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大好きな「返杯」禁じられた高知人、外出自粛で生み出した奇策

現地で感じた「おきゃく文化」のタフさ

インターネットの会議システム「Zoom」で一斉に「返杯」をする高知大学の新入生ら=野水愛さん提供
インターネットの会議システム「Zoom」で一斉に「返杯」をする高知大学の新入生ら=野水愛さん提供

目次

外食の飲酒代が、東京都区を抜いて全国1位という高知県は「酒の国」として、その名をとどろかせています。そんな「外飲み日本一」の高知県を襲ったのが新型コロナウイルスです。高知が誇る「おきゃく(土佐弁で宴会)文化」は、どうなってしまうのか……。現地の取材で見えたのは、その土地に根ざした文化が、SNSに場を移しながら新たなムーブメントを生み出すタフさでした。(朝日新聞高知総局記者・湯川うらら)

本当に宴会が好きな人たち

高知県では、行政が自ら「酒の国」と言うほどの酒好きの県です。総務省の家計調査では、高知市の外食の飲酒代は2017~19年の年平均で3万7379円と全国最多。2位の東京都区部2万8701円を引き離しています。

現在、高知県で行政や高校野球などの取材を担当している筆者。新潟から高知へ赴任した当初は、高知の宴席文化「おきゃく」に驚きました。

高知の名物をつまみに朝から酒が飲める複合商業施設「ひろめ市場」(高知市)は、本当に昼夜問わず酔客でにぎわっているのです。

混雑時に相席になると話しかけられることが多く、世代や性別関係なくあっという間に飲み友達になります。

高知に赴任して1年が経ち、陽気で懐の広い高知の人たちと過ごす宴会の時間が大好きになりました。

高知人は何でも理由をつけて宴会をするのが好きで、大勢のお客を呼ぶことから、宴会自体を「おきゃく」と呼ぶようになったそうです。

土佐の伝統的なお座敷遊び「はし拳」。負けた人は、杯の酒を飲み干すのがルール=2014年12月12日
土佐の伝統的なお座敷遊び「はし拳」。負けた人は、杯の酒を飲み干すのがルール=2014年12月12日 出典: 朝日新聞

新年会や決起会などの宴会の定番は、大皿に盛られた「皿鉢料理」。女性たちが席を立たずに、ゆっくりお酒を飲むために生まれたとも言われています。

しかし、世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスは、高知も揺さぶりました。

特に、同じ杯を使って酒を酌み交わす高知の酒文化「返杯」。「おきゃく」の代表的な文化ですが、県は宴会の文化によって感染拡大が加速されること防ぐため、2月末には早々に、「返杯」や「献杯」の自粛を県民に要請しました。

県の要請について感想を求めた須崎市の男性(71)が「高知らしい宴会がめっきりなくなり、町は火が消えたよう」と肩を落として話していたのが印象的でした。

土曜日の夜にもかかわらず、人通りが少ない高知市中心部の飲み屋街。休業している店も目立つ=2020年4月18日午後9時13分、高知市帯屋町1丁目、湯川うらら撮影
土曜日の夜にもかかわらず、人通りが少ない高知市中心部の飲み屋街。休業している店も目立つ=2020年4月18日午後9時13分、高知市帯屋町1丁目、湯川うらら撮影 出典: 朝日新聞

こんな奇策が!「青汁返杯」

このまま、おきゃく文化はコロナに負けてしまうのか……。そんな時、SNSで広まったのが「青汁返杯」です。

高知人たちは酌み交わす場をSNSに変えて返杯を楽しみ、「コロナに負けない」という気持ちを共有しだしたのです。なんと、グイッと豪快に飲み干すのは酒ではなく「青汁」です。

「返杯をいただいたので、僕もお世話になった人に返します」
「○○さんに返杯!いただきます」

参加者が手にするのは酒の入った杯(さかずき)ではなく、高知県南国市でつくられている「遠藤青汁」です。

動画では、参加者は誰から返杯をもらったかを言ってから、90ミリリットルの瓶を一気に飲み干します。きちんと「ごちそうさまでした」を言い、次に「返杯」をしてもらいたい人の名前を告げます。

インターネットの会議システム「Zoom」で一斉に「青汁返杯」をする高知大学の新入生ら=野水愛さん提供
インターネットの会議システム「Zoom」で一斉に「青汁返杯」をする高知大学の新入生ら=野水愛さん提供

