連載
#11 ゴールキーパーは知っている
戦力外、控えゴールキーパーからMVP 新井章太が忘れなかった原点
大久保嘉人との居残り練習「負けたくない」
戦力外通告、第4ゴールキーパーを経て、ルヴァン杯のMVPへ。現在、J2のジェフユナイテッド市原・千葉でプレーする新井章太(32)は、10年間のプロ生活でさまざまな経験を重ねてきた。試合に出られない時間が長くても、輝ける。そんなストーリーを体現する選手だ。
「パス一つ、トラップ一つ、もっとこだわろう」
今季の始め。ケガで戦列を離れていた新井は復帰すると千葉のチームメートを集めて、声をかけた。中盤の若手選手にはLINEを送る。「みてほしい」というのは、2年前までJ1川崎フロンターレ時代にチームメートだった東京五輪代表の田中碧や脇坂泰斗のプレーだ。
「後ろからみた選手たちの動き、とられたら取り返す、という姿勢はまだまだ足りない、というのを感じていたので。そういうのを修正しないと、上にはいけないかなと感じています」
プロ11年目。チームのために声をかける姿勢は、J1でも、J2でも変わらない。
忘れられない原点がある。2011年に国士舘大から東京ヴェルディへ。プロの世界に足を踏み入れたが、2年間で公式戦の出場はゼロだった。
当時のGMに部屋に呼ばれ、紙を手渡された。
「来季は契約しません」
斜線が引かれた文字を飲み込めなかった。24歳での契約満了。その紙を部屋から出てすぐ、ゴミ箱にたたきつけた。家に帰って、「意味がわからない」と泣いた。
「まだまだこれからだろ、っていう思いがあって、理解できなかった。良い意味での、怒りですよね。ここから必ず、あがってやる、と」
戦力外になり、トライアウトに出た新井に声をかけたのは、川崎だった。
ポジションは第4GK。練習試合でも、出番が来るかどうか、という立場だ。そこで、何ができるのか。
「練習試合にも出られないんですよ、4番手って。2、3番手の選手が先に出て、出られるのは最後の残り15分、20分しかもらえない。逆に、半分(45分)もらえたときなんて、めちゃくちゃチャンスだと思いましたね。アピールしなきゃいけない、と」
練習試合で審判がオフサイドをとらずに失点しかけると、激怒して詰め寄った。「練習試合しか出れないんだから、そこでどういうプレーをするか、が見られている。無失点と、1失点じゃ、大きく違う。そのこだわりだけはもっていました」
SNSやテレビなどでのぞかせるのは明るく、ポジティブなキャラクター。だが、その裏に信念がある。
「そのキャラはいつか捨てなきゃいけない」
「変わらなきゃいけない」
プロ入りした直後の東京ヴ時代、ベテランだった元日本代表の土肥洋一さんからいわれてきた言葉だ。
「ヴェルディに入って最初はいじられキャラで、『なんかやれよ』と先輩からいわれたり、パシられたりもしていたんです。でも、土肥さんは『そのキャラはいつか捨てなきゃいけない』と言ってくれて」
「これからキーパーをやっていくうえで、なめられちゃいけないポジションだ、と。練習のなかのゲームでも、ひたすら後ろから声をかけろ、1点にこだわれ、お人好しじゃダメだと言われ続けて。だから今の俺があるんです」
明確な序列がつくポジションなだけに、第4GKからレギュラーをつかむのは並大抵のことではない。
川崎時代、シュート練習をともにしたのはストライカーの大久保嘉人(現・セレッソ大阪)だった。
「今、思えばすごかったです。最初はバンバン決められた。嘉人さんのおかげなんですよ。本当に1人で、2時間くらいシュート練習やるんで。全体が終わって、シュート練習を、30~40分くらい。それプラス、俺と嘉人さんだけで1時間、1対1をやる」
「こんなん止められないなら帰れ」とおちょくられた。でも、それに負けたくない、と食らいついた。
「全てのボールに食らいつく。試合に出られる、出られないよりも、毎日上手くなることで必死だった」
初出場はプロ5年目の2015年。2019年にはルヴァン杯決勝でPKを2本止め、ヒーローにもなった。喜びを爆発させ、ラグビー選手のようにハーフウェーラインまで駆け抜けた。苦労人のもとには、友人などからLINEが2日間で500通、届いた。
MVPをつかんだ瞬間、何を思ったのか。
「ああ、やってきたことを証明できたな、と。調子がいいときは誰でもやるんですけど、ダメなときにそれで終わらせていたら終わりなんですよ。いいときは誰でも練習する。ダメなときに、自分が立ち返る原点があるかどうか」
「どういうことをすればコンディションがあがるのか、上手くいくのか。僕はそれを何回も繰り返した。その結果が、あのタイトルをとれた試合だったので。なにもかも積み重ねです」
プロになって、J1でリーグ戦に出たのは10年間で41試合。試合に出られていない時間も大事にしてきた。
「ふてくされたり、そういう選手は絶対に上にいけない。周りからも嫌がられる。それが、1番後ろのポジションであっちゃいけないこと。普段の信頼って大事じゃないですか。自分は、それを先輩方の姿から学んできた」
試合に出続ける千葉で今、思うことは「勝ち癖をつけたい」「勝つ喜びを全員に持たせたい」。まだまだ上を見ている。
弱点を見つめ、自分を疑わない――取材を終えて
私は新井選手とほぼ同年代の31歳。試合に出られない同期の選手が次々と引退していくなかで、新井選手は今もプロの世界で戦っている。その秘訣はなにか。聞きたかった。
実は、新井選手は中学時代も全く試合に出られなかったのだという。大学時代も、3年までは応援団で太鼓をたたく係。4年になって試合に出ても、スカウトの声はかからず、練習参加からプロ入りの道をつかんだ。自分の現在地を冷静に見つめつつ、「いつか必ず、できる」と自分を疑わなかった。
GKをやっている子や目指す子にメッセージをお願いすると、試合に出られなかった中学時代の自分の話をしてくれた。ライバルに勝てないと思いつつ、諦めなかった、と。
「自分の弱点を見つめ、磨いていく。その繰り返しだとおもいます」
試合に出られなくても、それを愚直に続けられるのが、ゴールキーパーなのかもしれない。
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