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地元

「成人式発祥」の村で見た幸せすぎる光景 参加率ほぼ100%の理由

スーツ姿で村長と記念撮影をする村の新成人たち=2020年1月、宮崎県諸塚村
スーツ姿で村長と記念撮影をする村の新成人たち=2020年1月、宮崎県諸塚村

目次

宮崎県北西部の山あいに位置する、人口わずか1500人余りの諸塚(もろつか)村。この村、実は「成人式発祥の地」と言われています。ただ他県にも「成人式発祥の地」を名乗る地域があるようです。いったいどこが「発祥の地」なのか? 確かめるべく、1月3日に行われた村の成人式にお邪魔したところ、「発祥の地」論争より大事な「温かな時間」を味わうことができました。(朝日新聞宮崎総局・大山稜)

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赴任3年目で初めての訪問

宮崎に転勤してから3年。これまで、北へ南へ車を走らせて、県内のさまざまな場所で取材をしてきました。しかし、恥ずかしいことに諸塚村には、仕事でもプライベートでも訪れたことがありませんでした。

「これではいけない」と諸塚村について調べてみると、なにやら「成人式発祥の地」という言葉が見つかりました。この村が本当に成人式の発祥なのか。失礼ながら半信半疑で現地を訪れ、取材をしてみました。

中山間地域に位置する諸塚村=2020年1月
中山間地域に位置する諸塚村=2020年1月

諸塚村には現在669世帯、約1500人の村民が暮らしています。宮崎県には中山間地域に椎葉村、西米良村、そして諸塚村という三つの村がありますが、3村を合わせても人口は約5千人で、県民(107万人)の1%にも満たない人口規模です。

村は県北西部に位置し、宮崎市から車で高速道路を使って2時間程度の距離にあります。シイタケが特産で、林業が盛ん。「諸塚山山開き」のイベントが有名で、毎年3月の第一日曜日に「日本一早い山開き」として2千人規模の愛好家が集まります。

「発祥の地」その由来は?

なぜ諸塚村が「成人式発祥の地」とされているのか。村中央公民館には「成人式発祥の地」と書かれた石碑が残っていて、裏面にはこう記されています。

日本は第2次世界大戦に敗れ、満20才の男子を対象に実施されていた徴兵制度も廃止された。国民は未曽有の敗戦により希望を失い、道徳は廃れ、郷土の将来を背負うべき若者から成人としての自覚が喪失されつつあった。これを憂えた先輩たちは郷土の復興を願い、諸塚村文化会を結成して教育に力を注いだ。
中央公民館の前に立つ「成人式発祥の地」 と書かれた石碑=2019年11月
中央公民館の前に立つ「成人式発祥の地」 と書かれた石碑=2019年11月

この諸塚村文化会の提案を受けた当時の藤井長治郎村長が「成人式」のきっかけをつくりました。成人教育の場として、20歳の男性と18歳の女性を対象に社会人として必要な知識や心構えを教育する「成人講座」と呼ばれる計10日間ほどの合宿を実施。その最終日となった1947(昭和22)年4月3日に「成人祭」と称して証書を授与しました。これが諸塚村の成人式の始まりだったそうです。

この2年後の1949(昭和24)年、国民の祝日として「成人の日」が始まり、成人式が国民的行事となっていきました。

諸塚村史には「当時の文化祭に県から派遣された係官が、諸塚の実情を見分して感激し、後日文部省にもち帰り成人の日設定の参考にしたともいわれている」とあります。県内においても「辺境」と呼ばれる諸塚村が国民的行事のさきがけだったことに素直に驚かされます。

対抗する埼玉県蕨市の存在

ただ、「成人式発祥の地」を名乗る地域は諸塚村以外にもありました。

埼玉県蕨(わらび)市では、「蕨町」だった1946(昭和21)年11月22日に「成年式」を初めて開きました。こちらも敗戦後の虚脱感にあふれる日本で「次代を担う青年たちをまちをあげて激励しよう」という思いから始まったといいます。当時の呼び方を尊重し、今でも蕨市では20歳を祝う式は「成人式」ではなく「成年式」です。

元祖をうたっていた諸塚村にとっては思わぬライバルの出現です。諸塚村史には「全国でも最初のものと思われ」と書かれていますが、蕨市も自前の「成年式」が全国に広まり国民的な行事として定着したとの主張です。

さらに調べてみると、蕨市と諸塚村に先がけて、名古屋市が1933(昭和8)年に成年式を行っていて、真の発祥の地は名古屋ではないかという説があることも分かりました。「元祖争奪戦」は、諸塚村にとってはなかなか厳しい情勢のようです。

しかし、ラーメンしかり、お菓子しかり、「元祖」が乱立するのも世の常。成人式については文科省の公式見解も「特定の自治体をモデルにはしていない」。諸塚村教育委員会の甲斐誠教育長は「若者を激励したいという思いは諸塚村も蕨市も共通しています。発祥を競い合うというよりも、同じ気持ちを持った仲間だと思っていますよ」と優しく見守ります。

村の成人式の歴史を説明する甲斐誠教育長(左)と、成人式担当職員の伊藤聖子さん=2019年11月
村の成人式の歴史を説明する甲斐誠教育長(左)と、成人式担当職員の伊藤聖子さん=2019年11月

参加率ほぼ100%

帰省のタイミングに合わせて参加しやすいように、諸塚村の成人式は毎年1月3日。今年は19人の若者が成人を迎えました。
 
新成人は全員が村唯一の中学校、諸塚中の卒業生です。村内と通学圏には高校がなく、若者は全員、中学卒業を境に村を離れ、村外の寮や下宿での生活を始めます。今年の19人も全員が同じ教室で学んだクラスメートで、成人式会場は同窓会の雰囲気です。