この「青汁返杯」は、高知市の整骨院院長の高浜達陽さん(41)が始めました。新型ウイルスの影響で友人らのSNSでも暗い投稿が増えていると感じ、「何か楽しいことはないか」と考えて、オンラインの「返杯」を思いつきました。

子どもから大人まで参加できるよう愛飲していた「遠藤青汁高知センター」の青汁を使いました。飲みにくい青汁をがんばって飲むことで健康を意識するきっかけになり、「新型ウイルスに負けない」という思いを共有できると考えました。友人で塗装会社社長の和泉潤さん(41)に青汁を届け、和泉さんが4月9日に返杯した動画を初投稿しました。

遠藤青汁高知センターの遠藤青汁(中央)。豆乳やりんごを使った青汁も生産している
遠藤青汁高知センターの遠藤青汁(中央)。豆乳やりんごを使った青汁も生産している

生産者も協力

「青汁返杯」の面白いところは、SNSでの盛り上がりで終わらなかったことです。

2人の取り組みに賛同した生産企業も参加希望者にサンプルを届けるなどして協力。「返杯」のリレーは約1カ月で、前知事の尾崎正直さんや地元のお笑い芸人「あつかんDRAGON」ら500人以上に広がりました。

和泉さんは「返杯を通じて、家に居てもみんなとつながっていると感じられる」と話します。

実は、「遠藤青汁高知センター」も、コロナの影響で飲食店や宿泊施設などへの出荷が中止となり、売り上げの減少に悩んでいました。

野村勝己社長(41)は「青汁返杯でうちの商品が脚光を浴び、うれしい。参加者が楽しむ姿に勇気づけられた」と感激。サンプルの提供を決断しました。

自身も青汁返杯に参加した同社生産課の田辺美和さん(41)は「高知人はお祭り好き。自分に返杯がまわってくるのを心待ちにしてくれている人もいる」と喜びを語ります。

お笑い芸人「あつかんDRAGON」の「おだち」さん=おだちさん提供
お笑い芸人「あつかんDRAGON」の「おだち」さん=おだちさん提供

「青汁返杯」は、おきゃく文化の「本丸」まで届きます。

高知のお座敷遊びを楽しめる高知市の料亭「濱長(はまちょう)」の芸妓(げいこ)やおかみも青汁返杯に参加します。「濱長」もコロナによって宴会のにぎわいがなくなり、弁当の販売を中心に営業していました。

おかみの濱口実佐子さん(56)は「返杯は、人と人とのつながりを大切にする高知人の文化。『みんなつながっちゅうがやね』と分かると、頑張ろうという気持ちが生まれてくる。あらためて返杯があって良かった」。青汁返杯のリレーは5月末まで続けるそうです。

ストローを使って青汁を飲む料亭「濱長」の芸妓の由喜千代さん=料亭「濱長」提供
ストローを使って青汁を飲む料亭「濱長」の芸妓の由喜千代さん=料亭「濱長」提供

「前払いチケット」有志が立ち上がる

県内で最後に新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは4月28日で、1カ月近く、新たな感染は確認されていませんが、感染拡大に伴う外出自粛の影響は深刻です。

3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、県内の宿泊・飲食サービス業の業況判断指数(DI)が昨年12月の前回と比べ、100ポイント減のマイナス86と大幅に下落しました。

この苦境のなか、高知市の繁華街では、前払いチケットを購入し、なじみの店の資金繰りを支援する有志の取り組みも始まっています。

共通チケットは5千円(千円券5枚)と1万円(2500円券4枚)の2種類。使用期間は6カ月以内。店舗によって異なりますが、割引などの特典つきです。5月16日時点で参加店は高知市、四万十市、安芸市、いの町など県内約100店で、チケットの発行高は1千万円を超えました。

発案したのは、高知市のイベント企画会社「ひととコーポレーション」社長の林幹郎さん(47)。「家賃やバイト代が払えない」。2月末に県内で初めて感染者が確認されて以降、知り合いの店主から悲痛な声を聞きました。思案の末、ひらめいたのが前払いチケットでした。

「コロナに負けるな! 応援チケット」を持つ「ひととコーポレーション」社長の林幹郎さん=湯川うらら撮影
「コロナに負けるな! 応援チケット」を持つ「ひととコーポレーション」社長の林幹郎さん=湯川うらら撮影 出典: 朝日新聞

