりました。しかし、写真から伝わってきた印象は、大変さよりも明るさや前向きな様子です。
写真に添えられたコメントもポジティブな言葉ばかりでした。インスタ用の、よそ行きの言葉なのかも……最初はそう思いましたが、過去の投稿をさかのぼると、つらい気持ちや弱音、きれいごとだけではない正直な言葉も書かれていました。
筆者の息子も妊娠23週604gと小さく生まれ、以前は在宅酸素療法が必要だったこともあり、ずっと川村さんの投稿を追っていました。小さく生まれたと言っても状況は異なりますが、川村さんの投稿から自分の息子との関わり方を振り返ったこともあります。
取材では、「ポジティブ」であろうとするご夫婦の気持ちを話してくれました。絢子さんが「インスタに書くことでそうあろうと思った」と話すように、言葉にすることで気持ちや行動が伴うことはあります。
”子供が病気だからママは「仕事を諦めなきゃいけない」「オシャレなんてできない」「笑えない」そうじゃない”という投稿も印象的でした。
ポジティブに捉えたほうが生活が明るく楽しくなりますし、大切な家族として今後も生きていく以上、ネガティブに考えてばかりはいられません。
「先のことは考えますか?」。その質問に、勝信さんは「全く考えられない」と話しました。手術などを経て穂積さんの体調は上向きになり、一時は主夫だった勝信さんも今、少しずつ働きに出ています。
不安がないわけではない。大変なことは山ほどある。けれど、子どもたちの今に向き合い、楽しく幸せに過ごす。川村さん家族から、そんな姿勢を学びました。
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