IT・科学
営業中に投稿した1枚きっかけに…フォロワー急増の写真家が写す日常
太陽をアプリで確認〝合理的撮影テク〟
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太陽をアプリで確認〝合理的撮影テク〟
「きっかけは、外回りの営業中、目に移った景色でした」。夕刻のビルの間からの斜光線が、原色の車両が行き交う銀座の交差点を照らし出す。映画のようなワンシーンを表現する写真家の相沢亮さん(29)。SNSに投稿する作品は約6万人のフォロワーを中心に毎回千単位で「いいね」やシェアされています。新卒で入った会社を辞めて挑戦した司法試験に挫折。再就職した会社で写真の魅力に目覚め、一気に注目されました。独特の色合いの源泉は。普段どのように撮影しているのか。相沢さんに聞きました。
月3千人、1日約100人のペースでフォロワーが増え続ける相沢さんのツイッターアカウント。意外にも本格的に写真を始めてまだ3年も経っていません。
大学を2013年卒業後、都内の出版社に就職。半年後には弁護士を目指して法科大学院に入り直したものの「ライバルが多すぎる」と中退、挫折を経験しました。
転機は2社目となる出版社に就職した26歳のとき。外回りの営業中、目に映る東京駅前の景色が「今までと違って見えた」と言います。旅行雑誌の編集も担当していた相沢さん。この頃に風景写真への審美眼が一気に養われました。
以後、カバンにはニコンのD5300に18ミリ~55ミリのキットレンズを忍ばせ意識的に都会の街を撮り始めました。
アカウントを開設したのは「インスタ映え」が流行語になった2017年の1月。営業の合間に撮影した写真を画像編集ソフト「フォトショップ」で色味を補正。「趣味程度」に投稿して楽しんでいました。
最初は知り合い含めて100人程度だったフォロワーは、翌年には9千人に。写真の仕事も舞い込むようになりました。
「感覚だけで撮っていた写真。本格的に勉強したい」という気持ちも芽生えました。SNSに書き込まれた激励のコメントに背中を押されるように写真家として19年末に独立。フォロワーは2万人を超えていました。
では映画のようなオールドテイストな色合いの作品はどのように生まれるのか。
何度も現場に足を運び、ロケハンを重ねた努力の結晶なのかと思いきや、意外な答えが返ってきました。
「アプリで太陽の位置を確認して、光がきれいな日しか出かけません」
期待する光が入る見込みがない現場には最初から行かないそうです。「とりあえず現場に」、そんな文化の新聞社で育った私のようなカメラマンからするとスマートに響きます。「からぶりを避けることを習慣化すると、仕事の依頼が来たときにすぐに撮影の判断ができる」と相沢さん。
現場に立つ際に最初に気にするのは光の角度だといいます。日中の頭の上から降りそそぐトップ光ではなく、日没の一時間前くらいの斜めから入るサイド光を狙います。
「ポートレートと発想は一緒です。コントラストがついて被写体が立体的に写りますよ」
色温度は晴天モード。一つの現場で切るシャッターは多くて20カット、平均で15カット。「後で整理する際にデータが重くならないように」とここでも合理的。1日で1万枚以上撮影することもある私には新鮮な考え方でした。
「フォトショップ」などの画像編集ソフトは、色温度を微調整する程度にしか使用しないそうです。「良い写真は良い場面に出会うことに尽きます」と編集ソフトにも限界があると話します。
緻密(ちみつ)な計算の上に成り立っている相沢さんの作品。多くのファンを引きつける理由が分かった気がしましたが、本人は別の理由があると考えています。「プロぽくない、頑張れば自分も撮れる」。親近感がうけていると分析します。
「僕の写真、作品っていうんですかね」。取材中、何度か耳にした言葉です。今の人気に少し戸惑っているようにも感じましたが、そこには広告など、企業からの依頼に応え続ける職業カメラマンへの憧れがにじんでいました。「どんな撮影環境でも期待に応える仕事ができるカメラマンになりたい」と話します。
「フォロワーの数は腕の良さの証明では決してない」。同じく写真を生業にしている身としては「感性」が評価されていることはうらやましい限りですが、コロナ禍で時間があるうちに写真の勉強に多くの時間を費やしているそうです。
筆者は、新聞社のカメラマンとして15年、写真を仕事にしてきました。
相沢さんが大事にしている写真への思い、光を見定めシャッターを押す前から完成形をイメージして現場にのぞむ姿勢は、過去の写真家と何ら変わらないと思いました。
同時に、写真を巡る変化も感じざるを得ませんでした。
大学生だった筆者が写真にのめり込んだ2000年前後は、デジタルカメラは生まれていましたが、報道も広告も、いわゆる「写真論」はフィルムを基本に語られていました。
しかし、スマホが普及し、TwitterやInstagramが写真表現のプラットフォームになった2010年前後から、ちまたの「写真論」はデジタルが基本になりました。暗室での印画紙へのプリントに代わり、今ではパソコン画面でのレタッチ(修正)が主流です。
そして、カメラの進歩によって、どんな条件でも誰でも、ある程度、きれいな写真は撮れるようになりました。
フィルムの選択(彩度が高い、暗部に強い、粒状性)を写真家の一つの個性と捉える時代から、今は、パソコンやスマホ画面でのレタッチ(後処理)に個性が表れます。
写真業界では長く、個展の開催や写真集の出版が写真家の一つの証し、価値と捉えられてきました。それらは今後もなくならない要素ではあると思いますが、SNSでの指数的な反響が写真家として評価される要素の一つになりました。
現代における「写真の腕」には、「人々からの共感」「人々を能動的に動かす力」も含まれます。SNSでの「いいね」「リツイ」「シェア」などの指数的評価は、今を生きる写真家にとって避けて通れないものになりつつあるのです。
SNSでの価値が加わった時代、プロ・アマの捉え方は人によってさらに違ってきていると感じます。恐らくカメラが発明されてからの永遠の議論のテーマである、写真における「プロ」「アマ」の線引きは、とても主観的な言葉であるが故に、ますますあいまいになっていくはずです。
私が写真を意識して撮り始めて約20年。相沢さんと同じ現場に立ってもおそらく同じ写真は撮れないでしょう。
「相沢さん風」な写真は撮影できるかもしれませんが。まず、その現場に立てない。その場を選択できない。そこに個性が表れると感じます。
コンクリートのビル群をどこか懐かしく優しい色合いで表現する相沢さん。その視線は今、地方に向いています。
生まれ育ったのは緑豊かな埼玉県上里町。祖母と過ごした農作業の時間が、今でも大切な思い出だといいます。
「作風は変わりますが、地方の魅力を発信できるような写真を撮っていきたい」
コロナ収束後は相沢さんの新しい作風が楽しめるかもしれません。
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