「今は飲みにいけなくても、大好きなお店を支援することができる」

「コロナに負けるな! つながる高知プロジェクト」と銘打ち、3月28日からチケットの取り扱いを始めました。経営者の知人らと協力し、チケットやポスターを作製。費用は林さんが負担しました。

林さんは「チケットを購入しても廃業になってしまう可能性も理解して、なじみの店を助けるという善意でチケットを買って欲しい」と話しています。

高知産の野菜や土佐あかうしの料理がおいしいイタリアンレストラン「ス・ルラクセ」(高知市)は3月末に参加しました。収入は普段の半分以下に落ち込み、店内営業から弁当や総菜の予約販売に切り替えました。オーナーの山本巧さん(47)は「お客さんに助けを求めづらいのでありがたい」。

大学教員の松田高政さん(47)はス・ルラクセや居酒屋などでチケット購入しました。「10年もお世話になっているお店。これからも利用するつもりなので、応援したい」

「コロナに負けるな! つながる高知プロジェクト」の応援チケット=林幹郎さん提供
「コロナに負けるな! つながる高知プロジェクト」の応援チケット=林幹郎さん提供

全国にも応援の輪広がる

高知発の前払いチケットは、今、全国に広がっています。林さんには問い合わせが相次ぎ、高知を参考にした取り組みが愛媛、兵庫、東京、栃木、岩手などでも始まったのです。

松山市では、美容室の経営会社役員の菅原秀定さん(35)らが「繫がるEHIMEプロジェクト」を開始しました。5月14日時点で飲食店約25店が参加し、チケットは約600枚以上が発行されました。

兵庫県でも丹波篠山市の家具職人の中村伸一郎さん(55)が「コロナに負けるな! つながる丹波篠山+プロジェクト」を開始し、喫茶店やパン屋を含む15店舗が参加。

栃木県では宇都宮市で企業の宣伝を支援する業者の代表の菅野千恵さん(40)が「コロナに負けるな! つながる栃木プロジェクト」を立ち上げ、参加店を募っています。

東京都荒川区のメキシコ料理「SOL TOKYO」は4月5日から、同店単独で前払いチケットの販売を始めました。3月の収入は例年より5割減少。開始から約2週間で9人の常連客が購入してくれました。

前払いチケットの広がりに林さんは「自粛が広がる中でも、今を生き抜き、人々がつながれるアイデアはきっとあるはず」と話し、地元らしい取り組みが全国的に広がっていくことを願っています。

宇都宮市の「コロナに負けるな! つながる栃木プロジェクト」を宣伝する4コマ漫画=菅野千恵さん提供
宇都宮市の「コロナに負けるな! つながる栃木プロジェクト」を宣伝する4コマ漫画=菅野千恵さん提供

「おきゃく文化」が生んだムーブメント

高知県では、5月7日、接待を伴う飲食店、カラオケボックス、ライブハウスに対する休業要請が解除されました。25日には、政府が北海道、埼玉、千葉、東京、神奈川の5都道県の緊急事態宣言を解除することを決め、47都道府県すべてで宣言が解除されました。

高知市中心部の中心商店街や飲食店街では、久しぶりに客を迎える喜びの一方で、「休業補償の協力金が無くなる」「感染の第2波が来たらさらに自粛ムードが高まるのでは」といった不安の声も聞かれます。

皿鉢料理を囲んで返杯を交わす、高知の宴会をすぐに復活させるというのは、正直難しいでしょう。しかし、地域の伝統文化や魅力的な県民性は、町に活力を取り戻す鍵になると感じました。

高知名物の皿鉢料理=湯川うらら撮影
高知名物の皿鉢料理=湯川うらら撮影 出典: 朝日新聞

高知県は、2019年に人口が戦後初めて70万人を割りました。鳥取、島根に次ぐ全国3番目の少なさです。過疎化や高齢化が進む高知ですが、むしろ人々の心の距離は近く、新しい挑戦に前向きな人が多い。 「酒好き」高知人の根底に流れるもてなしの心、人の縁を大事にする気持ちが、「青汁返杯」や「前払いチケット」というムーブメントを生み出したのだと思います。

全国中が「ピンチをチャンスに変えよう」と、知恵を絞り合っています。大好きな「おきゃく文化」を味わえる飲み会は、しばらくお預けになりそうですが、その土地らしさに根ざした新たなカルチャーが生まれるタイミングだと思い、宴会好きで陽気な高知人の声に耳を傾けていきたいと思います。

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