壇上でスピーチをする村の新成人=2020年1月
壇上でスピーチをする村の新成人=2020年1月

「諸塚にとって成人式は村全体の特別な行事で、絶対に出席するものという感覚があります」

そう話すのは、昨年4月に諸塚村役場に就職した新成人・綟川(もじかわ)明弘さん(20)。「同級生は全員が幼なじみのような近い存在です。それなのに中学卒業後に必ずバラバラになってしまうので、みんなと再会できる成人式がとても大切な存在になるのかもしれません」

村教委は「成人式への出席率は毎年ほぼ100%」と胸を張ります。今年は病欠者が出てしまったそうですが、県外で生活する人も多い中で、19人中17人が出席しました。

式は全員がスーツ

実際にお邪魔してみると、諸塚村の成人式には特徴がいくつかありました。

まず、晴れ着姿の人が1人もいません。貧しい家庭が少なくなかったころの名残だそうで、どの家庭にも負担のないように気軽に参加してほしいという思いから、男性も女性もスーツなど平服での参加に統一しています。

スーツ姿の新成人が参加した=2020年1月
スーツ姿の新成人が参加した=2020年1月

千葉の食品会社で働く新成人、山本那奈さん(20)も今回の成人式に上下黒の平服で参加。「正直なところ、晴れ着は着たかったです」と笑ってこぼしますが、「村に愛着のある若者は多く、村の伝統を大事にしたい思いも強い。晴れ着は次の機会にとっておきます」。

最近は前撮りの時だけ晴れ着を着る新成人もいるそうです。

村の成人式のもう一つの特徴は「小規模だからできる」企画が盛りだくさんなところです。

成人式に参加した村の新成人たち=2020年1月
成人式に参加した村の新成人たち=2020年1月

会場では、新成⼈が中学⽣のときに撮影した⼆⼗歳になった⾃分へメッセージを伝える動画が流されます。

「夢はかないましたか?」
「酒はほどほどにしろよ」
「かっこいい彼氏はできましたか?」
「私が今ハマっている西野カナはまだ好きですか?」
「車は買いましたか? もちろんセダンかスポーツカーですよね?」

一人一人のメッセージ動画を参列者全員で見ます。新成人たちは顔を赤らめて恥ずかしがりながらも、楽しそうに当時の自分に再会していました。

式典では中学時代に撮影した自分が、成人になった自分にメッセージを贈る動画が流される=2020年1月
式典では中学時代に撮影した自分が、成人になった自分にメッセージを贈る動画が流される=2020年1月

そして最後は新成人が1人ずつ登壇し、近況や将来の目標をスピーチ。

夢が変わったことや、県外の大学に通っていること、料理人として働いていること、最近初めて職務質問を受けたこと、海外留学を控えていることなど、一人一人の今を大事そうにメモする参列者たちの様子が印象的でした。

それは、テレビなどで取り上げられるやんちゃな成人式とは違う笑い声に包まれた、実に平和で明るくアットホームな空間でした。

成人式の根底にある思い

取材に訪れた際、ほかにも驚く光景がありました。

車で村内を走っているとすれ違う中学生たちが車に向かって頭を下げてあいさつをしてくるのです。車から降りても、元気なあいさつの声があちらこちらから飛んできました。

村唯一の中学校、諸塚中学校には「めざせあいさつ日本一」の文字が掲げられている=2019年11月
村唯一の中学校、諸塚中学校には「めざせあいさつ日本一」の文字が掲げられている=2019年11月

諸塚中学校では、あいさつ教育を徹底しているそうです。

自身もこの村で成人したという、村教委職員の伊藤聖子さん(55)は「成人式を大切に思う根底には、村全体で社会教育を重視しようという気持ちがあります。どの子も中学卒業で村を離れてしまうからこそ、中学生までの社会教育をとても大事にしているんです」と話します。

村の小中学生が考案した「あいさつ日本一」のバッジ。村教委の職員らが身につけている=2019年11月
村の小中学生が考案した「あいさつ日本一」のバッジ。村教委の職員らが身につけている=2019年11月

新成人の綟川さんは「当時はロボットみたいに何も考えずにひたすらあいさつをしていましたが、その教育のおかげで自然にあいさつができる体になっていた。初歩的なことだけど、社会人になってからその大切さを実感しています」と話します。

インターネットの発達で遠く離れた人と簡単に交流できるようになった半面、ご近所付き合いが希薄になっているとも言われる現代。マンション住まいの私も、隣の部屋に住む住人の名前と顔が正直分かりません。数年前にはあいさつ禁止の集合住宅が話題になりましたが、不穏な事件が絶えない現代社会で一概におかしいとも言い切れません。

式典後には新成人たちが小学校のころに手紙や思い出の品を詰めたタイムカプセルを開封した=2020年1月
式典後には新成人たちが小学校のころに手紙や思い出の品を詰めたタイムカプセルを開封した=2020年1月

そんな時代に、あいさつの大切さをひたむきに教え続ける村の教育方針は、実に貴重で尊いものにも思えました。

地元から遠く離れていってしまったとしても、この村で教わったことを思い出して頑張ってほしい。諸塚村の成人式には、大人たちのそんな思いが詰まっているような気がします。

6年前、「どうせたいした内容じゃないだろう」と冷めた気持ちで地元・仙台の成人式に出席しなかった自分と比べると、純粋な気持ちで祝い、祝われる諸塚村の成人式の姿は少しうらやましく映りました。

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